僕の誕生日:カウントダウン

 昼食はみんな揃って三つ子で食べた。和やかな時間が過ごせたと思うのだけど、エルダ姉さんの変化をデリラが気付かないか、どうしても気になってしまう。

 食事の最後に姉さんが意味深に耳打ちをしてきた。


「プレゼント楽しみにしてて。」


 えっなに、何をしたの?どういうことだよ、ヒントだけでも。



 午前とのギャップが大きく午後からはほぼ自習モードで過ごしているけど思考が迷走している。そんな中、父上が僕を呼びつける。

 召使に案内された場所は、いつも武術の訓練をしている中庭。姉さんが布に包まれたものを抱えていた。近くには父上がいて、少し離れて母上とデリラが並んでいた。目配せで近付くように合図を送って、僕が歩みだすと少し頷いてくれた。

 僕は恭しく父上の前に立ち止まる。


「アルガルド、お前を一人の男として認める。これを受け取れ。」


 姉さんが持っていたものから布を取り払うと表れたのは鞘に納まった剣だった。父上は鞘ごと握りしめ僕に差し出す。華美ではないが手の込んだつくりなのが分かる。鞘に入ったままでも手に馴染む様に丁寧に仕上げられた柄と実用と装飾のバランスが取れた鍔が見事な剣を想像させる。

 ゆっくりと両手で捧げ持つように受け取る。


「父上、喜んで受け取ります。一族の名誉と栄誉のため尽力いたします。」


 しっかりと握り、父上と目を合わせる。一拍おいて父上の手は離れ、剣の重みの全てが僕に任される。


「気になるだろう。抜いて構わんぞ。」


 受け取った瞬間から心が吸い込まれていた。

 早速、数歩下がって体の向きを変えそろりそろりと抜き放つ。今の僕には少し長いがギリギリ扱える長さ、馬上でも活躍できるよう考えられているのだろうか。握りは両手でも使えるように長めに作られている。幾分か反りが入り、絶妙な曲線の美しさを感じる。

 目の高さに刃筋を見渡す様に前に構えて片目で刀身を見つめる。歪みもなく、研ぎや仕上げの見事さが視覚的にも良く分かる。若干持ち替えて幾通りかの構えを試す。片手でも両手でも良いバランスを持っている。型による演武を試す。まだ馴染んではいないが、作りの良さと相性の良さを予感させる。


「素晴らしい剣ですね。」


 父上に莞爾と笑いかけて礼を言うと。満足げな様子が伝わってくる。


「銘は言わぬが、名のある匠の作だ。お前を助けてくれるだろう。」


 最後に剣を鞘に納めて父上に正対して、捧げ持ち一礼する。デリラが僕に近付き、剣を佩く為の装具を僕に付けてくれる。本来なら妹がやることではないのだが、買って出たのだろう。鞘の金具に吊るされて剣を佩くことができ、納まり様を確かめて満足した。

 館へと戻る道すがら重みを確かめるように歩いているとエルダ姉さんが近付いてくる。


「どう、気に入ってくれた。」


 はひぇっ?これって、父上のプレゼントだよね。なんで姉さん得意げなの。教えて、何したの。

 部屋に帰ってからしばらく、落ち着かない気持ちで剣を眺めることになった。



 晩餐までに精神的コンディションを戻した僕は若干挑む気持ちで宴の席へと向かう。

 扉の前には従者が二名ついて、僕の入場を待ち構えている。執事が何時でも大丈夫だと目配せをして、従者へ入場の合図を送る。従者が扉を開け放ち、扉の入口へと入って両側に構えたまま敬礼をして、まるで備え付けの彫像の様に入口と一体化する。僕は略式の礼服に身を包み、主賓席へと歩んでいく。


「父上、母上。本日、アルガルドは12歳を迎えました。今まで慈悲と愛、矜持と誉のもとに育てていただきありがとうございます。」


 父上は満足げな笑みを浮かべ、母上は涙を滲ませていた。

 ちなみに母上は三つ子を産んだせいか、産後の肥立ちが悪かったのに加えて、かなりの実家が子育てを乳母に任せる家だったらしく僕たちとの接点は五六歳の大きさになるまで少なかった。

 なので、未だにどうにも距離感が上手く取れない間柄になっている。大きくなるにつれて談話する機会も増えたのだけれど、もう少し踏み込みたい雰囲気を感じながら、妙な寸止め状態で遠慮が抜けないのが悩みだ。

 その点、デリラは母上と親密な関係を作れているし、エルダ姉さんは割り切りが速いので案外良い関係を作っているみたいだ。僕も何とかしないといけないとは思っているのだが。


「アルガルド。父はお前が立派に育ち嬉しく思うぞ。」


 どうもうちの家系は幼少期に親密な関係性を構築しないらしく、父上を尊敬しているのだがやはり距離を感じる。

 多分その反動だろう。僕たち三つ子の仲が特別良いのは。

 こうして僕の12歳の宴が始まった。

 例年は三人一緒に宴をするのに今年だけは三日間連続なので、料理のラインナップは非常に大変だろう。関係者は三つ子の嗜好を調べ上げ、食材を調達して来たるべき日に備えていたというわけだ。下手な規模の宴などより手間暇かかっていると思う。

 長男であるのもあって、一族や縁者からのメッセージの多さは今日が一番らしい。執事が次々に読み上げるが、ほとんど背景で流れる音楽のようだ。聞いていないこともないけど、流して聞いててあまりたいした内容はなかった。あとでまとめてリストが出てきて、それぞれ返事をしないといけないのでゾッとする。

 料理に舌鼓を打ちながら待っているとお待ちかねのプレゼントタイムになった。両親からは先程もらった剣に加えて、姉さんと同じようにワインを貰ったのだけど種類は違うらしい。今度、交換するのもいいかもしれない。

 エルダ姉さんは自分の瞳と同じ紫色の宝石の指輪だけど、どう考えても普通の指輪の気がしない。身に着けるのは後回しにしておこう。


「守りの加護が込められているわ。できるだけ身に着けて離さないで。」


 デリラがくれたのはペンだった。インクを入れると長く書ける金属製のペン先でグリップ全体が孔雀石のような濃淡のある緑の縞模様をしている。


「アレン兄さんはこれから文書に携わることが多いと思いましたので、少しでも快適に作業ができればと思いました。」


 一つ一つを受け取りながら礼を言う。みんな、形は違うけど思いを込めたものをプレゼントしてくれたことが嬉しい。



「今日はいい日だったな。明日はいよいよデリラの誕生日だ。」

 ベッド脇のナイトデーブルに置いた誕生日のプレゼントを入れた箱に目をやる。

 今日は姉さんが大人しくしてくれているので安眠できそうだ。


 


 陽光が目に入って眩しさに目が覚める。


「アレンお兄様、起きてください。今日は私と遠乗りをする約束ですよ。」


 朝起きるとデリラが隣にいた。隣、えっ、となりに何で、だってベッドの布団の中じゃないか。いるはずの無い妹がいることで混乱している。

 すぐ目の前にデリラの可愛い顔が透明感のある瞳で僕を見つめている。ドキドキしているのは寝起きに驚いたからに違いない。

 昨日はお休みって言ったはずさ、分かれたはずだ。驚きで一気に目が覚めて勢い良く体を起こす。

 勢いよく布団を翻したのに巻き込まれたデリラが、隣からキャッと楽しそうな小さな悲鳴が上げる。


「えっデリラ、どういうこと?」


 僕はまだ寝ぼけていて、違和感に全く気付いていなかった。

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