第12話 【第二試合】vs大相撲

 そして舞台はアリーナに移る。準備を整えてリングに上がり、相手を待つレイチェル。誰が来ようと関係ない。ただ生き残る為に全力を尽くすだけだ。


 そして反対側の通用口から……今日の対戦相手が姿を現した。


「……!」

 レイチェルは目を瞠った。その独特の衣装と姿は参加選手の中でも異彩を放っていた。なのでレイチェルも一目見ただけで思い出した。



(あれは……日本の、スモウレスラー?)



 独特の形にアップした髪型。縦と横に大きい独特の体型。そしてマワシと呼ばれる、まるでパンツのような形状の独特の衣装……


 間違いなく、日本の大相撲の使い手だ。どうやらコイツが三人目の相手らしい。今までの細身の打撃系の相手とは少しタイプが違う。


 相撲レスラーがリングに上がってきた。デカい。上背そのものは昨日のクワベナの方があるかもしれないが、横にも大きいというだけで、これ程圧迫感に差が出る物なのかと実感した。


 身長そのものも六フィート以上は確実にあり、日本人としてはかなり大柄だ。体重に至っては五百ポンド(約二百キロ)以上はありそうだ。極めて肉厚の身体だが、アメリカにも良くいる肥満人間と違って、不思議と『太っている』という印象は無かった。恐らくその身体を構成しているのが脂肪ではなく筋肉だからであろう。


 顔だけは東洋人らしい堀の浅い顔であったが、それが巨大な肉体とどうにも不釣り合いな印象で、何ともアンバランスで不気味な印象をレイチェルに与えた。



『紳士淑女の皆様! 昨日の興奮冷めやらぬ『フェイタルコンバット』も二戦目を迎えました! 今の所快進撃を続ける我らが美しきファイター『ブロンディ』が、今日も試練を乗り越える事が出来るのか……皆様、今夜も私と一緒に見守っていきましょう!』



 ――ワアァァァァァァァァァァァァッ!!!


 アナウンスに煽られた観客達が総立ちになって歓声を上げる。


(誰が『あなた達の』、よ!)


 心の中で吐き捨てるレイチェル。



『それでは今日の対戦相手の紹介です! 大洋の向こう、日本からやってきた大相撲の怪物! その実力からチャンピオンであるヨコヅナ入りは確実と目されながら、度が過ぎた虐待稽古で新人を殺してしまい業界追放となった極悪相撲レスラー、雷道山だぁぁぁっ!!!』



 相撲レスラー……雷道山が歓声に応えるように、中腰のような姿勢から片足を大きく振り上げてから、一気に踏み降ろした。マットが物凄い音を立てる。


 今のは四股という彼等が試合前に行う威嚇動作だ。レイチェルはそう認識していた。雷道山の細長い目が自分を睨みつけて来るのを確かに感じた。



『さあそれでは、フェイタルコンバット第二戦目……開始ぃぃぃっ!!』



 試合開始のゴングが鳴った。


 レイチェルは素早くファイティングポーズを取って身構える。雷道山は……両足を踏ん張ったまま両の拳を軽くマットに着けるような独特のポーズを取った。


「突進が来るぞ! 逃げろ!」

「……!」


 チャールズの叫びに反応する。だがその瞬間には雷道山が拳を地面にタッチするような動作と共に、腰を落とした低い姿勢のまま、一直線にレイチェルに向かって突進してきた。


「……ッ!!」


 それはまるで大型トラックが正面から突っ込んでくるような錯覚をレイチェルに与える程の迫力であった。その迫力の前に思わず身体が硬直してしまい対応が遅れた。


「あ……」


 気付いた時には雷道山の巨体が目の前に迫っていた。レイチェルに出来た事は身体を丸めるような防御動作を取る事だけであった。



 ――ドォォォンッ!!!



 観客席にまで響くような鈍い衝撃音が轟いた。レイチェルの身体は文字通り弾き飛ばされて、遥か後方にあったはずのリングの金網に背中から叩きつけられていた!


「あぅっ!」


 二重の衝撃に呻き、金網に叩きつけられた反動でそのままマットに前のめりに崩れ落ちるレイチェル。


「が……あ……」


 脳が揺さぶられる感触。視界がぶれて歪んで定まらない。耳鳴りで周囲の音が全てカットされる。以前チャールズに付き合わされて、ロシアのウォッカを飲まされた時の事を思い出した。


 それにプラスして、身体の中でシンバルを打ち鳴らしてでもいるかのような衝撃が荒れ狂っていた。


「ぐ……」

 両手をマットに着けて強引に立ち上がろうとするが、身体が言う事を聞かない。エイプリルやチャールズが何か叫んでいるのは解るが聞き取れない。



 辛うじて顔だけを上げると、揺れる視界に大きな裸足の足が映った。


「……っ!」

 頭部に激痛。髪を鷲掴みにされて無理やり引き起こされる。痛みに呻きながらもレイチェルは防衛本能から必死にパンチや膝蹴りを乱打するが、雷道山の分厚い脂肪と筋肉の鎧の前に全て吸収され一片の痛打も与える事が出来ない。


 雷道山の顔が嘲笑に歪む。そして今度はレイチェルの脇の下に腕を差し入れてきた。


「え……」


 そのまま雷道山は横を向くように身体の向きを変えつつ、脇の下に入れた腕でレイチェルの身体を抱えるようにして投げ飛ばした!


 いわゆる掬い投げと呼ばれる相手のマワシを掴まないでも投げられる技で、最低でも四百ポンドはあるだろう同じ相撲レスラーを投げる為の技の前に、その何分の一しかないレイチェルの身体は軽々と宙を舞った。


 視界が物凄い勢いで回転。一瞬で平衡感覚を失い、その直後……


「がはっ!」


 背中から勢いよくマットに叩き付けられ、肺から全ての空気が絞り出された。


「うぅ……」


 無様に仰向けで四肢を投げ出して呻くレイチェル。あられもない姿に観客達が沸き立つ。雷道山がマットに伸びているレイチェルの腕を掴んで、再度無理やり引き起こした。腕を引き抜かれるように痛みに、レイチェルは身を起こさざるを得ない。


 雷道山は今度は引き起こしたレイチェルの腕を両手で掴んで、斜め下に向かって捻るような動作をした。


「……ぅあ!」


 腕捻りと呼ばれる技だ。レイチェルは一回転するように再びマットに叩きつけられた。一方的な試合展開に観客達が興奮する。



『おおぉぉぉっ!! ブロンディ、相撲レスラーの鉄壁の肉体と怪力の前に為す術もないぞ!? 攻撃の全く通じない怪物相手に果たして逆転の手段はあるのか!? どうなる、ブロンディ!? このまま一方的に嬲られるだけかぁ!?』



 アナウンスが囃し立てる。その間にも雷道山の執拗な追撃が続いていた。三度レイチェルを無理やり引き起こすと、一方の腕を彼女の脇の下に差し入れ、もう一方の腕を彼女の反対側の肩から背中に回した。そして両手を彼女の背中の後ろでガッチリと握り合わせる。


 雷道山はそうしてレイチェルをホールドしたまま、横向きに投げ飛ばした。合掌捻りと呼ばれる危険な技だ。


「あぁぁ……!!」


 ホールドされた不自然な姿勢のまま投げ飛ばされたレイチェルは、悲鳴を上げながらマットに転がる。激しい勢いに何度も横転を繰り返して、うつ伏せの姿勢でようやく止まった。


 相撲の試合で使われると関節が外れる危険もある荒技だが、幸いレイチェルは体重が軽いのと、総合格闘家として柔軟体操には力を入れており、相撲レスラーとは比較にならない程身体が柔らかかった為に重傷は負わずに済んだ。


 だが何度も投げ飛ばされた衝撃は当然身体に蓄積している。このまま一方的に投げられ続けていては遠からず限界が来るのは明白だ。


 レイチェルはもう一度、今度は自分の意思で横転を繰り返して雷道山から距離を取った。そして転がった勢いを利用して何とか立ち上がった。



「はぁ……! はぁ……! ふぅ……!」


 必死で息を整える。足元も大分ふらついているが、まだ何とか動ける。試合開始時より格段に重く感じる腕を上げてファイティングポーズを取る。観客達はその姿に喜んで歓声を上げる。


「…………」


 雷道山がそんな彼女の姿を見て、細い目を更にスッと細める。そして再び屈み込むような姿勢で、両の拳をマットに着ける体勢になった。


(……来る!)


 距離を開ければ再びあの突進が来る事は予想できていた。一度目は想像以上の迫力の前に不覚を取ってしまったが、もう同じ過ちは犯さない。


 マットを踏み抜かんばかりの勢いで雷道山が突進してきた。だが今度はレイチェルに焦りも恐れも無かった。なるべく寸前まで引き付けてから横っ飛びに突進を躱した。


 格闘技の特訓の中で動体視力を磨き続けてきたレイチェルにとっては、冷静になりさえすれば決して躱せない攻撃ではない。


「……!」

 直前で対象を見失った雷道山が焦る。だが突進の勢いはすぐには止められない。そのままゲージの金網に激突した。


「……ッ!」

 雷道山が怯んだ。試合開始以降初めての事だ。レイチェルはその隙を逃さずに、怯んでいる雷道山の足元目掛けてローキックをかました。


 雷道山は怒りに燃えながら掌を広げてその太い腕を薙ぎ払ってきた。いわゆる張り手だ。当たったら一溜まりもなく、例えガードの上からでも張り倒されるだろう。


 だから受けない。スウェーで張り手を躱す。雷道山は怒り狂ってそのまま両手を交互に振り回しながら攻撃してくるが、レイチェルはバックステップも併用しながら決して無理をせずに回避に専念する。


 突進と同じで張り手も威力は凄いのだろうが、レイチェルの優れた動体視力からするとスピードは遅く、集中すれば回避は難しくなかった。


 焦れた雷道山がレイチェルを捕獲せんと両手を広げて迫ってくる。捕まったら終わりだ。レイチェルは大きくバックステップして距離を取る。


「……!」

 雷道山の表情が歪む。心なしかその動きが試合初期よりも鈍くなってきている気がした。


(いや……)


 気のせいではない。確実に鈍くなっている。そこでレイチェルは思い出した。


 日本の大相撲と呼ばれる競技では、殆ど最初のぶつかり合いで勝敗が決まると言っても過言ではない。そこで決まらなかったとしても、立ち回りは精々が数十秒。一分以上同じ試合が継続する事自体極めて稀な、短期決戦型の競技なのだ。


 そして当然そういう試合を前提としている相撲レスラー達も、短期決戦に特化したトレーニング、身体作りを行っているはずだ。つまり……



(『長期戦』を想定していない……!)



 あの肉厚で巨大な身体は、激しく動かし続けるだけでも相当なエネルギーを消費するはずだ。見るからに持久力という面では問題がありそうだ。


 対して総合格闘技は最長三ラウンド十五分をフルで戦う事も珍しくない。選手達には持久力や経戦能力を向上させるレトレーニングも重要となってくる。勿論レイチェルも例外ではない。



「……!」

 この時点でレイチェルの戦略が完全に固まった。


 素早く雷道山に接近して再び足元を狙ったローキック。相手の下腿部は膝から上に比べてそこまでの太さは無い。まだしもダメージが通りやすい部位のはずだ。


 雷道山が反撃に腕を振るってくると素早く離脱。そして安全な距離をキープしつつ、隙を見てローキックという戦術を繰り返した。雷道山の動きはかなり鈍くなってきているので、距離を保ち続けるのは難しくなかった。


 他の部位に攻撃しても殆どダメージは通らないだろう。攻撃するだけ体力の無駄だ。レイチェルは神経を研ぎ澄ませて、ひたすら下腿を狙ったローキックでのヒット&アウェイで攻め立てる。


「……!」

 雷道山の表情が変わった。これ以上試合が長引くのは色々な意味で不味いと判断したのだろう。両腕を大きく広げて左右から挟み込むようにして迫ってくる。


 その瞬間だけは体力が試合開始時に戻ったかのようなスピードで、レイチェルは思わず目測を見誤った。雷道山の巨大な手がレイチェルの腕を掴む事に成功した!

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