第3話 影さんは天井からみてる

 吾輩わがはいかげである。名前は影52代だ。影とはいわゆる世間様から隠れたところで暗躍あんやくするお仕事であるが、吾輩の一族はあまりに優秀過ぎたせいで影が薄すぎ(だじゃれではない)、能力を疑われた挙句に放り出された不憫ふびんな集団である。


 元主人は、暇な大工は腕がいいという格言を知らなかったと見える。

 

 その点、今の主はその辺をよくわきまえている。締めるところは締めるが、我らに対しても全幅の信頼を置いて自由に行動させてくれる。

 主自身も優秀すぎるゆえに暇を持て余しているので、そのためかもしれない。

 そう。あるじはかなり抜けているが本当に素晴らしい方だ。そして面白い。

 影が付き従う人間というのは、おおよそ方々ほうぼうに命を狙われているので、吾輩は常にお側近くに控えることになる。

 よって仕える主人の観察しが、うおっほん。面白さは、影的にはとても大事である。

 断言する。主の面白さは頭抜けている。毎日喜劇をみているようなものだ。

 本日もだ。もともと、今日は記念すべき日であった。主の戴冠式である。

 吾輩ら影を含め、主に仕える郎党ろうとう一同にとっても、主を王に押し上げるための二年の努力が日の目をみる時だ。

 

 先ほど側近のツヴァイ・エルト・ダヤンが一度進捗を報告をしようと試みたのだが、まだ早いと、主は二度寝してしまわれた。

 あまりに達成が遅く、呆れられたと考えた彼らは、この世の終わりのような顔をしていたものである。

 本日もよい良い酒が飲めそうだ。

 今は副官のヘレン殿が、寝台の横に控えている。恐らく謝罪をするためであろう。

 主の怒りを鎮められるのはヘレン殿だけである、というのが、ヘレン殿を除いた郎党一同の共通認識であるので、ここまでは順当じゅんとうといえよう。


 ところで、吾輩知っているのである。

 

 あるじ、国王になりたいとか全然思ってない。


 実は国を獲れと命じたわけでもない。

 主が望んでいるのは睡眠と美味な食事だけである。我々が国を獲ったことも何も把握していないだろう。

 だから先ほどの二度寝も、単なる二度寝であって、他に何も意味はない。

 けれどそれは、周りには欠片も伝わっていないのである。


 主は、話すのが面倒だと思っている節があって、だいたい短文しか言わない。それも理由を省略して結果だけ。そして、主が己の欲望のために採った行動が、思いもしない方向に作用することが多いものだから、客観的な主の評価と、本人の自己評価はもはや別人のことかという有様だ。


 膝を折らない最後の伝統貴族。

 南方の神童。

 顔まで神。

 王国の最後の砦。

 地震雷火事セーシュ。

 モフモフの守護者。

 モフりの伝道者。

 神狼姫の最愛。

 焦らしすぎる!だけどそこがいい。

 等々。


 ちまたで流れている自分の異名を聞いたら、主は遠い目をすると思うのである。

 いつかまとめて知らせようと虎視眈々と吾輩は情報蒐集に励んでいる。趣味である。

 

 「申し訳ありませんでした、陛下」

 吾が主が目覚められたようである。きっちり正午。式に向かうにはちょうど良い時間。声をかけられても主は黙ったままだ。おそらく単に寝ぼけているだけであるが、眩しさに目を細めているので不機嫌なように見える。

 寝起きの主は気だるい色気を振りまいていて、ヘレン殿はかなり努力をして視線を逸らさないようにしている。それこそ瞬きもしていない。

 なお、ヘレン殿の背後では、彼女の艶やかな銀の尻尾がもだえるようにくねっているので、内心はダダ漏れである。

 主に懐いてる精霊が、楽しそうにヘレン殿の尻尾の側で踊っているのでほんわかとした光景だ。

 リリアンヌ殿あたりがこの光景を見たならば、また、銀狼の戦乙女と黒の王子シリーズの新作が書き上がるだろう。彼は吾輩のような目を持っていないので、機会がないことが残念なのである。

 しばし見つめあった主従二人であるが、目で問われたヘレン殿は唇を噛み締めて神妙に言った。

 

 「二年もかかってしまい……どのような処分でも甘んじて受ける所存です」 

 「ヘレン、主語」

 

 これは豆知識だが、吾が主はせっかちである。頭の良い人間にありがちだが、先が見えているので直接それをつかもうとする。本人としては当たり前のことをしているだけだが、過程の見えていない周りにはせっかちととられる。


 「重ね重ね申し訳ありません。国を獲れとのご下命を受けてから実現まで二年もの時をかけてしまいました。私の落ち度です」


  ぺたんと伏せられて、震える耳と、力なく垂れた尻尾。ヘレン殿のそんな様子を見て、吾が主は少しだけ語気を和らげた。


 「国?」

 「はい。やっと全ての片がつきました。ご安心ください、建国の準備はすでに整えてございます。残すは陛下の宣言のみ。支配領域は現状、旧エウアスト国及びボルネ高原一帯。目ぼしい有力者は城に集わせております。後ほど陛下に謁見をと希望が出されておりますが、それについてはボーマンより香盤表を預かっておりますので、後ほど奏上いたします。ところで陛下、国名はいかがしましょう」


 主の言は、下した覚えのない命令についての疑問で、純粋にもっと情報をよこせ、ということだが、ヘレン殿は叱責ととったようである。見当違いの内容だ。

 

「ヘレン、その前に俺の命令を復唱しろ」

「はっ。”俺は自分のものではないものを救うほど暇じゃない”」

「……王がベマ帝国に喧嘩を売った時だったか」

「左様です」


 主は視線を伏せた。吾輩にはわかるのである。あれは現実逃避をしている。

 聡明な主は、何にでも合理的な理由を求め、そして、全てに理由を付けることができる。世の中、不合理なことも理由のない事件も色々あるのだが、不幸なことにその全てにおいて、なんらかの通る理屈を、主の脳は考え出す。

 そして自己完結する。

 喜劇の原因の一端である。

 今回の出来事は、主の認識では、部下達自身が義憤にかられて見過ごせなかったため、なんとかしたいからもっともらしい理由を付けて動いた。

 あいつら優秀だし、好奇心強いから興味持ったらやっちゃうよね。ああだるい。主人である自分は、主としてその暴走の責任を負わなければならない。といったところである。

 主は骨の髄から伝統貴族の育ちのいいおぼっちゃんなので、こういう妙なところでノブリスオブリージュは染み付いているのである。

 

 とはいえ現実は、当然、主の想定とは違う。

 我ら郎党の忖度が働いただけである。

 

 主の家臣団は、大半が主の狂信者で、主のことを誰よりも理解できると思っている。

 つまり、聡明で、高潔。冷酷な面もあるようにみえるが、本当は慈悲深く、懐が深い。身の内にいれた者には甘く、一方で敵には容赦がない。

 だから、主が戦で苦しむ他領の民をみて、「俺は自分のものではないものを救うほど暇じゃない」と発言したのを、「俺はあいつらを自分のものにして救いたい」という願望だと取り、その後、自領民を救うついでにたまたま他領民を救ったことで、「主は、この国の民を救うために王に成り代わることを決意された」、と我々家臣は認定したのだ。

 その結果、空前絶後の喜劇の幕が開けた。


 吾輩は思う。勘違いで国を捧げられるなんて、やはり主は面白すぎるのである。


「……会議を行う。皆を集めろ」


 しかも主はおそらくこのまま建国することになる。勝手に自己完結して納得をして。

 全く主の影は飽きのこない仕事で、だからこそ、吾輩はこの喜劇の結末をみるために今日も天井に潜むのである。

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