第3話 無限大数分の一

 『長寿の主』、と世界で呼ばれているもの。エア大陸その物と呼んでいい存在。

 生まれて6年、アースは今ソレらから仕事をもらっていた。

 世界の理であるソレらに逆らうことは許されない。アースのすべき仕事は、世界を保つために必要な事だと教えられていた。


 どこの誰か、どこのナニか、目標を示されればその通りに動くだけ。

 アースの中にリンクされている情報網はこの世界の全てをとらえている。


 大陸に溢れる、限りなく無限に近い数の生命。その全てを『長寿の主』たちの種族が把握している。

 その命のバランスを保つことが、アースに課せられた仕事だった。


「アース、主達からの指令だ。次のターゲットはこの町、こいつらは高度文明を持ちすぎた。放っておけば近々、自分達の作り上げた兵器で世界の半分を壊し自滅するだろう」


 白衣を着た科学者の一人がアースに地図を示した。


「またこのチビ一人で行かせるのか?」


 別の声の持ち主、彼もまた白衣を身に付けている。そんな科学者達がこの室内には何人も存在していた。


「仕方ないだろう、他の奴らは機動力がもうない」

「『長寿の主』一体につき、造れるのは一体か。アースのはどこに行ったんだ?」


「わからんよ。そいつがいれば、このチビももう少し扱いやすいかったんだがな」


 それらの会話をアースは黙って聞いていた。

 この科学者達は人間と呼ばれる種族で、現在、エア大陸で最も可住地域を増やしている生命体だ。


 ーー無限大数分の一たちが好き勝手なことを言っている。


 『長寿の主』たちと情報を共有するアースにとって、彼ら人間とは姿形が自分に似ているだけで、世界に存在する無数の生物の一種に過ぎなかった。


 ーーやつらの言うことを聞く義理はない。僕が動くのはこの大陸のどこかにいる『主』のため。

 ーー今ここにある空気中にだって無数の生物が飛来している。大きいか小さいか、こいつらとの差は細胞の数の違いだけ。


 アースの前では科学者達の議論が続けられている。


「しかし、町一つ潰す必要はないんじゃないか?」

「そうだな、重要な者だけなら百人以内で収まるはずだ」

「アースの行程はどうだ? 負担を減らすため、行きと帰りに同じ場所で補給できるようにしておこう」


「いっそ、アースに老朽化した個体を運ばせるのはどうだ?」

「一人で済むならかえって荷物になるだけだろう。硬質化したやつは重すぎる」

「老朽化した奴らは、今まで通り防衛として各地にあった方がいいだろうな」


 アースの先輩とでも言うのだろうか、それらの個体はすでに、自力で動く事は出来ない。長く生きられるとはいえ、年月を重ねすぎたのだ。


「アース、非常食だ。それから断熱シート、地下から水を組める高性能ポンプだ。使い方はわかるな?」

「いつも通りお前のバックパックに詰めるぞ」


 科学者達が小さなアースの身の丈に合った小さなバックパックへと最低限の物資を入れていく。


「非常食は改良したんだ、フルーツ味だぞ」

「おい、味をつけたところであの不味さはたいして変わらんだろう」


 白髪の科学者が、眼鏡をかけた男が、腹の出た青年が、声量を上げていく。


「へんな連中に絡まれたら、かまわずに逃げるんだぞ」

「下手に倒しても騒ぎになるだろうしなぁ。せめてもう少し、うちの息子位大きければ心配もないんだが」

「はは、何の心配があるんだよ、このチビさんに」


 肩に乗せられた手はアースの体よりも温度が高く、別の大きな手のひらはアースの頭の上を往復した。


「うちの娘にアースの写真を見せたら『王子様みたい!』って大騒ぎだったよ」

「お前の娘って、まだ4歳だろ。女の子はませてんだなぁ」

「確かに見た目は絵本の王子様だが、トゲがあるぞこの王子さまは」


 ふにふにとアースの両頬を挟む指は、科学者として登録された指紋と一致している。


「困ったことがあったら各地の仲間に聞くんだぞ」

「行ってこい」

「気を付けてな」

「無事に帰ってこいよ」


 いくつもの音程が空気を揺らす。


 ーー無限大数分の一。

 それは世界に唯ひとつの生命。



 『長寿の主』たちは永い年月の間にこの世界自体と同化してしまった。

 そして、その多くが歳をとりすぎ、ほとんど身動きできないほどに細胞が老朽化している。

 もうすぐに死ぬということはない。むしろ硬質化した細胞はこの世界の支えとなり、そしてささえられ何万年、何億年と生き続けるのだろう。


 ーーでも、ソレらから作られた僕たちは。


 意識をリンクし手足となって動く人形のようなヒトガタ。

 人間によって造られた存在、アンドロイド(バイオロイド)。


 ーー僕は――無限大数分の一、なんだろうか?

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