第3話 最恐の相棒

 そしてめでたくこの話はラブコメになる準備ができた、が、そうはいかない。


 だいたいこの手の話で出てくるこういう不思議な女の子は結局不思議でもなんでもなく、単に著者、それも多くは男性著者の願望であることは間違いない。それを追及して否定しても、にもかかわらず願望なのだ。


 それでも書いてしまうのは、執筆という作業はあまりにも辛く孤独だから、せめてココロの救いとして執筆アシスタントロボットというものに頼ってしまうのだろう。


 事実ぼくは、特にデビューの頃は書くだけで精一杯で、書きたいものと書けているものの乖離がすごかった。それをさんざん冷酷なツッコミで一刀両断しながら埋めてくれたのは彼女だ。感謝している。というか感謝してることにしておかないと彼女はとても不機嫌になるのだ。カードの支払い日は怖い。締切も怖い。でも彼女が怖いのもかわりない。


 そんな彼女の風貌を見ようと思ったが、彼女をぼくはまともに見られない。彼女はふだん身を隠しているが、……なんというか、その……例によって未来的な制服というかなんというかで武装しているのだ。なんで執筆支援のロボットなのにそんな恰好なのかというと、執筆支援は本来の仕事ではないかららしい。

 じゃあ本来は何をするの? と聞きたかったが、まだ怖くて聞けない……。


 だいたいこういう子が性格ツンデレというのもめちゃくちゃ定石過ぎて、もはや人口に膾炙していると言っていいと思う。ただぼくはその定石を研究する時間がない。それより自分の作品に頭を悩ませたり、それがなんにもならないことに鬱になったりするのが忙しくて作品を読めないのだ。書くだけ書いて読むのが苦手というのは小説書きとして致命的だと思う。にもかかわらず、なかなか読めない。


 しかも彼女が私にデレることがない。このことは密かに不満だったのだが、それ以上に怖い彼女を頻繁にスマホで召喚するのは苦手だった。


 だが10万字10万円のためには背に腹は代えられない。彼女の冷酷な一刀両断の力を借りてでもなんとか書かなければカードの払いが困る。


 で、彼女が実際執筆支援に何をしてくれるかというと、ひたすら話を聞いてくれる。


 え、それだけ? と思うかもだが、彼女のその能力にずいぶん救われている。コンピュータープログラミングの世界ではゴムのアヒルのおもちゃに説明しながらプログラムを組んでいくメソッドがあるらしい。説明しながら論理を構築するのが有効なのは小説も同じである。結局わかってもらえない話は書いても読んでもらえない。


 だったら実家住まいのオカンとオトンに説明すればいいじゃないかと思うかもだが、オカンとオトンにぼくの書く話が理解できるわけがないのだ。ほっとけば今跳梁しているオレオレ詐欺にひっかかりかねない、正直惚けかけの両親。テレビに文句をいうのと飲酒が趣味の父、母もそれに付き合って愚痴をこぼすだけ。しかもこのまえ実際オレオレ詐欺に引っかかった。だがお金があまりにもなさすぎて、詐欺グループにも呆れられて奪われずに済んだのだった。ぼくが通報したのだが、やってきた警察官も苦笑いするしか無いほどお金が無い。オレオレ詐欺のほうがが避けてしまうようなそんな素寒貧の家族の上に父母も頭が古いのだからどうにもならない。

 そんな状態だから、ぼくはその実家ごと破産する運命を回避するのに必死なのだった。


 というわけで、ぼくはあの零細出版社に納品する10万字の話を考え始めた。といっても時間がない上にお金もないので、図書室バイトとの掛け持ちである。

 そのせいでバイトの時、図書室のコピーサービスで発行する領収書を間違えて「平成31年」と書くべきところに「令和31年」と書いてしまった。この4月はまだ平成なのに。

 しかも訂正前にそのコピーをとった来館者は、やたら慌てた様子でぷいっと出ていってしまった。追っかけてすみません!間違えました! ということもできない。

 この件でぼくは正職員にちょっとお説教された。ぼんやりしているからだときめつけられたが、ぼくは小説のことを考えていたのだ。だがそんな言い訳が成立するわけがない。だまって小一時間お説教と嫌味のシャワーをあびて、そして帰宅した。


 帰る途中にスーパーに寄ろうかと思った。10万円入ればお惣菜寿司1パック648円を買ってご褒美で食べられるなと思ったが、未だ入っていない10万円のご褒美はいくらなんでも早すぎる。まず書かないとどうにもならない。 


 PCのキーを叩いてプロットを構築しながら考えるのは、なぜこうなったか、だった。この非正規雇用のひどい世の中を作ったT中H蔵を恨みたい。当時ロスジェネ世代の地獄を「注視する」と見殺しにした当時の日銀のS川総裁を恨みたい。そしてそれをすべて肯定し彼らのなすがままを許したK泉首相も恨みたい。でも恨んでどうなるわけでもない。思い出し怒りは吹き出しかけるがそれも沈んでいく。

 あの失われた時代の中、それでもぼくは原稿を書きつづけていた。そのなかで電子書籍が生まれ、ぼくは自作電子書籍を使った自己出版、セルフ・パブリッシングにも手を出した。出版社を経由せずに直接書籍を売れるそれにぼくは可能性を見た。

 でもそれも結局は貧困ビジネスのようなものだった。そこで本を書くほとんどの人はお金がなく、仲間の本、それも仲間が98円で売っている本ですら買うのを躊躇せざるを得ないレベルだった。そこから電子書籍プラットフォーマー各社は使用料をとる。それにつりあうサービス内容かというと、納得できる会社ばかりではない。

 正直既存出版の安泰のために貧乏な書き手を虐げる目的でわざとやってんじゃないの? と思えてくる会社もあった。


 だから、商業で本をもう一度出すしかぼくにはないのだった。10万字で10万円というヒドイ条件だったが、すこしでも商業出版をして、そこでの起死回生のホームランを期待するしかないのだった。

 もうヒットでは挽回できないのだ。


「そんな欲の皮突っ張ったってどうにもならないわよ」

 彼女はそういいながら部屋のぼくの後ろに座ってぼくの買った漫画をのんびりと読んでいる。これのどこが執筆支援なんだよ、と言いたくなるが、それを察した彼女の向ける視線の冷たさがすごかった。

 そのひと睨みでボクは震え上がる。


 やっぱり怖いよ。相棒にしては怖すぎるよ……。


 ぼくは相棒のはずの彼女とも戦わなくてはいけないのだった。

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