鬼多見奇譚 壱 帰らずのこっくりさん

大河原洋

一 八千代市立安宗中学校

それは九月の特に代わり映えのしない放課後だった。


 しんどうあかの通うちゆうがつこうの一年二組に、一組のがらりんなかばやしすみ、そしてクラスメイトのわたなの四人が集まっていた。


 他のクラスメイトは部活に行くなり帰宅するなりして、今はこのめんしかいない。


 いつもと少し違うのは、凜がセーメイ様をやろうと言い出したことだ。


 オカルト嫌いの母の影響と、少し臆病なのも手伝って朱理はまったく乗り気ではなかった。


「ねぇ、やっぱりやめない? みんなでフルルに行こうよ」


 フルルというのは、この安宗中学校の一番近くにあるショッピングモールだ。


 朱理の住む千葉県八千代市にあるいなもとだんは、周りを田や梨畑、そして森に囲まれたふうこうめい、と言えば聞こえが良いが実際は結構な田舎だ。


 この安宗中も団地の近くにあり、そこに住むほとんどの中学生が通っている。


「あ~か~り~、今さら何言ってんの? もう準備終わるんだからさ」


「アカリン、ほーんとビビりだよね」


 凜に追い打ちをかけるように由衣がからかう。


「でも、香澄もちょっとコワイかなぁ」


 どうやら彼女だけは味方になってくれそうだ。


「だよね、やっぱりもっと楽しいことをやろうよ」


 香澄を味方につければ二対二、逆転のチャンスはある。


「ちょっとコワイとこが面白いんだよぉ」


 一瞬にして希望は絶たれた。三対一、完全に朱理の負けだ。


「はい、できあがりっと。そんなに恐がんなくたってダイジョーブだって。アタシ、何回もやってるけど、別にどーってコトないから」


「そうそう、こっくりさんと違って安全なんだってさ」


「みんなでやれば恐くないよぉ」


 凜の言葉に由衣と香澄も同調する。


 この中でセーメイ様をしたことがないのは、朱理だけのようだ。


「ほら、さっさと席について。あんただって、ふるがダレが好きか知りたいんでしょ?」


「別にわたし、降矢くんの事なんて……」


「ニヒヒ……『降矢クン』かぁ」


「朱理ちゃん、わかりやすいよねぇ」


「だから違うってばッ」


 基本的に朱理は男子を『くん』付けで呼んでいる。女子は親しい子は呼び捨てだが、他の子は『さん』付けしている。


 ただし、クラスメイトのふるとうが気になるのは事実だ。


 朱理はそっとかばんの中に手を入れ、お守りを取り出した。これは叔父が中学校の入学祝いにくれたものだ。気休めにはなるだろう。


 見つかるとバカにされかねないので、スカートのポケットに隠した。


 渋々、凜の向かい側の席に腰を降ろす。朱理の右側に由衣、左側に香澄が座っている。


 紙の上に置かれた十円玉に四人の人差し指を乗せる。


「朱理、セーメイ様が終わるまで、指を離しちゃダメだからね」


「うん」


「それじゃ、始めるよ……」


「セーメイ様、セーメイ様、どうぞおいでください。もしおいでなら、『はい』へお進みください」


 凜たちが唱える呪文を朱理はモゴモゴと繰り返した。初めてやるのでよくやり方が解らない。


 紙の中心にぼうせいが描かれており、その左右に『はい』『いいえ』と書かれている。そして、五十音と0から9までの数字が、その周りを円形に囲んでいる。


 セーメイ様は基本的にこっくりさんと同じだが、鳥居の代わりにこの五芒星、せいめいきようを描くところが違う。


「セーメイ様、セーメイ様、どうぞおいでください。もしおいでになら、『はい』へお進みください」


 五、六回ほど呪文を唱え続けると十円玉に変化が訪れた。


 何かに引っぱられるように動き出し《少なくとも朱理は力を入れたつもりはなかった》『はい』へ移動した。


「セーメイ様、五芒星までお戻りください」


 十円玉が中心に戻る。


「よし、ダレか質問して」


 凜がドヤ顔で三人を見回す。


「セーメイ様、今日の天気は晴れですか?」


 由衣の質問すると、十円玉は『いいえ』に ズズズッと移動する。今日はどんよりと曇っている。


「セーメイ様、五芒星までお戻りください」


「最初は簡単な質問をして、だんだん難しくしていくんだよぉ」


 香澄の説明を聞きながら、そういうモノなんだと朱理は何となく納得した。


「セーメイ様、今日の夕食はカレーですかぁ?」


 香澄の問いに十円玉はピクリともしない。


「晩ゴハン、ラザニアなのぉ。セーメイ様、五芒星までお戻りください」


 十円玉は再び紙の中心に戻った。


「朱理も何か質問しなよ」


「えっと……セーメイ様、明日のラッキーカラーは何色ですか?」


「まだ早い……」


 由衣が言い終わる前に十円玉は、今までよりも勢いよく動き出し、先ずは『あ』に移動し、一呼吸置いて今度は『か』に移動して止まった。


「アレ? もっと『はい』『いいえ』の質問をやってからじゃないと、五十音はうまく行かないハズなんだけど」


「そうなの?」


「ま、いいじゃない。朱理だけにラッキーカラーは『あか』なんだ」


「凜ちゃん、オヤジっぽい……」


 少し照れくさそうに凜は咳払いをした。


「セーメイ様、五芒星へお戻りください」


 十円玉は中心まで移動した。


「気を取り直して。セーメイ様、アタシは部活でレギュラーになれますか?」


 彼女はフットサル部に入っている。


 十円玉は再びズズズッと移動し、『はい』の上で止まった。


 凜の顔に微笑みが浮かぶ。


 十円玉に戻ってもらい、次の質問をする。


「セーメイ様、ポジションはどこですか?」


 十円玉は『あ』『ら』と答えた。


「リンリン、アラってナニ?」


「サッカーで言うとミッドフィルダーだね」


 由衣の問いに凜が笑顔で答える。


「やったね!」


「おめでとう!」


「まだ決まったわけじゃないから……」


 と言いつつ、この占いを本人も信じているのは間違いない。


 それからおのおの幾つか質問をしていった。


 十円玉はその度に移動したり、動かなかったりしながら答えていった。


 ちょっぴり不思議で、ちょっぴり恐く、朱理も楽しくなってきた。


「セーメイ様、みやもとにカノジョはいますか?」


 十円玉が『はい』へ移動する。


「えぇ~やっぱりぃ~」


「セーメイ様、五芒星へおもどりください」


 十円玉は静かに中心に戻った。


「しっかりして由衣ちゃん!」


「うぅ~、セーメイ様、その相手はダレですか?」


『か』『と』『う』『ひ』『な』と順に十円玉が移動する。


「セーメイ様、五芒星までお戻りください」


「う~ん、『加藤比奈』かなぁ? 二年生の」


 十円玉が五芒星まで戻るのを確認してから、香澄がみんなに尋ねた。


「ハァ、たぶんね、噂は聞いてたんだ。野球部のキャプテンとマネージャー、ベタな組み合わせだよね」


「まぁ、占いだし……」


 落ち込む由衣の姿がかわいそうで、朱理は慰めようとした。


「じゃ、今度はアカリンの番ね」


「え?」


「あたしだけフラれるのヤだもん、仲間になろうよ」


「そうだね、脱オジコンのためにもね」


「オジコンじゃないッ」


「まぁまぁ、そんなに照れないでやってみよぉ」


「照れてもいない!」


「わかったわかった、じゃアタシが代わりに聞いてあげる。セーメイ様、降矢当麻は誰かと付き合っていますか?」


 十円玉は『いいえ』に移動した。


「朱理ちゃん、よかったじゃな~い」


「この裏切りモノォ~」


「だからッ、わたしは……」


「しッ、途中なんだから黙って」


 渋々口を閉じた時、教室の引き戸が開く音がした。


「何をしているの?」


 四人の視線が一斉に声のする方に向けられた。


 そこには朱理の担任、はぎわらひろがいた。


「あ、ヒロミン」


「ユイユイ、『先生』でしょ。『師匠』でもいいけど」


「いや、イミわかんないし」


「セーメイ様をやってるんです」


「あぁ、今はやってるんだってね……」


 宏美は朱理たちの手元を覗き込んだ。


「それは……


 下校の時間はとっくに過ぎているんだから、そろそろ終わってね」


 一瞬厳しい表情をしたが、宏子はすぐにいつもの笑顔にもどって教室から出て行った。


「じゃ、降矢の好きな人を……」


「もうやめよう、今度は怒られるよ」


「一人だけ勝ち逃げなんてズルイぞ」


「わたし、何に勝ったの?」


「ま、これ以上ムリ強いするのも悪いか」


「指も疲れてきたしねぇ」


「ちぇ~」


 朱理はホッとした。


「セーメイ様、セーメイ様、どうぞお戻りください」


 十円玉がズズズッといどうし、『いいえ』で止まった。


「ちょっと由衣、ふざけないでよ」


「あたしじゃないって」


「香澄もやってないよぉ」


「わたしも……」


 朱理はスカートのポケットに空いている手を入れて、お守りに触れた。


「まぁ、よくあることだよ」


「そうだね、もう一度」


 再びセーメイ様に帰ってくれるよう頼んだが、十円玉は『いいえ』に移動する。


「もう、ホントいい加減にしてよ」


「だから、あたしじゃないってば!」


 朱理は無意識にお守りを握りしめた。


「もう一度。セーメイ様、セーメイ様、どうぞお戻りください」


 ズズズッと十円玉が移動する。しかし五芒星ではなく、まず『い』へ、次に『や』に止まった。


「な、何、これ……」


「もう一度!」


 完全に血の気が引いた顔の凜に、由衣が引きつった声で言う。


 香澄の瞳には涙が浮かび、朱理も逃げ出したかった。


「せ、セーメイ様、セーメイ様、お願いです、どうぞお戻りください!」


 こんがんするように凜が叫んだ。


 しかし、十円玉が選んだのは、又しても『い』と『や』の文字だった


「なんで……」


 由衣が呟くと、十円玉が滑るように動き出す。


『か』『ら』『た』『ほ』『し』『い』


「からたほしい? か、体欲しい……あ、あなた、ダレ? ホントにセーメイ様なのッ?」


 凜は震える声をしぼり出すように言った。


『さ』『と』『う』『か』『の』『こ』


 今までにない早さで十円玉は答えた。


 聞き覚えのない名前だ。


「さとうかのこ? 知ってる?」


 凜の問いに、由衣と香澄も首を振る。


「どうしよう……」


 朱理が呟いた途端、急に十円玉が発熱した。


「アツッ」


 思わず四人が指を話した瞬間、五十音を書いた紙が燃え上がり、一瞬にして灰になった。


 お守りを握っている左手はいつの間にかポケットから出ていた。


 朱理はその手を見つめた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る