最後の晩餐

 大広間の中央には巨大な長テーブルがあり、その最奥に座っている者が魔王なのだろう。周りのテーブルには身なりは整っているけど、あか抜けない者達がいる。農村で育ったような感じか。

 扉を閉じて疲労困憊の3人に確保を頼むとカザルハイト、エレルディア、デーリエッラ、アルガルドが魔王と対峙する。

 魔王は直ぐに立ち上がると飛び上がり、空を蹴って凄まじい速さで近付き、僕らの目の前に立つ。いつの間にかそれぞれの手に魔術の宝物庫から取り出したであろう宝剣が握られていた。

 宝物庫からの展開速度は速く鞘から剣を抜くよりも早く、抜身の剣をいつの間にか握っていた。収納魔法を戦闘中に生かせる者には2種類いる。一つは品数と容量を絞り、戦闘中の使用に特化した者。もう一つが圧倒的な技量で諸問題を解決できる者。後者は伝説の類で魔王は伝説だったわけだ。

「近衛、我が同胞を守れ。私が相手をする。」

 予想だにしない高潔さのある人物なことにショックを受ける。そして、異様な強さを感じる。転生貴族など優に上回るという力の片鱗を垣間見る。


 カザルハイトはこの場にそぐわない、妙に優しい声で魔王へ話しかける。

「貴方は自分を産み落としてくれた同胞を最初の一週間もてなしたと言っていた。その後、多少傲慢になる者もいたが、貧しい農村出身者の我儘など子供のようで可愛いものだったとも。」

 流石に魔王もカザルハイトの言葉に怪訝な顔をする。

「まるで知っているようなことを言う。」

「知っている。貴方から聞いた。しかし、これを何度繰り返したかも分からないのでしょう。」

「何度?500年かそこらであろう。」

 魔王は常に最初の転生だと考えている。何度も世界を滅ぼしたことなど知らない。カザルハイトは怒るというより、悲しさを感じているのだろう。

「いや、少なくとも10度以上、5000年以上経っているのですよ。その度にこの車輪は空回りして現世の人間をひき潰す。」

「それが真実だとしても全ては帝国のため、致し方あるまい。責任を放り出すことはできぬ。」

「いいえ、今は分からぬかもしれませんが、帝国の中で貴方だけは先を考えられるのですよ。そして、貴方は帝国を終わらせるよう命じました、父上。」

 そう、カザルハイトは知っていた。魔王ヴァルナガヌァディアンの高潔さも帝国の素晴らしさも。知らぬはずがなかった。だが悲しいかな、終わらせねばならぬことを誰よりも熟知していた。

「1度は死を看取り、2度の父殺し。これで4度目ですが、最後にしとう御座います。」

 魔王はカザルハイトの言葉に驚愕しながらも実感は持てない。

「変えられぬな。帝国の復興を止めることはできぬ。」

「知りぬいています。貴方には最早時代を超えて後悔することすら赦されていない。既に過去を持つことのない亡霊なのですから。」

 カザルハイトの瞳は悲しみと決意にあふれていた。

「貴公の言うことが事実なら余は敗北するやもしれぬが、彼らは逃がしてくれ。同意するなら兵は使わずに戦う。」

 取引でもあるのだろうが、実際のところ魔王に兵は必要なかった。魔王は他を圧倒しているのだから。

「分かった、ここに残る者だけが戦うことにする。構わぬか。」

 カザルハイトはようやく僕らを振り向く。聞いていなかったことも多かったが、この取引を持ちかけられたら応じる予定だった。

「同意しない理由はない。僕らも疲弊した仲間を外しましょう。」


 残るは魔王ヴァルナガヌァディアンとカザルハイト、僕ら三つ子のみ。近衛に率いられて、村人たちは部屋から出ていった。満身創痍の仲間2人も出てもらうことにした。

「我が名はヴァルナガヌァディアン。全ての地平を統べる皇帝。全ての帝国臣民の祈りを受ける者。唯一に至高なる者だ。挑む者達の名を聞こうか。」

「魔王ヴァルナガヌァディアンの子、失われた七つの王国の大公、煉獄の生還者、悲運の運び手、カザルハイト・タラス・ツェラナレガーダ」

「ツァーリンクの夫、ヤーンバインの夫、氷竜を討ち取りし者、スカラグリムの海賊団を退けた者、ブランダール伯の長男にしてブランダール子爵、癒し手にしてティエイラの守護者アルガルド・ブランダールだ。」

「アルダの再来、アルガルドを導きし者、マルデインの公爵にしてギーベンスの公爵並びにティエイラの公爵、ツァーリンク公爵、エレルディア・アルダ・ツァーリンク」

「エレナの再来、アルガルドと共に歩む者、マルデインの公爵にしてティエイラの公爵、ヤーンバイン公爵、デーリエッラ・エレナ・ヤーンバイン」

「カザルハイト、一つ知りたいことがある。お前の母は何者であった。」

「母上は2000年前に貴方を生んだ父母の娘、貴方の年下の姉でした。美しいというほどではないが、心根の純朴さを貴方は愛した。その愛も失われると知った時に貴方は決意した。」

「そうか。ならばせめて2000年前の余と妻に杯を捧げよう。」

 魔王はテーブルにあるグラスのワインを掲げてから飲み干す。悲しい宴もこれで最後にしよう。



 白く柔らかいフカフカのパンと一点一点丁寧に仕込んだ様々なジャムを並べている。ベリー、カラント、ママレード、アプリコット、桃、林檎、檸檬など様々なジャムをお好みで楽しむ。紅茶は上質ではあるが色も味も中庸なものを選んで、どれにでも合わせやすくしている。

 最初は優しい味の林檎から

「それでさ、カザルハイトの目的であるところの魔王の完全放逐ってできると思う?」

 好きなもの優先でベリーから

「魔王は帝国臣民1000万人以上の祈りを集めて、閉じた輪廻転生を繰り返す存在なわけよね。」

 ママレードまでの組み立てを考えて桃から

「カザルハイトはその閉じた輪廻に介入する方法を持っていると言っていましたけど完全でしょうか。」

 デリラのを見て美味しそうに思ったので桃を

「僕はカザルハイトの奥の手が確実とは言い切れないと考えているんだよね。」

 やっぱり好きなベリーをもう一度

「まあ、そうよね。カザルハイトが輪廻に介入した後のことをこっちも用意しないと不味いわよね。」

 予定通り次はアプリコットへ

「特性が似ているので契約の指輪の技術が応用可能かもしれません。」

 檸檬はレモンカードにしてたっけ

「確かに魂の絆だから似ている。でも契約の指輪の制御って難しいよね。」

 あらあらカラントも美味しそうじゃない

「実際難しいわよ。アレンの場合は生まれる前から調整してたから。」

 本命のママレードに行きましょう

「私の方が先ですけど、同じですね。でも、介入できる突破口があれば強引に行使できるかもしれません。」

 ベリーも美味しそうだよね。

「そこは彼に期待するしかないね。じゃあ、制御は僕が担当するし訓練しておくよ。」

 アレンの食べてたレモンカードも良いわね

「指輪はアレンのためにしか用意しないから、端末は別のにするわよ。」

 先を越されてしまいましたが、私もレモンカードを

「不確定要素が多いので、慎重に進めましょう。」

 こういうのも良いね、また一緒にね。

「大丈夫、絆の強さは僕らの方が上だから。」

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