ネメシス戦域の強襲巨兵

夜切怜

ネメシス星系

明日への扉

 自動車部品製造の工場で働いている青年、萬代屋もずやこう。二十二歳の社会人だ。

 勤務先の現場で警報が鳴り響いた。周囲に緊張が走る。

 何か事故か? 皆が緊急避難をしようとざわめいたそのとき――意識を失った。


 目を覚ますと、大きな広場に突っ立っていた。

 何が起きたかわからない。まわりには同じ工場の人間達で埋め尽くされていた。


 目の前には大きな飛行機がある。旅客機ではなく、軍用機のようだ。

 次々と人が乗り込んでいる。


「皆さん。早く乗り込んでください」 


 飛行機からアナウンスが流れる。


『五分しかこの場に滞在できません。助かりたいなら早く』


 状況が飲み込めない。


 周囲をよくみると、瓦礫の山だ。巨大な――人型のシルエット。残骸だろうか。


 杲は飛行機に乗るため、行列の最後尾に並んだ。


「すまねえな」


 突如、割りこまれた。

 相性のよくない、職場の先輩吉川だった。杲は趣味の関係上、会長やその孫と仲がよく、意味もなく妬まれていた。


 杲は無言だった。今更言い争っても、あとで何をされるかわからない。


 飛行機の側面の扉から大方の人間が乗り込んだ。

 行列でも最後のほうだ。扉付近に立っていた。中は満員電車のようだ。


『扉を閉めます。ご注意ください』

 

アナウンスが流れ、スライド式の扉が閉まるその瞬間――


 体に衝撃が走る。

 気が付いたら船外に放り出され、尻餅をつく。

 扉がゆっくり閉まっていくその瞬間覗かせた悪意――吉川が嗤っていた。突き飛ばされたことにようやく気付く。

 気にくわないとはいえ、そこまでするのか。愕然とした。


 飛行機が動きだす。巻き込まれないよう上体を低くして離れた。白い作業着と同じ色の帽子が吹き飛ばされる。


 飛行機のなかで絶叫したのは吉川だ。


「ああ! 萬代屋が外に! 止まれないのか?」

「なんだって!」

「窓をみろ。外にいる!」

「誰か! 止めてくれ! 萬代屋を助けないと!」


 吉川が白々しく叫び続ける。

 飛行機は無慈悲に飛び立った。


 瓦礫の街に呆然と佇む杲。

 辺りを見回すと次々に飛行機が飛び立っていく。

 ただそれを見上げていた。


 しばらくすると、落ち着きを取り戻す。

 状況がまったく見えないが、動かないといけない。

 遠くで人の集団が見えた。あの飛行機を怪しみ、乗らなかった人たちだろう。

 歩き出そうとしたその瞬間、歩みを止めた。


 大型の機械、見慣れない虫型の機械が見えた。カマキリのような輪郭だ。

 大型トレーラーよりさらに大きい。

 嫌な予感がした。

 人影は、その機械に助けを求めるべく、集団で歩いて行く。杲からさらに距離が離れていく。

 見慣れぬ機械の背面から、何かせり上がってくる。砲身だ。


 体を震わす轟音とともに、人の集団は血に染まり、シミとなった。


 恐怖で体が凍てつく。


 あんなにあっさり人が死ぬのか。


 このまま自分も死んでしまうのか。


 助けを呼ぼうにも、もう誰もいないことはわかっている。


 どうしようもないのだ。


『逃げて』


 どこからだろう。声が聞こえた。


『脚を動かす』


 そうだ。まだ死にたくない。

 離れなければ。

 

 逃げると決めたその脚は自然と動いた。


 声に押されるように反対側に走り出す。

 自分でも何がなんだか分からなかった。


 瓦礫に駆け込み、さらに走り出す。

 少しでも遠く―― あの殺人機械から遠くへ。


 そして目の前に信じられないものがいた。

 瓦礫からそっと顔をだしたそれは――


「猫?」


 杲がこの世界にきて初めて声を出した、第一声だった。

 猫はにゃあと鳴いて、彼の前に飛び出した。

 狐のような顔立ち。グレーの体毛――彼も知っている。ロシアンブルーだ。

 何故こんなところに? という疑問も浮かんだが、猫はついてこい、といっているように少し歩き出して後ろを振り返る。


 何もわからないまま、猫についていく。彼がついてくることを確認し、猫はスピードをあげる。

 瓦礫のなかにすっと入る。なんとか杲が入れるぐらいの隙間だ。恐る恐る中を覗いて入る。

 猫が消えた。


 と思ったら穴があるらしい。顔だけ出してまた消える。

 杲は穴の側までいく。階段があり、そこから先は下りの螺旋の通路になっていた。

 ただ、ここにいれば少なくともあの殺人機械は追ってこれないだろう。


 下っていく。複数の扉が並んでいる。猫は迷わず、まっすぐに歩いて行く。

 

 開いている扉が一つあり、猫はその中にいる。

 医務室だろうか。簡易ベッドがいくつか。棚には多くの瓶がある。ひどく乱雑な状態だ。

 

 猫は机の上に飛び乗り、瓶を一つぽんぽんと手で叩いていた。


「どうした?」


 杲は以前飼っていた猫を思い出す。餌だろうか?


「にゃうん」

 

 瓶の蓋をあけると、大量のカプセルが入っている。

 猫の前に広げてやる。


「にゃ」


 猫は鳴きながら、一粒だけ手でそっととりわけ、杲のほうへ押しやった。


 意味を考えると、一つしかない。


「俺に飲めってこと?」

「にゃあ!」


 ひときわ甲高く鳴いて、目を細める。


「飲むのはいいけど、水が欲しいな」


 猫をなでながら、カプセルを手に取り、思い切って飲んでみる。

 再び気を失った。


 ぺしぺしと頬を叩かれる。

 鼻を肉球で握りしめてくる。

 ようやく彼は目を覚ました。


「な、なんなんだ一体」

「おはよう」


 猫が喋った。中性的な声だ。


「私の言葉がわかるか?」

「な、なんで猫が!」


 ついに俺は気が狂ったのだろうか。さらに混乱した。


「落ち着きたまえ。君に飲ませた錠剤は、言語中枢に働きかけるナノマシンだ。翻訳機能の最適化のために気を失った」

「猫とも喋れるってこと?」

「私は猫じゃないが、説明には時間がかかる。最初から話してもいいが、この星系の共通言語は英語ベースだ。日本人は英語が苦手だろ?」


 にやりと笑った。


「この星系? もうワケわかんないな!」

「追々教えてやるとも。私のことは師匠とでも呼ぶといい。君の名前は?」

「俺はモズヤ・コウ。コウって呼んでくれ」

「ではコウ。お前に必要なことを教えよう」


 コウは猫に会釈する。師匠はニャアと一言鳴いた。


 師匠は食べ物、飲み物、トイレ、寝床の場所を教えてくれた。食べ物はレーション。一口食べたが甘いこんにゃくゼリーのような味だ。


「何から話そうか。君たちは21世紀存命中、爆弾を投下され死が確定する寸前、この未来の地に飛ばされた」

「爆弾? じゃあ俺たちは死んだことになっているのか。この世界はどこかなーって知りたいんだが。異世界?」

「異世界とはいえないな。先ほどもいったが、英語ベースの異世界などあるものか」

「なんで英語ベースなんだ」

「20世紀末からのインターネット普及により、英語が共通言語の役割を担った部分がある。その流れはいまだ続いているということさ」

「インターネット!」


 英語とインターネットの関わりなどしったことではないが、これが現状の突破口になるかもしれない。


「ここにもネットある? スマホは?」

「すぐに使えるものはないね。諦めたまえ」


 無慈悲に師匠がいった。すまし顔の猫にしかみえない。


「21世紀からどれぐらい未来なんだ?」

「数十万年から数百万年?」

「え?」

「数えても無駄なぐらいの年月は経っている。それも追々教えてよう。まずお前は生き残らねばならない。ざっと話すだけで数年かかりそうだ」

「それはそうだが…… 上にはあんな化け物がいるしな」

「ついてこい」


 師匠について歩き出す。


 いくつもの複雑な経路を歩き、大きな扉を開く。


「Junkyard、か。確かに英語だな。廃品置き場かなんかか?」

「君が生き残る鍵だとも」


 扉を開ける。


 そこは広大な空間だった。

 多くの機械が打ち捨てられている。

 その多くは――人型だった。


 初めて見る大型の人型機械。

 片隅には駐機体勢なのだろうか、片膝をついて手を地面につき、俯いた状態で座しているものもある。


 大きさは建物三階程度、8メートルもないだろう。胴体に対して腕や足は太い。細身といえる機体は少なかった。

 装甲車のような印象を受ける機体が多い。明らかに軍用と思われた。


 頭部のデザインは様々だ。日本のロボットアニメで見たことがあるような二つ目やゴーグル型のものから、人間で言う目がないもの、アンテナが異様に大きなもの。

 用途によって違うのだろう。共通しているのは当たり前だが鼻や口にあたる部位はない。


 ジャンクとはよくいったもので、半壊しているものが多いが、五体満足なものもちらほらと見受けられる。


 手足が欠けているものはそれぞれ一カ所に固められている。

 五体満足といってもいいか不明だが、手足頭まで完全なものは、駐機状態、もしくは乱雑に積み上げられている。


 駐機状態のものが、まだ使えるもの、ということなのだろう。


「これは?」


 師匠に尋ねた。

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