第六話

 事務的な会話以外は黙々と作業し続けて、早くも6日が経過した。


 業務は基本的に午前のみ。

 午後は接待の予定がなければ、自身の学問、鍛練、詩歌管弦の稽古などにあてられる。

 終業の際、本日の接待の席に出るよう申しつけられた広房殿が、「有限の時間がもったいない……」と、ひそかにこぼしていらっしゃったのは、聞かなかったことにしておく。


 元服前の私にお声がかかることはないが、いつの時代も接待はあるのだなと、帰宅の牛車の中で妙な感心をした。



 ✽✽✽



 こちらではゴルフなどないので、蹴鞠や碁、小弓こゆみなどが行われる。その後は宴へと進むのが通例である。

 前世で蹴鞠の絵巻物を見た際には、優雅な生活で羨ましいと思っていたが、とんでもなかった。


 鞠を高く蹴り上げて相手に繋ぐという、円陣パス・リフティング版のようなものだが、れっきとした競技で、細かなルールが満載だった。


 一.蹴鞠をする場を鞠庭とし、鞠庭を作る際には4.5間約15メートル四方を必要とする。

 一.鞠庭には、四隅に式木しきぎまたは懸かり木を植える。通常は松・桜・柳・楓の4種類。

 一.鞠には鹿革を使用し、表面を白く化粧する。

 一.履き物は、革沓を使用する。

 一.鞠を蹴る者を鞠足まりあしとし、上足じょうそくから〝一〟、〝二〟……と番号が振られる。

 一.一座1試合8人で行う。

 一.鞠足は式木の下に2人ずつ配置する。

 一.鞠の確認のため、一から順に小鞠試し蹴りをする。


 配置する場所も決められており、松の下北西に一と五、柳の下南東に二と六、桜の下北東に三と七、楓の下南西に四と八が立つ。



 ここまでが準備の段階だ。

 競技が始まると、以下の通りに進む。


 一.一から四が主として鞠を蹴り、五以下は外れた鞠を蹴り戻す役目とする。

 一.鞠が回って来たら、必ず3回で次の人へ回す。

 一.1回目の足技で、相手から受け取る。

 一.2回目の足技で、体勢を整える。自信のある者は、ここで技を見せる。

 一.3回目の足技で、次の人に繋げる。

 一.式木よりも高く蹴り上げる。

 一.鞠を蹴り上げてよいのは、右足のみとする。

 一.相手に足の裏を見せるのは、礼儀を欠く行為とみなす。自分に向けるのは良しとする。


 理に適ってはいる。「足の裏を見せるのは、相手を踏むことと同義」とのことなので、特殊な趣味の方以外は、目下の者に踏まれるのは良い気がしないだろう。


 また、技の美しさが重要視されるため、上半身は動かさず、足さばきをいかに綺麗に見せるかが腕の見せ所らしい。

 慌てて動くのは不恰好とされ、落下地点を見定めて速やかに移動し、とっさの場合も平然と蹴り上げることが理想であり、雅とされる。

 その地点を計算するために、1丈3尺約4メートルもある式木より高く上げる必要があるとのことだ。



 ✽✽✽



 我が家では、義兄上たちが折に触れ教えてくださるが、私はいまだに手応えを感じるに至らない。


 まず、相手に足の裏を見せないためには、地面から垂直に足を上げなければならない。

 さらに、蹴る力を加えるために、わずかに爪先を曲げているそうだ。沓越しではわからぬが、わからぬように蹴るのが上足への一歩とのこと。


 上半身は動かさず、下半身の動作のみで美しく……

 ……とす…………ぽてん。ころころ……


(……く……っ)


 どう蹴り上げても、3.3尺約1メートルがせいぜいなのだが。音も、革とは思えないほど情けない。

 ……筋肉か。筋肉が足りないせいなのか。


「型はよいのだよ」

「足先も、振り上げる足の角度も、間違ってはおらんのだがな」


 朝長義兄上と義平義兄上は、それでも褒めてくださる。気を遣って頂くのが申し訳なくなるほどに。


「我らと何が違うのか……」


 ──コッ──


 義平義兄上が、拾った鞠を力強く蹴り上げられた。


 ──コン、


 朝長義兄上が、美しい体勢で受け取られる。


 コン、コッ──

 ──コン、コン、コッ──


 高く跳ねるような鞠の動き。

 それを繰る義兄上たちの、技の数々。


もっと見ていたくて、私は静かにきざはしに移動し、最下段に腰を降ろした。


 ──コン、コン、コッ──

 ──コン、コン、コッ──


 天下泰平・五穀豊穣・心身の強健・一家の繁栄平和を祈る目的としても行われてきたという蹴鞠。

 義兄上たちの洗練された所作と澄んだ音を聞いていると、神聖な儀式に用いられたというのも納得できる。



 ──元服まで、あと2年。それまでには何とか……なるのか?

 いや、家族が笑われるようなことがあってはならない。何とかせねば。






〔註釈〕

小弓:室内で、娯楽用の短弓を使う的当て。

式木:四季木とも。鞠庭を作る際に庭の四隅に植える木の総称。梅、椿などの季節のものを用いることもあります。皇族、将軍家などの高貴な家柄では松を4本植えます。

上足:最も熟練した者。


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