第31話



士道はこの遺跡を見て最初に抱いた違和感を基に、そのルートを想定する事が出来た。それは、今までの経験からゴールを知っているからこそ出来る芸当だ。

無論、実際に行けば想像との差異は出るが、それを適宜修正しながらゴールへの道をひた走る。

初めは地響きだけだった音は徐々に激しさを増している。

あちこちから聞こえてくる崩落の音色。その間隔は段々と狭くなり、そして大きくなる一方だ。死へのカウントダウンそのものの騒音は、すぐに光景となって表れる。



「フィオ、止まれ!」

「――っ!」



崩れ落ちてきた岩が地面へ当たった瞬間、散弾銃のようにバラバラになって飛んで来た。

それを近くの柱に身を隠して回避する。



「今だ!」

「分かってます!」



すぐに走り出す。



「跳べ!」

「はい!」



フィオの手を引きながら倒れた支柱の一つを飛び越えた。

絶え間なく降ってくる瓦礫を避ける。

床に空いた大穴を回り込んだ。



「シドー!」

「ああ!」



壁を登るためにフィオの踏み台になった。

目に見える危険を全力で回避しつつも、次の瞬間には天井ごと落下して潰されるかもしれない。

踏んだ床が抜け落ちるかも分からない。

いつそうなってもおかしくない、死と隣り合わせの状況だ。

いっそ生を諦め、足を止めてしまえれば楽になっただろう。

常に一瞬の判断を求められる環境の中、二人は生きるために全力を尽くす。



「どうよフィオ! これが遺跡探索の醍醐味だ! どんな世界的テーマパークも目じゃねえ最高のスリルが味わえるだろ!!」

「馬鹿だ馬鹿だ言ってきましたが訂正します! この超馬鹿スカポンタン!!」



崩壊していく騒音の中で士道が叫べば、負けじとフィオは怒鳴る。



「ここから帰ったらすぐに頭を切り開いて脳みそがあるか確認してあげます! どうせ空っぽでしょうけど、脳みその代わりにカエルでも入れておくので安心してください! きっと今のままよりもよっぽど人間らしい行動をとるでしょうね! そして最後には精神科病棟にぶち込んでやりますから覚えておいてください!!」



状況は控えめに言って最悪。

あらゆる場所に死が潜み、常に付け狙われているような環境の連続だ。

だと言うのにフィオはまるで、怒鳴って誤魔化さなければ笑いだしてしまいそうになるのを抑えているかのようですらあった。



「言っただろ! 男は馬鹿な生き物だってな!」

「これほどの馬鹿はシドーくらいなものです! 申請すれば、馬鹿のギネスに載る事間違いなしです!」



怒鳴っていながら怒ってはいない。それどころか心から楽しんでいるという事が伝わってくる。



「それに前から嘘つきだと思っていましたがやっぱりそうでしたね! 遺跡を大切にするんじゃなかったんですか!」

「大切にしてるさ! ただ、俺はまだ死ぬ気はないし、あんな奴の手に渡すくらいならこうした方がましだろ?」

「そこだけは同意しますが、士道が嘘つきだという事実は変わりません!」

「はっはっはっ!」

「笑ったって誤魔化されませんからね!」



とはいえ、さすがにこんな状況で喋っているせいか、フィオの息が上がり始めていた。



「ちょいと失礼」

「きゃっ!?」



一瞬だけ走る速さを緩めてフィオの体を片手で持ち上げ、肩に担ぐ。



「随分と可愛らしい声をあげるじゃねえの」

「……ふ、ふんっ! 私が足手まといなのは認めますが、荷物みたいに担ぐのはレディへの扱いがなってません! いつまで経っても、進歩がないですね」

「仕方ねえだろ! 両手が塞がるのは良くねえからな。それともなんだ? あの時みたいに、お姫様だっこにでも憧れてんのか?」

「ば、馬鹿ですか! いえ、馬鹿ですけど、もう少しまともな返しをしてください、このC級!」

「おい、さらりと格下げしてんじゃねえ! むしろ俺は規格外のS級だコラ!」

「規格外の馬鹿という意見には賛成ですとも、ええ本当に! このスペシャル馬鹿!」

「なんだよ、そのスペシャル馬鹿って! アホみたいに馬鹿なイメージじゃねえか。くそ、このじゃじゃ馬め! こんな時くらい大人しくしてろ!」

「こんな時に馬鹿を言いだしたのはシドーの方からです!」



騒音に負けない程騒ぎながら走り続ける。

フィオを担いだ今でも走るペースは一切落ちない。


――うえうえへ。


瓦礫に埋もれないために、出口を目指してひたすら裏道を突き進む。

階段を一段飛ばしで駆けあがり、再び大広間を走り抜ける。

建物の規模、柱の数やそれらの配置等から、完全に崩壊するまでのおおよその時間は算出してある。

入口から順に崩壊していく、容赦なく敵を殲滅するための設計だ。

だからこそ、別の脱出ルートが用意されていると確信出来た。

一見遠回りに見える、というより迷走すらしているかのようなルートで、しかし確かな出口へ向けて二人は走る。


だが――


チュンッ、という銃弾が傍を抜けてその先の壁に当たる音。



「待ちやがれ、この詐欺師が!」



見ればギュスタフと二人の部下が追ってきているのが目に見える。



「ああクソッ! こんな状況で他にやることねえのかアイツら! しつこい男は嫌われるってのによ!」



結果として、生き残る可能性があるのはこのルートだけだ。だが、少なくともギュスタフ本人は復讐心から追ってきているのが一目で分かる。



「確かに、詐欺師です」

「おい、なんでフィオまで納得してやがるんだ!」

「先程なんてさも偽物だと言わんばかりの態度でお宝をちょろまかしたじゃないですか。あの状況でそう言われてしまえば、私も含め、素人は皆騙されますよ」

「…………」



そして正論だった。

今もポケットには、ずっしりと数キロにも達する純金のお宝が入っている。どうやらフィオは、目ざとくも見逃さなかったようだ。

そんな時、再びの至近弾。

幾らプロとはいえ、この距離で走りながら当てられるはずもないが、それでも胆が冷える。



「あ、シドー、朗報です。一人減りました。あと二人です」

「何が起きた!」

「瓦礫が落ちてきてぺしゃんこです。あ、もう一人、床を踏みぬいて落ちたのであとギュスタフだけですね。距離のアドバンテージが生きました。あと少しの遅れでああなっていた可能性があると思うと、やっぱりこんな手段に出たシドーは頭がおかしいです」

「これしかなかったんだから仕方ねえだろ! それより、もう一つの朗報はまだか!」

「生憎とまだです。ギュスタフも同じようにならないかと神に祈ってはどうでしょうか?」

「却下! 都合良く祈るけど、俺は無神論者で現実主義者なんだ」

「同感ですね。アレは殺しても死にそうにない雰囲気です」



ちらりと振り返れば、鬼の形相で迫るギュスタフが見える。確かに武器一つない状況で、アレの相手はしたくない。



「ヤバいヤバいヤバい、なんかどんどん追いつかれてねえかアレ!」

「シドーが遅いからです。もっと速く走ってください!」

「こちとらお荷物抱えてる身なんでねえ!」

「誰が重いですか! レディへの気遣いを忘れるなと先程も言ったばかりでしょう!」

「それじゃ天使の羽のように軽い、なんてあからさまなお世辞言った方がいいのかよ!」

「知りません、自分で考えてください!」

「まったく、これだよ……」



なんて理不尽なんだろうか。

それも今に始まった事ではないが、それにしたってヒントなりアドバイスなりあるだろうに。



「シドー! 良いニュースと悪いニュース、両方ありますがどっちから聞きたいですか?」

「その言い回しってたいてい、良いニュースを聞いた事がないんだが!」

「でしたらひとまず良いニュースです。弾を使い切ったのか、銃をしまいました」

「おお、それは珍しく良いニュースだな!」



さっきから景気よくぶっ放すからそうなるんだ。背後から撃ち殺される心配がなくなっただけで、悪くはない。

敵なんていない遺跡探索という事で侮り、弾をそれほど持ってきていなかったのが原因だろう。

絶望的な状況から、多少なりとも生還する確率が上がったようだ。



「そして悪いニュースです! ギュスタフの走る速度が上がってます」

「……それは悪いニュースじゃねえ。超悪いニュースだ!」



思わずちらりと背後を振り返れば、もはや修羅のような形相で全力疾走するギュスタフの姿があった。



「部下を失ったのは残念だが、そんな事ぁどうでもいい! テメエは殺す! 苦しめてやるだけの時間がねえのは残念だが、テメエだけは殺す! そこのガキと一緒に殺して、宝を手に入れて、俺だけは生き残ってやる!!」

「随分と怒ってますね。シドーだけといいながら、なぜか私まで巻き込まれるなんて迷惑な話です」

「それを言うなら俺もだよ。完全に逆恨みじゃねえか。元々アイツが素直に取引に応じてくれるなら、俺もここまでやる事なかったんだぜ? アレほど自己中だと、逆に世の中楽しくなってきそうだな」



ギュスタフとの距離はあっという間に詰まってくる。



「ったく、しゃーねえなおい。フィオ、そろそろマズイ事になりそうだから一旦降ろすぞ! 俺はここで迎え撃つ! すぐに後を追うから、お前はこのまま先に行ってろ!」

「嫌です」

「…………は?」

「嫌と言いました。シドー一人じゃ心配ですから、私もついてあげます」

「馬鹿言うな! それが一番確実――」

「馬鹿を言っているのはシドーの方です!」



言い切るより先にフィオが口を開いた。



「この先、私一人で逃げた所で道が分かりません。それに、私には大したことが出来ないのかもしれませんが、それでも一人より二人の方が少しでも早く倒せます。ギュスタフの頭はシドーと良い勝負でしょうから、私という勝利の女神セコンドがいれば負けはありませんし」

「…………はあ」



まったく、どこの馬鹿の影響を受けたのか、思わず本物か確認したくなるほどにらしくない言い分だ。

自然と口元が笑みを作る。



「しゃーねえな。そんじゃ後ろでしっかり見とけ。すぐに終わらせてやるからよ!」

「タオルの準備はいりませんね?」

「もちろんだ!」



二人揃って、不敵に笑う。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る