第二話

 その夜、私は夢を見た。


 絵巻の一場面を切り取ったかのような断片的な絵が宙に浮き、次々と現れては消えていく。なぜかそれらを(写真のようだ)と思った。

 〝写真〟が何かはわからない。だが、その表現が適切のような気がした。



 しばらくすると、ふと気づく。

 時折、私たち家族の写真の中に、見慣れない姿をした女性にょしょうの写真が現れることに。


(……どなただろう……)


 随分と軽装だ。あのような薄い装束で、身を守れるのだろうか。


 彼女の後ろにある調度品も、見たことのないものばかり。

 磨かれた質の良い木材が、様々な物へと形を変えている。


(……くろーぜっと、てーぶる……)


 それぞれの名前がわかることに首を傾げつつ、現れる写真を見続ける。



 彼女がべっどの側面を背に腰をおろしたところで写真が固定され、映像へと切り替わった。

 これから起こることに注視していた私は、〝映像〟が何かなど、気にも留めていなかった。


 彼女は持っていた細長い桐の箱をくっしょんの上に置いた。わずかに震える手で蓋を静かに開け、中から取り出したのは巻子本かんすぼん


(……ほぅ……)


 ひょうには金糸があしらわれ、繊細かつ丁寧な仕事ぶりに私は感嘆する。


 彼女の顔は恋文を受け取ったかのように紅潮しており、巻子本を下から支えるように持つ手は、愛しい稚児を抱いているようだった。



 しばらくある一点を見つめた後、意を決した顔で紐をゆっくりとほどき始めた。

 細心の注意を払い、褾に傷ひとつつけないよう苦心しているようだ。


 紐にはあまり関心がないようだが、組み方は元より、使用されている絹糸も至高のもの。

 このように贅沢な装飾に包まれた本紙とは……題簽だいせんを見ることができれば……



 紐をほどき終えた彼女は、急に狼狽し始めた。

 目を忙しなく動かし、何かを探しているようだ。


 やがて布の山を見つけると、巻子本を抱えたまま立ち上がり、駆けた。


 左腕でしっかりと巻子本を抱え直し、右手で山の中から大きな布を取り出すと、元の位置で布を広げ始めた。

 右手だけで背丈以上もある布を広げていくが、うまくいかないようだ。


 巻子本を置けば両手が使えるものを、何が何でも離さぬとばかりに左手は動かない。

 そのうち焦れてきたのか、布の端を膝立ちした脚の下に敷き、ようやく後の三方を右手で広げることに成功した。


 彼女は「やりきった」とでも言いたげな顔をしていたが、見ているこちらが疲れる心地がした。



 満足げに息を吐いた彼女は、いよいよ……と顔を引き締めた。


 床に敷いた厚手の布にすら擦らないよう慎重に巻子本を置くと、八双はっそうに右手の親指を掛けた。

 左手がもどかしいほどの時間をかけて開いていく。


 次第に顕になる見返しを目にとめ、私は再び感嘆した。

 細やかな配慮が窺える上品な色合いの和紙だった。


 どちらの職人のしごとだろう。あのような料紙りょうしがあれば……と心踊ったが、時代が違うためあの職人の方はいないと気づき、肩を落とした。



 私が思いを馳せている間に、いつの間にか彼女は本紙の部分まで開いていたようだ。


 目に入った瞬間、私は驚愕した。和歌が書かれていたからだ。

 流麗な仮名かな文字は、見覚えのある──


「──行成ゆきなり卿……!」


 声にならない叫びを上げた瞬間、目が覚めた。






〔註釈〕

巻子本:巻物。

褾:表。表紙の起源。巻物の保護のために巻頭につける、きれや紙。

裂:織物の断片。

本紙:巻物などで、主題の書画を書いた紙や絹。

題簽:書名を記した布や紙。

八双:めくれなどの痛みを防ぐために入れた木や竹ひご。

料紙:染料や顔料で色をつけ、文様の刷り込み、金・銀の箔加工などの装飾を施した和紙。

仮名文字:仮の文字。真名まなから一部を取る片仮名カタカナ、真名を崩して書く草書体から派生した平仮名ひらがながあります。

真名:漢字。楷書を指します。書類などを作成する際の正しい字という意味です。

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