第7話 雨天の武術家と守護神になりうる者

 昼食はファミレスであった。

 選択肢が多いこともあるし、食事休憩を挟むことで、青葉も気力を取り戻した。新しい携帯端末の使い方もある程度覚えて、タッチパネル式のダイレクトな操作には、説明なんていらない、というのが感想である。

 そもそも、青葉はつい数日前まで現役で中学生だ。当たり前のよう授業に出て、机に向かって、体育で躰を動かしていた。だから公共交通機関を使っての移動となれば、それほど疲れない。友達とテーマパークで遊んだ時のことを思えば楽なものだ。

 方向が正しければ。

「あれ、戻ってる?」

「ああ、うちの近くだ。武術家の朧月おぼろづきってのがあってな。その野郎が店舗を構えてる骨董品店の朧夜堂ろうよどうが目印だ」

「ああ、行く時になんか、木の看板を見かけたような……」

「以前から知り合いでな。俺が魔術師として生きようと決めたのも、あの店である本を手に入れてからだ。以来、たまには顔を出すことにしてる」

「魔術師?」

「それもいずれな。今回は店主じゃなく、待ち合わせ場所に指定されただけ。俺も逢うのは初めてだ」

「それ、私がいていいの?」

「一丁前に気遣いか? 確かに、お前をそこらのブティックに放置しといて、俺だけで用事を済ませることも考えたが、お前は俺のことを知りたいだろうと思ってな」

「それは……そう、だけど、双海ふたみでそれなりにお腹一杯よ」

「太れそうか?」

「どう考えても痩せるわ」

「学校ってのが、どれだけ狭い範囲なのか痛感するだろ。俺もそれほど知り合いは多くない方だ」

「そう……」

 青葉は、少し目つきが悪いので、学校では初対面で怖がられることが多く、友人もそう多くはないが、それと比べては失礼のような気もする。

 しばらく歩けば、杜松ねず市に入ってすぐ、その店はある。周囲にも似たような一軒家はあれど、骨董品の店というのは他にないし、門構えも古臭い――が、そこを少し通り過ぎてから、裏側に回るようにして敷地に入ると、母屋の傍に道場があった。

 入口は空いていて、中に入れば、男性が二人いた。

「おゥ」

 袴装束で短髪の男が先に声を上げた。もう一人はやや小柄で、赤色に近い髪色をした、青色の瞳からして外国人だ。

「へえ……そいつが、お前の客か」

「まァな。つーか、女を連れて歩くような年齢じゃァねェだろうがよゥ」

「こっちも事情があってな。公人きみひとだ――ああ、最近じゃどういうわけか、エミリオンと呼ばれたこともある。そっちでもいいぜ」

雨天うてんあきらだ」

「俺はジニーでいい。連れの嬢ちゃんは?」

椿つばき青葉あおばよ」

 名乗りを交わせば、すぐにジニーが目を細めた。

「へえ、死人を連れて歩くとは、面白い趣味じゃねえか、エミリオン」

「あんたは気付くんだな」

「まあな。ちょっと深く調べれば、蒼の草原における死者の名前なんてすぐ掴める。それを覚えているかどうかだ」

「事情は聞くな、まだその段階じゃないし、――どうでもいい話だ」

「はは、確かにな。目の前にいて、わかることが全てじゃないにせよ、納得はできる」

「ちなみに、そっちはどういう知り合いだ?」

 壁の傍に青葉を座らせて、公人が二人に応じるような立ち位置になる。配慮もあるが、用事があるのは公人の方だ。

「俺が国外で遊んでた時、一緒だったのがジニーだ。今じゃこっちでも遊んでる」

「武術家が遊ぶなら、戦闘か」

「おゥ」

「よく遊べるもんだな?」

「俺は軍の中でも外れ者でね。一人の方が良く動けるってのを、嫌ってほど自覚したのさ。今はある仕組みシステムを制作中なんだが、そいつはさておきだ。アキラに用事ってことは、お前は遊びじゃねえのか?」

「いや、耐久度試験を頼みたくてな。この金属なんだが、どう壊す?」

「どれ」

 ポケットから取り出した手のひらよりも少し大きめの金属を渡せば、掲げるようにして見た彬は、少ししてから苦笑した。

「金属ねェ……どうだジニー」

「おう。――へえ、結構な完成度じゃねえか、こいつは。魔術協会の倉庫に潜り込んだことはあるが、そこで見かけたヤツと遜色そんしょくねえな。ただ、魔術素材を使ってる形跡がないのは気になる」

「ああ、それな。いくつか素材を手に入れたが、正規ルートとは言えないから、要求もできない。だから素材そのものの物質構成を、魔術構成で再現した。その方が細かく手も入るからな。彬、それを壊すのは?」

「その通りだ」

「壊してくれ、その形跡を分析してから、次のステップにしたい」

「はいよ。破壊方法は?」

「細かくはしないでくれ、持って帰るのが面倒だ」

 返してもらった彬は、ノックをするよう拳を軽く当てて二つに壊し、それを公人へ返した。

「本当に簡単に、軽くやるわね……」

「そりゃお前、俺が武術家ッてことだろうがよゥ」

「当たり前のことだと覚えておくわ。もう、今までの常識が何もかも通用しなくて、考えるのが大変なの」

 公人は軽く見ただけで、ポケットへ戻す。

「いいのか」

「解析なら後でやる。それよりジニー、システムと言ったな?」

「おう。米軍内部で、特殊部隊スペシャルフォースとは別に、同盟国内においてのトラブルを、フレキシブルに対応する人材ってのを、配置することになってな」

「ジニーみてェに、手に余る個人主義みたいな馬鹿を、じゃあ好きにやれと囲いの外に放り出したッてわけだ」

「うるせえぞアキラ、間違ってねえから腹が立つ」

「それはあくまでも、軍の話だろ」

「まあな。ただ暇で暇でしょうがねえから、あちこちを手伝ってた俺に対して、お前は何でも屋か? なんて皮肉を言ったヤツがいてな。――そりゃいいと、思ったわけだ。軍人ではなく個人、それでいて国籍も問わず、まあ理想だけは高く持とうってな。依頼を受けて解決するだけの仕組みだ」

「依頼の方向性は」

「ないな。それこそ、

 ジニーの笑みを見ればわかる。それがどれほど面倒で厄介なのかを、自覚していて、その通りにしようと思っているわけだ。

「何でも屋なら、――

 それは確かに、理想は高い。

「立ち位置はどこだ?」

「仲介役、中立、まあどこでもそのくらいだ。一般人と武術家の間、軍との間。いろいろと問題はあるけど、ちょっとしたツテで、相談ができるからって、今は日本こっちに来たんだよ」

「少し時間をくれ」

 大きく深呼吸を一つ、公人は目を瞑って腕を組む。


 縁が合った。


 それが人と人とが出逢う仕組みだと、彼女は言っていて、知り合いの男はその縁については専門分野で、この前に少し話もした。いつも旅ばかりしている人物なので、なかなか捕まえられないのだが、それはさておき。

 仮説を立てる。

 縁が合った前提で、この出逢いがあったのならば、どうか。

 打診した際に、彬と一緒にジニーがいることは、聞いていた。それはともかく、注目すべきは現状そのもの。

 現状とは、今この場だけの話ではなく、芹沢で二村にむら双海ふたみと会話したことも含まれる――ならば。

 今までの事柄から、ジニーが想定しているシステムに関わりがあるものをチョイスして、それらを一旦、繋げて。

 あとは想像力。


「あんたは――」

 どうだろう、当たりか外れかはともかく、やってみよう。

 名無しの彼女の思考を、なぞるように。

「――きっとこれから、芹沢に足を向けるんだろうな。確かに全体像の俯瞰をして、そこに何かを組み込むのに、は適任だ。だが会話を始めれば驚くことになる――あんたの仕組みと同等か、あるいはそれ以上に、現実的な情報が用意されているからだ。残ったのは、それをやるかどうかの決断だけ」

「へえ」

 どうだと、顔を上げた公人に対し、ジニーは驚きもせず、口元を緩めているだけで。

「可能性の追跡までできるのか」

「いや……ちょっと、真似をしてみただけだが、これでいいのか?」

「いいかどうかは、これから俺が実際に足を運んで確かめるんだ。ここで判断はできねえだろ。ただ、話術としては失敗だな。相手次第でもあるが、少し笑うくらいの余裕を見せてから、決意を試された時にどっちへ転ぶんだ――くらいの、上から目線で一言ありゃいい」

「ジニー、それを繰り返した先に何がある?」

「先には、なにもねえよ。だが間違いなく、何よりも現実ってやつを知ってなきゃ話にならん。世の中の仕組みなんかをな」

「一つ聞きたい」

「俺が知ってることならな」

「魔術において知らないことを、許されていない者――こいつは存在するか?」

み名」

 返答をしたのは、彬で、ジニーも頷きを作る。

「そうだ。迂闊うかつな問いかけだったのは……いや、だとしても糸は繋がらず、俺がに出逢うことはないな。織り込み済みで、縁を避けてる。まあいい、そいつはなエミリオン、魔術師協会において、存在自体を空想として捉えながらも、決して否定できない存在でもある、忌み名。そいつの名称は識鬼者コンダクト、普通に読むとシキシャだ。知識を蓄えた鬼のような者、あるいは鬼のよう知識を蓄えた者」

「知らないことは、ないのか?」

「魔術においては、な。そして魔術とは、世界の仕組みそのものだ。もうそいつは、知り続けるだろ。だから忌むべき存在として、うたわれる」

「異常か?」

「いや? 仮にそうであっても、

「そうか」

 だったら、人間と化け物との違いは何だと――そんな考えを、振り払って。

「なら、それでいい。ところでジニー、ナイフは使うか?」

「まあな」

「武術家は――刀だろ?」

「メインはそうだが、扱えるぜ。ないほうが楽だが」

 それは扱えると言って良いのだろうか。

「切るか突く、このパターンの組み合わせか? 使い方を知りたい」

「使い方って……ああ、まあいいか。俺が使ってるのは、この海兵隊では一般的なナイフだ。人を殺すなら、首に突き刺しながら裂く感じになる――が、そもそも軍人は、薪を作るのにもナイフだし、果物を剥くのもナイフだ。使い方なんて、それこそ山ほどあるぜ。多用途ナイフ、缶詰だって開けるし穴だって掘る。だから手入れも自分でやる。だいぶコーティングが多いけどな」

「大振りのナイフは?」

「そりゃどっかの戦闘狂なら使うかもしれないが、だったら逆に銃器なんかを避けるスタイルのヤツだろ。銃よりナイフの方が殺しは早い――ってのも、嘘じゃない。相応の錬度が必要にもなるが……」

「そういや、いたな。あれどこだっけ? ドイツ?」

「俺は知らねえよ」

「いたんだよ、厄介なのが。小太刀こだち二刀にとうより性質が悪い。仕込みが多すぎてだったけどなァ」

「エミリオン、俺の使ってる店を紹介してやるから、まずは量産品から学べよ」

「量産品から?」

「安いのにも、数を作るにも、。それを知らなきゃ、スペシャルな一振りだって作れやしねえよ」

「それもそうか、頼む」

 連絡先を交換し終えてから、それにしてもと、あきらは目を細める。

「鍛えてねェな、公人」

「多少はやっといた方がいいか?」

「そりゃお前、女を守れねェと格好がつかねェだろうがよゥ」

 言われて、振り向いて青葉を見て、そして。

「……それもそうか」

「反応に困ることを言わないでちょうだい」

「じゃ、顔合わせは済んだし、俺は行くぜ。エミリオン、青葉のことでもいい、困ったことがあれば言えよ。相談に乗るくらいは、まあ暇だったらやってやる」

「いつも暇だろ」

「お前と一緒にすんな馬鹿。キツネさんの尻尾を掴んだから、近く遊ぼうぜ彬」

「おゥ、そりゃいい」

 すれ違う時、お互いの背中を軽く叩く挨拶。背丈の差があるため、余計にジニーが小さく見えたが、今の公人とはそう変わらない。

「でだ、次に来る時はナイフを用意しとけ」

「……俺にも、遊べってか?」

「おう。いいだろ、作り手ッてのは、自分が作った刃物で傷を負うことはねェはずだ。多少なりとも、躰の動かし方くらいは覚えられる。それに――」

「それに?」

「俺も、刀を作ることには、興味がある。相談相手が欲しかったところだ」

 お互いに利点があるなら、それは好ましいことで。

「じゃ、そうするか。ところで彬」

「なんだ?」

啓造けいぞうさんはいるのか?」

「まだ朧月おぼろづきの槍と戦闘するのは早いぞお前」

「馬鹿、そうじゃねえよ。挨拶ついでに、いろいろとな。まったく武術家ってのは……」

「冗談だッての。俺が表から入ると、良い顔をしねェンだ、あいつ。丁度良いからこっち呼んで来い」

「それも嫌がると思うけどな……」

 とりあえず挨拶だと、公人は青葉に片手を差し出し、立ち上がらせてから、一度外に出て、正面から店の中へ。

 骨董品の店だ。

 気に入ったものがあるなら、買ってやるくらいが男としての立ち位置かなと、そんなことを思いながら。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る