第15話 浩介
「何をそんなに慌ててる? 誰もお前を襲ったりしない。そんなのは外のやつらだけだ」
「ちがう! 目の前の! そこの二人!!」
少年の顔は引き攣り、声は上ずり、怯えた目が交互に俺と彩香を行き来している。
疑われているのか? いったいどこで間違った? ゾンビらしい行動はしていないはずなのだが。
「妹ちゃんは確かにゾンビですけどほら、安全……」
「うー!」
「ああ、これは興奮してますね。騒ぐとほら余計に……」
「やっつけてよ! お爺ちゃん! やっつけて!!」
孫の慌てっぷりに爺さんも驚いているようだ。
少なくとも爺さんは俺を疑ってはいないようだ……そもそもゾンビが何か、っていう認識がまず怪しい様子だったが。
「どうもすみません、孫はその……、外で怖い目に遭ったらしくてどうもそれで。……この通りでして」
「お姉さんも離れて! 分からないの!? ゾンビなんだよ!!」
おお……俺に向けられる少年の目線は恐怖で一杯だ。小野川の表情は困惑でいっぱいだ。『これ何? どうしたらいいの?』って。分かるぞ、俺も困惑している。だが先ずやることは一つだ。落ち着こう! な! ああクソ、ペンがどっかに! ペンだ! ペンを貸してくれ!
「わあ! 近づくな! あっちへ行け!」
「どうぞ加藤さん。落ち着いて。えっと……浩介くんって言ったよね。見て、ほら。ホワイトボードで文字を書いてるよね? ゾンビはそんなことしないよね? だから落ち着つこ。ね?」
良いぞ! ナイスアシストだ! これで俺が書いて見せれば完璧だ。
『俺はゾンビじゃない。人間だ』
「ほら! 見てこれ! 加藤さんはちゃんとした人間です。ちょっと字は汚いけど……ううん、すんごく汚いけど。ゾンビは書くことすらできないのに凄いでしょ!」
言い直してまでいう事ないだろう! フォローなのわかるけど俺の心はちょっとだけ傷ついたぞ。急いで書いたんだから仕方ないだろ。
「ゾンビは文字を書けますか? いいえ、書けません。ゾンビはアホでバカなので! でもほら、加藤さんには知能を感じるでしょ? ちょっと事情があって言葉は話せないけどアホっぽくないでしょ? なんかこう……知能的な? 頭使ってる的な? えっと……IQ的なものを感じるでしょ? 確かに加藤さんはちょっと血色悪くてアル中っぽい感じだし、目を離すとすぐ猫背になってるけどちゃんとした人間!」
好き勝手言いやがって。今は多少目を瞑ってやるが後で覚えとけよ。
ここのところ自分がゾンビだなんてのが自分でも疑わしいくらいだが。ゾンビとバレたら大変なことになるのは間違いない。この場でバレたら爺さんに合気道で投げ飛ばされるどころでは済まない。きっと道場の木人に張り付けられてサンドバックにされちまう。俺の心は菩薩! ニッコリ笑顔で! ほら怖くない!
「笑顔がちょっと、ううん。だいぶぎこちないけど。ゾンビは笑わないでしょ? ね!」
ね! じゃねぇ、やかましいわ!
説得の効果はあったようだ。爺さんの影に隠れているが落ち着てきた様子だ。
『小野川、妹を何処か別の部屋に』
俺の意図を察したのか小野川は小さく頷くと、爺さんに空いている部屋を聞き出し、噛まれないようにゾンビの真似をしながら簀巻き彩香を引きずって行った。
「ゾンビ……三人?」
だよな、そうなるよな。
『違う違う、ゾンビの真似が得意なだけ! だから大丈夫だ』
「それならいいんだけど……イタ!」
「この! バカ垂れ!! 謝りなさい! 申し訳ありません。うちの孫が……」
「だってゾンビが家にいたらビックリしても、痛っ!」
『謝らないでください、脅かすしてしまったのは事実ですから』
「どうして加藤さんをゾンビだと? 言ってみなさい」
さっきと比べれば落ち着て来てはいるが、俺を見る目にはまだ警戒がこもっている。睨むとまではいかないが、不安と緊張を面と向かって表されるのは、あまりいい気持では無い。
「見たことが、あるから……」
少年はゆっくりと話しだした。
「一度、都心の方に行ったんだ、一人で。どうしても欲しい物があって」
「欲しい物? 一人で行ったのか?」
「もうしないよ! だから話を聞いてよ。とにかく遠出したんだけど。本屋に行ったときに見たんだ。その……帰り道で、あなたを」
本屋か。どこかで読書あさりでもしていたときだろうか。
「ぼく、昔から隠れるのが得意なんだ。かくれんぼはいつも最後まで残っていたし。見つかっても合気道があるから大丈夫だって思ってたんだ。でも探し物は見つからなくて。仕方ないから帰ろうとしたんだけど喉が渇いて、それでコンビニに入ったんだ。でもそこでも好きな飲み物が見つからなくて、だから冷蔵庫の方に行ったらあるかもって覗いてみたんだ。そしたらそこに、あの、あなたがいたんです。今とは全然違くて……。僕には気づいてないようで、夢中で床に散らばるペットボトルを開けては飲んでを繰り返していて。都心の方がゾンビはいっぱいいるけども鈍間だし、隠れてこれたから大丈夫だと思ってたけど、油断しちゃってて、それにそこは隠れる場所がなくて、いきなりいたから焦って落ちてた缶を蹴っちゃったんだ。そしたら手に持ったボトルをまるで興味なかったみたいに、手から力が抜けたみたいに落として、ゆっくりこっちに顔向けて、血の気の無い白い顔に白い濁った眼で僕を見たんだ。じっと。そしたらこんどはゆっくり立ち上がって僕に向かって呻きながら近づいてきたんだ。それまでゾンビなんか怖くなかったのに、あんな目で見つめられてたら……。それから夢中で逃げて。だから覚えてる。今も。見間違いなんかじゃない。あそこにいたとゾンビだった!」
そんな記憶は無いし、そんな出会いなら覚えている筈だ。忘れるわけがない。それに目だって濁ってなんか……。
「ところで浩介の言うゾンビってなんじゃ?」
え、今? このタイミングで?
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