ビッチとAV

エリー.ファー

第一話 犬

「なんで、あたしにこんなことするんですか。」

「何が。」

「もう、限界なんです。お願いします。」

「何をお願いしてるの。」

「助けてください。」

「誰を。」

「あたしのことを。」

「誰が。」

「あ、貴方が。」

「無理無理。もう、お金もらってるし。できないって。」

「そこをなんとか、お願いします。あの、あたし、その死にたくないから、その。」

「そこをなんとか死んでもらわないと、こっちもあれなんだよね。」

「でも、でも、だって。だってぇ。」

 犬は、そう泣きながら、椅子の上に立っていた。

 犬は女性だった。

 犬というのは、その女性に、私が付けたあだ名だった。

 犬は女子高生だった。

 犬は。

 もうすぐ死ぬことが決まっていた。

「あたしがっ、何かっ、その、悪いことでもしたんですか。」

「あんたのお父さんめっちゃ金持ちでしょ。そのお父さんにね、娘を一人残らず殺してくれって言われてるんだよね。」

「なんでっ、なんでっ、そんなこと。」

「君らって、七人姉妹なんだってね。血は繋がってないみたいだけど、七人姉妹って中々いないじゃん。それ、凄くない。」

「話、聞いてよっ、なんで、あたしがっ、あたしたち姉妹が殺されなゃいけないのよっ。」

「AVデビューしようとしたんだってね。」

 僕は、姉妹の内の一番末っ子ということになる七女の目を見つめながら、その父親から依頼された内容を何となく思い出す。

 元々、その富豪の一族というのは有名らしい。先祖に政治家がいるとか、政治家がいなくともその影がちらついていたとか。常に日本のそれなりの影響力を持っていたとか。

 それこそ。

 その一族の中からAV女優でも出ようものなら、一族の信用や権力の失墜は計り知れないとか。

 そのようなことを。

 富豪は口にした。

 気持ちは分かる。

 何せ、そのような問題というのは大きくなればなるほど対処が難しくなっていくものである。例え、日本を支配できたとしても、日本に住む国民、そしてその間を流れる噂まで管理できるわけではない。

 だったら。

 今、家出をしていて。

 AVデビューしようとしている七人の娘。

 つまり、七人の姉妹。

「全員、殺しちゃった方が楽だよね。」

「あたしはっ、あたしは、元々、この一族が嫌でっ。色々な人を苦しめて、私腹を肥やすことしか考えていない感じが、嫌いでっ。」

「それで。」

「AVデビューすれば、そうやって、あたしたちの一族に苦しめられてきた人達がこれ以上増えなくて済むって。自分の実を犠牲にしても、こんな一族を日本にのさばらせて権力をふるわせちゃいけないって。貧しい人や、苦しんでいる人を助けたいんです。」

 犬は、椅子の上につま先立ちをしていたせいで、バランスを崩しそうになり顔をゆがめた。

 首には既に縄が巻き付いている。

 両手は縛ってある。

 つま先立ちをやめれば、首が締まる。

 バランスを崩して椅子が倒れれば、首が締まる。

 僕はそんな犬の目の前に椅子を置き、そこに座って見つめていた。

 犬を見つめていた、のではない。

 携帯電話を見つめていた

 画面では去年卒業した推しの卒業記念コンサートの最後のソロダンスパートを見て、リピートし続けていた。正直、泣くことはない。既に何千回とみて、何万回と泣いているからだ。

「君がAVデビューすることで、誰が救われるの。」

「あたしの一族に苦しめられてきた人たちに決まってるでしょ。」

「誰が苦しめられてきたの。」

「いっ、いっぱいいるのっ、たくさんっ。」

「いっぱいいる人は助けなくちゃ駄目なの。」

「そうよっ。」

「まぁ、そりゃそうか。たくさん救ってみたいよね。」

「何よ、何なのよ、その言い方。」

「ねぇ、君の一族に苦しめられてきた人たちって、実は皆示談が成立してて、かなりの多額のお金をもらってて悠々自適に暮らしてるって知ってる。」

「え。」

 犬が目を大きく広げて、私のことを見つめる。

 そんなこと知らない、という顔をしていた。

「はっきり言って、普通の額じゃないからね。君の一族がしてきたことを考えたら、お釣りがくるレベルだよ。嫌がらせされて良かったって思ってる人なんか、圧倒的にいるからね」

「え。でも、それは。」

「知らなかったんだ。」

「は、はい。」

「だってさ。君、誰かにレイプされたとかある。」

「な、ない。」

「もし、普通に君の一族が恨まれてたら、君みたいな女性とか、娘とかが一番最初に標的になるんじゃないの。現になってないでしょ。」

「いや、え。だって。」

「君が何にも知らないだけで、普通にうまく回ってたんだって。」

「そんな。でも、もうAVの会社に、自分の裸の映像とか、写真とか。」

 私は立ち上がると携帯電話をしまって椅子へと近づいた。

 椅子の座る部分に足を引っかけて揺らす。椅子は小さな軋む音を立てながら、何度も何度も簡単に刺し込まれたであろう釘から錆を床へと落とす。

 犬は。

 鼻水を流しながら泣いていた。

「謝りた、い。」

「何が。」

「お、お父さんに。」

「うん。」

「謝りたい。」

「なんて。」

「ごめんなさいって。そんなに悪い人じゃなかったのに、色々言ってごめんなさいって。少しでいいから、許してって。お父さん、大好きって。」

「うん。」

「そう、伝えて。お、お願い。」

 犬が自分で椅子を思い切り蹴とばした。

「さっきの全部、嘘だから。」

 突然、犬が眉間にしわを寄せながら叫びだす。

 私に向かって思いっきり腕を伸ばすが、前後左右に揺れたあと、僅かに痙攣して動かなくなった。

 仕事を早く終えるにはやはり工夫が必要ということなのだ。七姉妹もいるのだろうし、一人にここまで時間を使っていてはもったいない。

 残り、六人。

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