四歳のわたし第1話



 この世界『ウィスティー・エア』は五割が人間、四割が獣人やエルフ、ドワーフなどの亜人、残り一割がドラゴンや妖精などの幻獣で構成されている多種世界である。

 大陸は三つに分かれており、一番大きな中央大陸に人間。

 東に幻獣。

 西に亜人。

 それぞれ『人間大陸』、『亜人大陸』『幻獣大陸』と呼ばれていた。

 もちろん、大陸にはちゃんと名前があるんだけどね。

 残念ながら、呼んでいる人は見たことがない。

 幻獣大陸は人も亜人も冒険者くらいしか行かないけれど、亜人の大陸と人の大陸は数年前に平和協定が締結されて貿易が盛んに行われるようになっている。

 それまでは人の国の中でも『人間至上主義』を掲げる過激派と、亜人の大陸でも自分たちの種族が最も優れていると主張する一派が争いあってなんかもー、ぐちゃぐちゃで大変だったんだって。

 わたしは子供なのでまだ分からないけれど……みんな仲良くすればいいのよ。


「ティナー、畑からポーテトを採ってきてくれー」

「はーい」


 キッチンからのお父さんの呼び声に、わたしは窓の拭き掃除を中断してぞうきんをバケツへ入れてカウンターの横に片付ける。

 前世では居酒屋でバイトしていたし、お昼は焼肉屋さんのランチタイムのバイトもしていた。

 あんまりお客が来ない時は窓掃除までしていたのだ。

 椅子に登ればこの程度、“今”のわたしにも楽勝である。

 バケツを置いたら背伸びをして玄関のノブを回す。

 階段を一段一段、ゆっくり手すりの柵を掴みながら降りて……最後の一段はジャンプ!

 畑は“我が家”の斜め右方向。

 そこも、野生動物に襲われないように柵で覆われている。

 扉は押せばわたしの力でも開くので、中に入って一番奥左のポーテト……前世の世界ではジャガイモっぽいもの……を引っこ抜いた。


「…………」


 しかし、畑を見回すとそこにはキャロロト(人参的な野菜)やオニュオン(玉ねぎ的な野菜)やキャベッツ(まあ、キャベツだ)……それから、レタポ(レタスね)やトトモー(トウモロコシっぽい)とティマート(まんまトマト)などなど……。

 わたしの前の世界では、季節で育つ野菜というものがあったのだがこの世界では種を蒔けば年がら年中野菜の育つ日数で育つから不思議である。


「あ、どのくらいとってくるか、きいてないや」


 えーと、今日のお客さんは確か四人組の冒険者さん。

 男二人、女二人だから……男の人が二人で五人前近く食べると計算すると十個は大目に採って帰るべきかしら?

 なら、と柵に引っ掛けてある小さなカゴをジャンプで取り、中に引っこ抜きたてのポーテトを入れていく。

 少し下の方が引きずってしまうけど、ご愛嬌ってことで!


「よい、しょ、よい、しょ」


 家の中までカゴを運び、キッチンまで持って行く。

 四歳の女児には重労働だけど、力は意外とあるのでこのくらいなら大丈夫!


「おとうさん!」

「ああ、ありがとうティナ。おお、いっぱい採ってきたな」


 左手でカゴを持ち上げるお父さん。

 ……わたしの養父、マルコスさんである。

 元『ダ・マール』の騎士で、なんと副団長にまで上り詰めた結構すごい人、らしい。

 前の世界の私の住んでいた国には騎士なんて居なかったから、ピンとこないけど。

 なんかすごいんだって。

 お父さんは一つのお芋を満足げに眺めてから、反対の腕……義手の指に握らせていく。


「はい! 今日のお客さんはたくさん食べそうだったから!」

「そうか、偉いなティナ。手伝ってくれてありがとう」


 いいえ、いいえ、このくらい!

 お安い御用ですよ!

 なにしろ衣食住を保証してもらっているのですからね!

 ……とはいえ……今日は四人組パーティーの冒険者のお客さんが入っているけど、この宿屋『ロフォーラのとまり木』は客室が六つもある。

 客室は全てコテージになっていて、四人部屋が四つ、五人部屋が一つ、六人部屋が一つ。

 今日のお客さんは男女二名ずつで、四人部屋を二人で使っている。

 まあ、つまり……空いてるって事だ。

 どうしてだろう…?

『ダ・マール』から港町の国『フェイ・ルー』までは一本道。

 ここは街道の数少ない宿屋の一つ。

 馬車で移動していたとしても、『ロフォーラのやどり木』は馬小屋もあるし一休みするには最高の地点のはずなのに……。

 景色も良いし、ご飯だって美味しい! ……と、思う……多分……。

 裏にはロフォーラ山、コテージの前にはリホデ湖があり山の幸、湖の幸も新鮮なまま提供される。

 畑で野菜も作っているから、食事に関してはなんの問題もない…………はずよね?

 うーん、なんでかしら?


「そうだ……お父さん、しょさいに行ってもいいですか?」

「またか? まあ、構わないが……」

「じゃあ、わたししょさいでどくしょをしていますね! 夕飯になったら呼んでください!」

「あ……魔法の本はだめだぞー」

「はーい、わかってまーす」


 ……果たして世の四歳とはどんなだったのか……。

 もっと好き放題に遊ぶものなのかもしれない。

 親にわがままを言って困らせるものなのかもしれない。

 遊びに夢中になり、家の手伝いなど親に誘導されなければしないものなのだろう。

 とか、色々わたしなりに思うことはある。

 しかし、前世の記憶……そして、生まれたばかりの頃からの記憶がはっきりとあるわたしは……普通の四歳児のように振る舞うことがどうしても出来なかった。

 階段を一段一段大股で登り、左側二つ目の部屋の扉を開ける。

 そこは本で埋め尽くされている、お父さんの書斎。

 そこからわたしの身長でも取れそうな本を、一冊引っ張り出した。

 ……わたしはどうしても知りたいのだ。

 四年前、わたしを産んでくれた『お母さん』と恐らく本当の『お父さん』が言っていたことを。



 ————『暁の輝石』とは、一体なんなの?





「………………………………」



 開いた本は名前で埋め尽くされていた。

 これは本じゃなくてこの宿の歴史ね。

 これまでこれだけの人たちが、この宿を利用してきた、という記録。

 記録……歴史……。

 たったの四年しか生きていないのに、わたし……ティナリスはすでに波乱万丈な人生を送ってきたと言える。

 前世の記憶を持って生まれたばかりか、その記憶を赤ん坊の頃に取り戻した。

 そのおかげで赤ちゃんの頃の記憶もかなりはっきりと覚えている。

 とても綺麗な母と、強そうな父。

 二人と離れたわたしが覚えているのは、小汚い盗賊団。

 わたしの入った箱のような入れ物は盗賊に拾われて、彼らはわたしを奴隷商人に売るか一味の慰み者兼暗殺役に仕込むか話し合っていた。

 赤ん坊のわたしには、どうすることもできない。

 お父さんとお母さんはどこなのか。

 わたしは捨てられてしまったのか……。

 不安で泣いていると、泣き声に苛立った盗賊が一人「殺してしまおう」と提案した。

 殺されるんだと思ったら、余計悲しくて、怖くて……。

 だって、せっかく生まれてきたのに……わたしはもう……“また”終わってしまうんだと。

 そこへ現れたのが漆黒の毛並みを持つ獣と、その獣の姿を持つ美しい青年。

 彼は盗賊団を追い払い、しばらく一緒にいてくれたけれど『僕に君は育てることができない』と言って任務帰りだったお父さんにわたしを預けた。

 その経緯はわたしにもよくわからないけれど、突然黒くて巨大な獣が現れて、わたしのところへお父さんを誘導した、らしい。

 だから、あの幻獣はわたしの恩人獣なのだ!

 それからお父さんはそのままこの宿屋にわたしを連れてきて、一緒に生活している。

 この宿屋はお父さんのお父さんとお母さんがやっていた。

 去年、お婆さんが亡くなるまでは三人と、今よりも小さなわたし……四人暮らし。

 ……今は、三人。

 お父さんたちは力を合わせて宿を運営している。孤児だったわたしが、拾ってくれた恩を返すべくお手伝いするのは当たり前!

 ……前世でお母さんに返せなかった恩を、この今世ではしっかり返していきたいの!

 まあ、相手が血の繋がりもない“父親”というのが不安ではあるのだけれど……。

 それでも、恩人には変わりないわ。


 だから……わたしは知らなきゃいけないのよ。


 本当の両親……。

 二人が言っていた……『暁の輝石』とはなんなのだろう。

 それが目覚めたら、わたしはどうなってしまうの?

 調べないと……。

 もしその力が悪いものなら、わたしはわたしを拾って育ててくれたお父さんやお爺さんの迷惑になってしまう。

 そんなの嫌よ、前世ではお母さんに親孝行の一つもできずに退場してしまったのよ!

 わたしはそんな娘に生まれた覚えはありません!


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