閑話 正義の在り方

「君達は自分達の正義の在り方に疑問を持った事はないのか。」


大勢の兵に背を向けている男の言葉だ。

その手に抱いていた女性を地面に降ろしつつ話している。

足元には若い女性が二名並んで横たわっていた。

両名とも生きている気配がない。


「この子達はな、再来週にお互いをパートナー申請をする予定だったんだよ。

異性愛主義の古い家柄でな。中々お互いの家が認めてくれなかったんだ。

俺は家の意見なんて気にするなって言ったんだが…」


「お話の最中に申し訳ありません。

申し開きがあれば審判の間で審議官にお伝え下さい。

まずは御同行願えますか。」

男の話を遮り、兵士の一人が一歩前に進み男に話しかけた。

男は兵士の方を振り向いて苦笑いを浮かべる。


「すまないね。けど申し開きとかじゃないんだよ。

審議官に言っても仕方のない話をしているんだ。

いや、これは本心からAIを差別する発言ではないんだ。

単純に君達に聴いて欲しい事なんだよ。もう少しだけ頼む。」

「しかし…。」

制そうとした兵士を無視して男は続ける。


「それでな。彼女達はどうしても認めて貰いたいって言うんだよ。

自分達を育ててくれた家族に祝福されたいって。

二人とも粘り強く双方の親を説得してなぁ。とうとう両家が折れたんだよ。

その努力の成果が再来週だよ、再来週。

待望のパートナー契約だったんだ。俺も嬉しくてなぁ…。

この子達には幸せになって欲しかった。」

男はうなだれる。


なんとも言えない空気が流れ始めたのを振り切って先程の兵士は声をかける。

「では御同行…」

「だから俺がこのまま終わる事は許されない。」

男は突然言い放って身構えた。


「抵抗されるおつもりでしょうか。」

兵士もその言葉に応じて周囲に合図を送り臨戦態勢を整える。

「我々はあなたを殺すために来たわけではありません。

審議の場にお連れするだけです。ご理解頂けないでしょうか。」


先程から話している兵士が男に対して最後の説得を試みる。

その兵士に対し、男は薄く笑って応答する。

「話し合いの場ではないだろうあれは。目を覚ましてくれ。

どこの司法が政府の意にそぐわない人間を全て処刑するんだ。

これまでのどの悪政よりも性質が悪いだろう。

言い分を聞いて助かったものを君は見たことがあるのか。」


男の問いに対し、兵士は何も答えない。

「俺は君達も含めてみんなを救いたいと考えているんだ。

この二人だってそうだった。全ての人間を救いたいと願っていたよ。」

男はそう続け、哀しそうな目で横たわる二人に視線を送る。


「二人を丁重に扱ってくれよな。俺は逃げる。」

男はそう言いながら勢いよく天井に向けて跳んだ。

彼を気絶させるべく放たれた電気錠が全て逸れる。


しかしその直後、天井から落ちてきた網が絡まり電流が流れた。

男は為す術なく落下する。

兵士達が下で受け止めてそのまま捕縛し始めた


「ダメだったか。高かったのにあの靴。やるね。」

身動きの取れない状態にされた男は、

弱々しく笑みを浮かべながら先程の兵士に話しかける。

兵士はその顔をじっと眺めた後に目を逸らした。


「あなたはなんでこのような戦いを挑んだのですか。

この結末はきっと予測出来ていたはずです。」

護送される直前の男に先程の兵士が話しかける。

「戦っていたわけではないよ。それは凄く語弊がある。

俺は誰とも戦おうとなんて思っていない。

ただ救いたかった。それだけだ。

誰も憎んでいない。いつか君達にもわかる時が必ず来る。」


男は兵士の目を真っ直ぐ見てそう言い、

護送兵と共に転送ドアの向こうへと消えていった。

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