究極の姉と至高の妹

「私のアレンを誑かすなんて、万死に値する。」


 朝起きてアレンの気配がないことに凄く焦りを覚えた。部屋に入って着替えた形跡があって、デリラも居ないことが分かって探し回ると馬で出て行ったことが分かった。

 アレンの気配を追って必死に走り回って追っていく。幸い馬の跡はハッキリと分かる程度に残っていたので、追いかけること自体は難しくなかった。ただ、胸騒ぎがしてアレンの無事を確かめないといけないと思って走り続けた。

 こんな時に転生貴族で本当に良かったと思う。

 待っててアレン、そしてあなたの笑顔で私を安心させて。


 休みなく歩いてようやくたどり着いた時まで、どれだけ時間を長く感じただろう。気配を感じて見ると妹のデリラに似た女が卑劣にも魅了の魔術で誘惑して呪物の指輪をアレンに着けようとしていた。

 

 許せない。妹の姿をしていることもアレンを誑かしていることも何もかもが、私を憤怒へと駆り立てる。一瞬にして感情が沸騰して反射的に魔術を編む。

 制御が容易で発動が早く目標だけを仕留める光の槍が手の中に生まれ、即座にあの女めがけて投擲する。最大速度で放たれた槍は過たずあの女へと到達する。

 殺すつもりはないがだいぶと痛い目にあって、身動きが取れなくなるだろう。何日か動けなくなることくらいは覚悟してもらうつもりだった。

 そのつもりで放った光の槍は魔術障壁に遮られ、魔術に絡めとられて消散させられてしまった。障壁の構成と精度はかなりのレベルであり、魔術を絡めとった蔦には見覚えがある気がする。

 まだ、覚醒したてで馴染み切っていないからハッキリと判断することはできないが、油断していい相手ではない。危険な相手だ。


「あらあら、なんて無粋なのかしら。とても私のお姉様だった方とは思えませんわ。」


 限りなく妹のデリラに似せた姿。そして姿だけでなく気配もかなり似せたつもりだろうが、月の裏側の様に隠した残りの反面が全く別の気配を滲ませている。

 アレンだけでなく私の妹まで侮辱されているようで我慢ならない。


「妹のように振舞のをやめなさい。そして黙りなさい。」


 冷たい氷でできた鏡にデリラを映したなら、こんな分身を作れるのだろうか。私に妨害されて怒りを感じていることは分かる。 


「言いたいことがあるのが、ご自分だけだとでも思っていらっしゃるのですか。ねぇお姉様。」


「私をお姉様などと呼ぶな。」


「いいところを邪魔しないでいただけませんか。お姉様。もう少しでアレンお兄様に受け取っていただけたのに。」


 目的は良く分かったわ。絶対に阻止しなければならない。あの指輪をアレンに近付けてはならない。


「デリラは、お兄様なんて呼ばない。」 


 この女というよりも、むしろアレンに向けて声を掛ける。

 同時に魅了の効果を無効化する魔術をアレンに向けて発動すると効果は覿面ですぐさまアレンは正気に返る。

 普段なら明らかにおかしいと思うはずが、さっきまで違和感を覚えないように誘導されていたのだろう。

 アレンがデリラに向けて疑いの眼で見つめる。


「やめて、兄さん。私をそんな目で見ないで。」


 悲鳴を上げるように叫んだ女が酷く悲しげな表情に顔を歪める。それをみてアレンが反射的に近づこうとするのを阻止するために襟まわりを掴むと。


「デリラ、ごめっ、んウッ!!!」


 図らずしもアレンの首を思いっきり絞めてしまった。女から目を離せないから表情変えていないけど、本当は悪いと思っているのよ。


「酷いわ。お兄様が苦しんでる。」


 這いつくばって、ゲホゲホと咳き込むアレンを尻目に。

 どの口がいうかと悪態を吐きそうになる。

 ごめんね、アレン。心の中ではちゃんと謝っているから。今はそれどころじゃないからね、ね、ね。


「ええい、忌々しい。デリラのふりをするな。何者だ。」


 デリラの顔をした女はキリリとした顔つきになり、立ち上がって華麗に一礼する。私には及ばないが中々洗練された動作をしてくれる。


「そうですわね。正式に名乗らせていただくのは初めてでした。デーリエッラ・ヤーンバイン、ご存知のように転生貴族に御座います。」


 挨拶も早々にアレンに向き直ると優しい表情をする。


「アレンお兄様。デリラは貴方様の妹のままでございます。私は変わらぬ。いえ、今まで以上の愛を捧げます。どうか信じてください。」


 ぬっデリラが転生貴族?ヤーンバインは介添えの派閥だったかしら?


 デリラ(仮)の両手から暖かい心が具現化したような緑色の光が放たれ、アレンを包、もうとしたのでその前に消してあげた。


「無視して、好き勝手して。」


「お言葉を返すようですが、ツァーリンク公。二日前から好き勝手されていたのはそちらで御座います。私は遅れを取り戻すべく必死だったのです。それがアレンお兄様のご負担となってしまうのは苦渋の決断でありました。」


 私に次いでデリラ(仮)まで転生貴族と言うとは、アレンはもとより私にとっても想定を超える事態が発生しているようだ。デリラ(仮)は私をツァーリンク公として認識しているとは全く油断ならない相手のようね。


「ヤーンバイン。貴方は即座にアレンから手を引きなさい。そうすればこれ以上の追及はしないであげる。」


 当然、私は全く譲る気はない。というか、アレンのために転生した私が引く分けがない。


「いいえ、それは承服できません。何故ならアレンお兄様は私が前世から転生ボーナスを割り振り、同時にこの世に生を受け。言わば結ばれるべくして結ばれるお方。私たちは完璧な二人なのです。それを引き裂くなど何人にも許されないこと。」


 恍惚とした表情がデリラ(仮)に浮かぶ。緑色のオーラがデリラから溢れ出し、アレンを包もうとする。


「なんということ。あなたも転生ボーナスをアレンに割り振っていたなんて、そんな誤算がありうるだなんて。アレンは私が導くべく完璧な伴侶として生を受けたのよ。あなたには渡さない。」


 対抗して紫色のオーラが溢れ出し、デリラ(仮)のオーラがアレンを包むのを阻む。

 交渉の余地もなく明らかに決裂している。


「転生ボーナスってなに。」


 アレンの声が聞こえる。安心なさい、可愛い迷子ちゃんは私が導いてあげるわ。


「ふふふふっ。あえて言わせていただくならツァーリンク公、貴方は迂闊でしたね。しかし、同時にこうも言わせていただきましょう。アレンお兄様に目を掛けるとは良い目をしていらしたと。中々のご慧眼をお持ちで。」


 私とこいつは互いの言葉に答えるかのように不敵に笑う。腹立たしいことに憎らしいことに忌々しいことに良く分かっているようだ。ある意味で相互理解は完璧なのだということを感じてしまう。


「最後の内容に関しては私も貴方に同じことを言っても良くってよ。」


「アレンお兄様は私にとって至高のお方。共に歩んでいくのは私でなければなりません。」


「アレンは私にとって究極の存在、導いていくのは私以外はあり得ないのが道理なのよ。」


 堪え切れないとばかりにデーリエッラの口元から笑い声が零れ、やがてエレルディアも同じように笑いだし、二つの笑い声が混じり合う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る