第19話



「それで士道。これからどうするのかしら?」



思っていた宝とは違ったが、宝を手に入れ冒険は終わり。

宝は一つだけだが、誰もが羨むようなお宝はかなりの稼ぎになるだろう。

すぐに公表すれば相手もフィオを狙う事を諦め万事解決、という流れになる。……これで終わりならの話だが。

だからここで手に入れたお宝をクレアに渡す。



「『然るべき場所にて偽りの救世を謳う者の血を捧げよ。さすれば我ら魔女の叡智を授けん』か。やっぱり、キリスト教ってのはここじゃ随分と嫌われてたみたいだな」



そんな文句が、裏に彫られていなければの話だったが。

かつて、この村にいた誰もが故郷を追われ、命に危機に瀕した。

親類縁者を殺された者もいただろう。それを思えば、ある意味当然だったのかもしれないが。



その文に気を取られたせいで、出口が閉じていく事に気付くのが遅れたのは不覚だった。

それに、ベルガはこんなオカルトに頼る程に強く生を渇望しているのだ。

仮にこのお宝で本当に終わりだったとしても、素直に諦めて手を引くとは思えない。



「だが、然るべき場所ってのはどこにある? どこに行けばいいんだ……?」

「「…………」」



その言葉に、誰もが黙り込む。

まさか先程の棺に、という展開ではあるまい。

見た限りそのような細工はなかったし、そもそもブローチが保管されていた場所がそのまま然るべき場所なはずもないだろう。

だが、他に当てはない。

クルツバッハ伯爵家ゆかりの地でも片っ端から当たるしかないか? それとも魔女狩りが盛んに行われた地?

どれも候補が多すぎて絞り込めない。



「キリストが血を捧げる……? 最後の晩餐か? いや、血を流した……かつてキリストが殺された場所か! だとすればエルサレムにあるゴルゴタの丘、聖墳墓教会!」



……それも自分で言っておきながら、しかしどこかが引っ掛かる。



「…………ちがう、な」



当時のクルツバッハ伯爵はどうやってそこに隠した?

記録上、特別な繋がりがあったようにも見えない。

自分の領土内ならまだしも、他国の、それも当時既に宗教的に重要な意味を持っていた土地にどうやって、それほどの物を隠したのだ? 灯台下暗しにはなるが、発見されるリスクも大きい。

大切に保管し、誰にも見つからないようにしなければならない物をそんな場所に隠したりするのか……。



違う。

何かが違う。

何か大きな思い違いをしている。

これではないのだ。

他に何も思いつかなければ実際に行ってみるという選択肢はあるが、それよりも前にこの引っかかりを解決するべきだ。



明らかに流れが不自然だ。だからこそ、違うのだと確信出来る。

どこかでヒントを見落としたのか? それとも言葉の解釈を間違っている? ……どれもありそうで、分からない。知識が足りていない事をひしひしと感じる。



「……シドー」



そんな時だった。



「私は他に伝承の類や周辺の建築物を知りませんが、この村では年に一度、お祭りがあります」



フィオが、やや躊躇いがちに喋ったのは。



「正しいのかどうか、正直良く分かりません。ただ、私の家に代々伝わり、祭りの時以外は大切に保管されている杯を持ち出します。その杯に、この地方で生産されている赤ワイン一本分を注いでいました」



半信半疑で、だけどもしかしたらとフィオは喋る。



「その祭囃子の一節に『黄昏時、大いなる陽に抱かれて魔女は眠る』とあります。お父さんが軽々しく他人に教えてはいけない。そして代々語り継がなくてはいけないと、そう言っていた歌です。初めは私達の村の事かと思っていました。けど……」

「……いいのか?」



今までこの件について無知を通していたフィオだ。

実際、このヒントだってこんな状況だからヒントと気づけただけで、今までは単なる村の習慣でしかなかった。

知らないフリを続けても露見することはない。

石碑の一件だけならまだしも、先程の言葉は宝の場所を示す決定的な一言だ。

この村から陽の沈む方向へ向けて行けばお宝があると、そう言っているのだから。



「シ、シドーがあまりにも情けないから、つい言ってしまいました。大人なのですから、もう少し頼れる所を見せてください」

「…………ははっ、そうだな、任せろよ。ちゃんと頼りになる男ってのを証明してやるからよ!」



あの頑なだった少女の口から今後も頼ると言われれば、そしてフィオらしい迂遠な言い方がおかしくて、思わず笑みが零れる。



「…………それに、これはお礼です」



最後に消えそうなほど小さな声で何か呟いたが、何と言ったのかは聞き取れなかった。

ただ、それでも聞き取れたらしいクレアは優しい笑みを浮かべたので、決して悪い事ではなかったのだろう。

移動しようとした時だった。

木々の合間に、武装した男達の影を見掛けたのは。



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