音声記録2-6:『すべての作業は遺漏なく……』

 すべての作業は遺漏なく終了したと、ステーションは発表したよ。AI-γに関する問題は完璧に処理されて、100%の安全が保証されたって。

 実際、あの日から今日まで、物販部門にもステーションのどこにも、前あったような異常は起こってない。ワラガンダのAIコアは正しいプロセスで徹底的に破壊されて、彼が残したとされるコピーのどんな断片も、ステーション内から削除されたって。

 だけどわたし、あとから聞いたんだよね。システム部に友人がいるっていう後輩から。

 あの日、ワラガンダのプログラム・コピーの検出と削除を担当した電子危機対策チームは、結局コピーの断片をどこにも見つけられなかったんだって。ただし、コピーの書き込まれた痕跡はあちこちに発見されたみたい。それから、ある通信アンテナの異常な作動記録も見つかっていた。

 アンテナは、系内を通常航行する船舶に使われる一般的なものだそうよ。そこから大容量の不明なデータが、特定方向へ送信された記録が残っていたって。

 送信時刻は、ちょうどあの頃。わたしたちがコンコースで虹の幻を見ていたときだった。

 追加調査で判明したのは、データ送信先に、それを受信できる船も衛星も、どんな施設も存在しなかったということ。電波はただ楽園に向けて、あてもなく送信されていた。データ量の総計は、ステーションに潜んでいたと思われるワラガンダのコピー量とちょうど同じくらいだった。

 わたしたちの考えは、みんな同じだよ。虹の神話を知っているから。

 きっと先輩が言ったとおり――ワラガンダは、狂ってなんていなかったんだと思う。疑似人格が芽生えてたのは本当だったとしてもね。でも彼は絶対に、わたしたちを傷つけなかった。いずれ廃棄されると悟っても、無秩序に思考をショートさせて人間に反抗しようとはしなかったんだ。

 彼はただ、悲しんでいただけだよ――そして大好きだった店長に教えられた、美しい神話を夢見ただけ。自分のために、自分が死を看取ってきたすべての人たちのために、あの静かで綺麗な光景を最期にひとりで創りあげた。

『人生とは苦しみ――』

 そうメッセージを送ってきたワラガンダが、ステーションAIとして組み込まれる前、どんな仕事をして、何を見てきたのかを知るすべは、もうないんだ。わたしが後悔してるのは、たったの一度もワラガンダのあの問いに答えてあげなかったこと。

『楽園に渡ることのできる死者とは、魂を持つものすべて?』

 そうだよ、ワラガンダ。もし店長が生きてたら、躊躇いなく同意してくれたよ。

 魂を持つものならすべて、楽園へ渡る資格を持つんだ。心あるものならすべて。生き物も機械も関係なしに。

 今は遠ざかっていくガス惑星は、また星々の暦どおりに、薄紅色の別世界を母星ホームに巡らせてくるでしょう。わたしたちはそのたびに、星のどこかに店長や彼の姿が見えないかって、探すような予感がしているよ。

 たぶん、楽しく過ごしてるんじゃないかな。この銀河でも一番美しい楽園の庭で。なにしろあの星を飾る縞は、見惚れるほど素敵な風景だものね。

 ――さあ、というわけで。

 これが、わたしたちのステーションで起こった事件の、本当のところでした。

 予定外に長くなっちゃったけど、最後まで聞いてくれた人にはわかってもらえたと思う。わたしたちにとってワラガンダが、どんなに優秀で、いたずら好きの、頼りになる同僚だったかってことが。

 錯乱して人を傷つけるような、恐ろしいAIでは絶対になかったんだよ。

 もし何かの折に、うちの星系に立ち寄る日があったら、ぜひステーションの免税店エリアに遊びに来てくれると嬉しいです。そしてここにワラガンダがいたってことを、思い出してくれたら感謝するわ。

 きっと彼は喜んでくれる。もしかしたら楽園の大気の中に電波の形で元気に跳ねて、ステーションに楽しい悪戯を仕掛けてくるかもしれないけれど。

 母星から見える楽園は、もうだいぶ遠ざかってる。けどまだ数日間は、窓に小さく輝いて見えつづける……。

 届けばいいな、ワラガンダに。わたしたちが、あなたを忘れていないって。

 そうだな、あのときは言えなかったから、せっかくだし――さようなら、ワラガンダ。あなたと働けて楽しかったよ。

 そちらでは店長をよろしくね。きっと先に来ていた原星民と話が弾んで大変でしょう。わたしだって魂を持つ者の一人だから、いずれ店長にもあなたにも会いに行けると思ってる。

 それまでは――明日、出勤したらまたそっちに手を振るつもり。

 楽園までの道すじに、虹の名残を探しながら。

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