音声記録3-6:『爺さんがいつ盆地を……』


 爺さんがいつ盆地を去ったのか、俺は憶えてない。

 どうも明け方までぼんやりしてたようだ。起きてるのか寝てるのかも判断つかねえ有様で、ふらふら立ち上がったときには、ただ腹が減ったと思ってた。

 どうやって町まで戻ったのかも、まともに憶えちゃいねえんだ。だけど最初に会った通行人の悲鳴で我に返った。全身血まみれの男が道を歩いてりゃ、そりゃ驚くよな。

 俺はねぐらに戻り、シャワーを浴びて、酒瓶の中身を干して眠ろうとした。だが目を閉じるとあの娘の――樹に取りこまれた娘の綺麗な死に顔面が浮かんでくる。

 ベッドから降りて、俺は脱ぎ捨てたシャツを拾ったよ。鼻を近づけたら血の臭いがした。吐き気をこらえて外へ飛び出し、汚れた服全部に酒をぶっかけて火をつけた。

 見たものが現実だったかそうじゃないかを、確かめる気なんざ失せていた。黒焦げてく服を見ながら、惑星ほしを出ようとはらを決めたのさ。

 ありゃあ――本当に人間だった。人殺しの場に、俺は立ち会っちまったんだ。情けねえと思うか? 死んだのがまともな人間なら、俺だって別に屁とも思わなかったさ。だけどあれは――異常だった。

 森にはまだ、あの大樹の残りがたくさん生えてる――今は全滅したにしろ、あのときはまだ生えていた。爺さんの話が本当なら、あの樹はぜんぶ、俺が伐採してきた樹もみんな、あの娘の……。

 ――これで全部だ、黒斧さん。

 あんたがどのくらいこの話を信じたか、俺は知らねえ。どうだろうと俺があの樹に関わることは二度とねえし、あんたもわざわざ俺を捕まえようって気は起こさねえだろう。

 跳躍航路に乗って、もう何日にもなるしな――せっかく貯めこんだ金がパアだ。新しい稼ぎ口も、探さなくちゃならねえ……。

 それでも、あんたはあの材を売るのかな。売るだろうな、あんたなら。むしろ、この話で付加価値をつけて値を上げたりするのかね。

 勝手にやっててくれ。俺は悔しくもなんともねえからよ。

 俺はまた本物の樹を探しに行くだけだ。ちゃんとした樹だよ。よけいな混じ物が入ってないやつ。たぶん、俺は仕事をできるだろう。俺には伐採しかねえんだから。だけど、小雨の降る土地はもう勘弁だ。どこか明るくて、乾いた森がいい。

 ……たぶん、俺は鋸を持てるだろう。次のステーションに着くまでのあいだ、酒瓶を抱えて眠ったとしても。新しい森に入るまでには、あの娘の白い顔は頭ん中から消えてるさ。

 だって、そうだろ? あれは俺の人生とは関係なかった。俺の悪夢じゃねえ。爺さんの悪夢だったんだから……。

 じゃあな、黒斧さん。この録音があんたの耳に入ってるのを願うよ。

 そうでなかったにしろ、俺はもう銀河の夜の底に消えてるさ……。

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