音声記録5-3:『そんじゃ仕切り直しっと……』

 そんじゃ仕切り直しっと。まず質問。

 巣穴ピットに初めて来たやつが、一番最初に持つ疑問といったらなんでしょう。ん、誰かわかるかな?

 ハイッ、そこの美人さん! ――見た目はただの小惑星なのに、中身がネオン街で驚いた? お前の耳は虫穴むしあなかよ、おれが聞いたのは感想じゃねえ。疑問、不思議、謎! 船から下りて一発目の出発ロビー兼酒場で、脳みそが入ってるなら誰でもおかしいなあ~って首ひねることだよ! 

 いやいやわかった、おれの聞き方が悪かった。まともなやつならこう思うはずなんだけどなぁ――ドッグの出入口に置いてある、あのヘルメットは誰のだよ?

 わざわざ台座に据えられてるわりに、飾り物にしちゃ薄汚い。銀と青の塗装は、特にてっぺんが禿げ上がっててダサいことこの上ないし、側面のロゴは半ば剥がれて判読不能。かろうじて派手に赤い獣のエンブレムだけはきれいだが、正面に回りこんだら誰でも二度見せずにはいられない。

 スモウ級サイボーグ・レスラーだって度肝を抜かれてだろうさ。なんせ下から間接照明に照らされて、ボワッと闇に浮き上がるのは――げえっ、メットの中にミイラ化した首が入ってる!?

 わかる、わかるよ。おれも最初はハリボテだろって笑ったよ。だけど脇を通るたんびに見かけてりゃ、どんなトンチキもいずれ真実を認めるはずさ。

 合成皮革じゃ再現しない、あの皮膚に開いた無数の毛穴! 干からびたしわに埋もれた瞼には、目の周りを縁取って白い睫毛がピンピン生えてやがる。めくれあがった茶色の唇から、ガチャガチャ覗く黄色に欠けた不揃いの歯。そこにヤニの濃い汚れと、合金製の虫歯の被せ物がギラッと光って決定打だ。うそだろ、こいつは正真正銘、人間のミイラなんだ!

 で、次に来る疑問は当然こうなる。なんで古株の宙賊たちは、船に乗る前に必ずあのボロメットを撫でていく?

 髪を真ッピンクにおっ立てた、全身ウロコ化美容手術をしたガキがやるなら不思議じゃないよ。お子ちゃまは目立ちさえすりゃ偉くなれたとカン違いできる生き物だからな。でも、めったにドックまで降りてこないお偉方までが同じとなったら要注意だ。

 お前、青ヒゲの旦那を見かけたことは? あの人は特に念入りだろう。いつもメットの前に長いこと立ち止まっちゃあ、なぜかまんじサインを切りながら百回は撫で回してく。だいたいはポンと叩いたり軽くナデナデする程度だが、とにかく皆が皆、あれを出発前に撫でるのを見てりゃ見当もつくってもんだろう。

 どうやら何かのジンクスらしい。だけど何の験担ぎだ? たぶん、一攫千金?

 残~念! おれもそっちのほうが良かったけどさ、現実ってのはけっこう地味なもんで。実際の願掛けの中身は、ジャジャーン! 『今度も無事に戻ってこれますように』だ。

 ハハァ、おたくの今のポカンとしたアホ面、撮っておけばよかったぜ。ま、つまりは航路安全ってこと。宙賊の根城に置いてあるにしては渋いよなあ、うん。

 だけど若者よ、お前さんも胸に手を当ててよーく自分を振り返ってみな。どんなにちっちゃな宇宙ゴミにも、出所ってのはあるもんだ。

 巣穴ピットはけっこう居心地いいし、この辺鄙な宙域に流れてくる連中に他に帰れる場所なんてない。世の中には自分が死んだらガンマバーストでいてくれだの、大マゼランへ射出してくれだの物好きを言う変人もいるが、たとえ全身を機躰きたい改造した極めつけの変態だって、一本でもまともな神経が残ってるなら、いざとなりゃ骨を拾ってもらいたがるのが人情だ。

 あのミイラメットの真の意味は、そんなところにあるんだよ。

『たとえ爺さんみたいに死んだとしても、最後は巣穴ピットに帰ってこれますように』

 みんな気軽にぽんぽんメットを叩いてくようでいて、けっこうマジメにそう祈っているんだぜ。

 おれたち勝手気ままな宙賊は、たとえ大首領ビッグボスが号令かけても聞く耳持つとは限らねえ。それでもあのメットに限っちゃあ、全会一致で丁重に扱ってる。その裏にはもちろん巣穴ピット全体の尊敬に見合うだけの、強力で一目置ける逸話があるんだよ。

 ただのボロメットじゃないから守護悪魔なんだし、あれを持ち帰ってきたティモーだっておいそれと売り飛ばせなかったわけさ。

 そんなに皆から大事にされてるもんを、巣穴ピットに出入りしたての新顔がよくも盗もうと粋がったなって?

 へっへえ、そう思うだろ。実はそこがキモでしてね。今でこそ爺さんの首は守護悪魔だが、実は昔は違ったんだよ。

 しょぼいチンピラのティモー君。やつには一応そこそこの頭があったから、事を起こす前に上役へお伺いを立てるのを忘れなかった。イプシロン帯の小惑星〈虫喰いイモ〉の墜落船は、なんで放置してあるんです? もう幹部の誰ぞの唾つきで、サルベージ待ちだったりするんすか?

 答えはノー。当時の宙賊たちは、幹部連中も鼻で笑ってこう言った。

「坊主、持ち出せるんなら好きにしな。あんな船は巣穴ピットの誰も欲しがらねえ。むかし自分の歳も数えられなくなった負け犬の老いぼれが、大見得切って高警戒ハイアラート域に突っ込んでった残骸だ。パトロールの奴どもはあれを見せしめに残しているし、俺たちにとっちゃ物笑いの種でしかねえ。縁起の悪いくそガラクタよ」

 そう。ティモーが巣穴ピットに持ち帰る前までは、爺さんのメット――というか、爺さんの死体含めた墜落船の全体が、宙賊にとっちゃ嘲笑と軽蔑の対象だったんだ。

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