断片十 知識

「シゲの知筋は孕みが多く生まれるのか」

 チョウジの問いにシゲは自分が孕みであることがばれてしまったのでは、と思ってしまった。

「シゲも孕みっぽい口調だから孕みの知筋だったんだろうなって思っただけなんだ」

 いくら偽っても孕みとして育てられたために孕みの口調だけは変えるのが難しかった。最初のうちは無理して護のような言葉使いをしようとしていたのだが、口より先に手を動かさなければいけない管鰻使いとして働いていると、護として意識してしゃべろうとするたびに手が止まってしまう。そして喋る前に手を動かせと師匠に怒られる。そうしてその後で師匠にお前はどうあがいてもお前なんだから生まれついてのものを無理して変える必要はないんだと諭される。

 そもそも、孕みの口調だから孕みだと決める者がいるわけではない。生まれ持っての性の違いは見た目や言葉使い、考え方といった部分に影響を与えはするけれども、影響を受けなければいけないわけでもない。

 チョウジの後ろからタツゾウがやってくるのが見えた。

 タツゾウはにやりと笑い、シゲを見ながら口に指を一本立てる。

「そうだ、いっちょ俺が客に舐められないように護としてどうすればいいか教えてやろうか」

とチョウジが自信満々の笑みを浮かべてシゲに言う。

「ほう、俺にもご指導願えないものかな」

 笑みを浮かべながらチョウジの背後からタツゾウが言う。

「うわ、タツゾウ、てめえ」

とあたふたしながらチョウジが叫ぶ。

「ご指導願えるのかな」

「あ、いや、それはご勘弁を」

としどろもどろになる。

 思わず噴き出そうとなる笑い声をチョウジに悪いと思い口許を手で隠しながら、タツゾウさんもチョウジさんも一緒にいて気持ちがいいなとシゲは思った。

「シゲ、てめえ知ってたんだろう、知ってたんだったらだまってないで早く言えってんだ」

「ごめんなさい」

「謝ったんだから許してやれよ、チョウジ」

とタツゾウがシゲをかばう。

「わかったよ、それにシゲが悪いんじゃなくってタツゾウが悪いんだしな。それよりも早く釣ろうぜ」

 そういってチョウジはふたたび釣り糸の先の浮きに目をむけた。

 シゲもチョウジにならって意識を釣り竿の先に向けるのだが、シゲの視点は更にその先に向いた。

 まだこのあたりは向こう岸がはっきりと見える。もっと下流に行くと向こう岸も霞んで見えるほど川幅は広がっていくらしい。シゲはまだそこまでは行ったことはない。

 シゲが生まれた場所はこのよき川とは異なる川の小さな街だった。その街の川も広かったがよき川と比べれると半分くらいの川幅だ。今、シゲが生活をしている街はここよりも上流だが、川幅はこことそれほど変わりはない。河原にある小石を思いっきり向こう岸めがけて投げても半分にも届かない。

 もっと上流の街では向こう岸へ渡ることのできる橋がかけられていると聞く。シゲはまだその橋も見たことがない。それどころかシゲはまだ向こう岸にも渡ったことがない。街には向こう岸へ行く渡し船が定期的に運行しているが、向こう岸に行く用事があったことがないので、シゲは渡し船にも乗ったことがない。この仕事が終わったら乗ってみようかと思った。

 この川の終わりはどうなっているんだろうなあ、とシゲは考え始めた。

 水は川上から川下へと流れていくのだ。この水はどこからやってきてそしてどこまでいくのだろう。この川の行き止まりがあるとしたらそこにはとてつもないほどの水があるはずだ。でも、そんなにたくさんの水をためておくことができるのだろうか。

 これいじょう、いくら考えてもシゲにはわからなかった。

 知るためにはこの川を下っていくしかない。管鰻使いとしての仕事をしていればいつかはこの川の行き止まりまでいく仕事が来るかもしれない。

 そんなふうにシゲは考える。

 しばらくしてシゲはまた別のことを考え始めた。

 こんなふうにシゲは時間があると次から次へと自分の知りたいことに関して考え始める。

 どうしてこの世には護と拵えと孕みの三つの性があるんだろう。

 そういえばこの間の仕事で面白いことを聞いたことを思い出した。

 最初は、護と拵えしかいなかった、という話だ。孕みはあとから現れたと、そのことを話してくれた者はそういった。

 しかしそれを聞いた別の者が、いや、違う。俺の聞いた話じゃ、最初は護と孕みだったらしい。拵えがあとから生まれたと聞いた。

 ああだ、こうだと様々な意見が飛び交ったのだが、不思議なことに、拵えと孕みが最初だったという者はいなかった。

 ひょっとしたら誰も言わなかったそれが真実なのかもしれないとシゲは思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る