第一章

彼女は諦めが悪い

一話 この悪魔は一体何をしに来たのだろうか


 朝。もしかしたら、今までのは全て夢で目を覚ましたら何てことない日常が戻ってくるかとも思ったが。ベッドから起きて、鏡を見ても俺はヴァリシュだった。最初は何で主人公のラスターじゃないんだって思ったけど、世界の命運をかけて戦うなんて無理なので問題ない。

 それに、ヴァリシュには長所もちゃんとある。それも、努力ではどうにもならない生まれ持った天性のものが。

 改めて鏡に映る自分の姿に、思わず圧倒されてしまう。


「……当たり前だが、朝からイケメンだな」


 そう、ヴァリシュというキャラは女性プレイヤーから熱狂的な人気を誇る、作中で一番の美形キャラなのだ。さらさらと揺れる癖の無い水色の髪に、赤みを帯びた紫色の双眸。すらっとした体躯と繊細な顔立ちに、よく通る美声を与えられた贅沢な男である。

 いきなり自分がこんな容姿になったら驚くところだろうが、前世を思い出したお陰で自分がヴァリシュとして生きてきた記憶もあるので違和感はなかった。


「ふ、これは勝った。イケメンってだけで人生勝ち組、これ世界の鉄則だからな」

「今までは鏡を見る度に嫌悪感丸出しで睨んでたのに。どういう心境の変化なんですか」


 ヴァリシュさん? 心臓がひゅってなったが、何とか取り乱さずに済んだ。流石イケメン、行動にも補正がかかっているのかもしれない。

 ていうか、まだ諦めてなかったのかこいつ。昨日と全く同じ格好で、何事もなかったかのように背後に立ってフィアが喚く。


「そんなことよりも、ひどいですヴァリシュさん! 夜中にか弱い女の子を窓から放り出すなんてー! おかげで夜が明けるまで、寒空の下で凍える羽目になっちゃったじゃないですかっ」

「帰れ、と言っただろ!」

「ほらほらぁ、肩なんて氷みたいにひえひえですよー? 特別に触っても良いですよ、無料で」


 話を噛み合わせる気がないのか、こいつ。それにしても、彼女は少々露出の高い格好をしている。

 漆黒のロングスリットドレス。アメリカンスリーブのデザインにより豊かな胸元は布で完全に隠されているが、その代わりにスカートの中央に入った深いスリットから事あるごとに足が太股まで露わになるのだ。

 なんというきわどさ。彼女をデザインした人はどういう趣味なんだ。それにしても、色欲の悪魔フィアといえば、お色気たっぷりな悪役キャラだった筈だが。


「ねー、ヴァリシュさん。私、お腹空いちゃいました」

「そうか、それじゃあ帰れ。城門まで送ってや――」

「いやっ! わたしぃー、ヴァリシュさんのー、朝ごはんが食べたいなー!」


 整えたばかりのベッドに飛び込んで、そのままジタバタと喚くフィアから目を逸らす。スリットから見えそうになるあれこれ、からではなく。彼女の悪役らしからぬ醜態に。

 お色気キャラはどこに置いてきたんだ。


「オルディーネ王国で随一の料理人であるヴァリシュさんのごはんー! 具体的にはサクサクのクロワッサンとカリカリのベーコンと半熟の目玉焼きとカフェオレ! フルーツも欲しいですっ」

「俺は騎士だ! ていうか注文多くないか!?」


 確かにヴァリシュの趣味は料理で、かなりの腕前だという裏設定はあったが。前世では大して自炊なんかしていなかったし、しかも悪魔とはいえ他人に披露するなんて。

 かと言って、駄々をこねるフィアを追い返すアイデアは何も思いつかない。仕方がない。半分諦めつつ、俺は自室に併設されたキッチンに向かった。


 それから、しばらく。


「……意外と何とかなるものだな」

「やったぁ、ごはーん!」


 うきうきとテーブルの前に腰掛けるフィア。自分で言うのも何だが、あまりにも手際よく出来たのでつい作り過ぎてしまった。決して彼女にも用意したわけではない。

 余ったから、くれてやっただけだ。


「はふー、朝のお味噌汁って落ち着きますよね。お魚の焼き具合もお漬物の塩加減も丁度良いです。私、極東の島国料理大好きですー」

「クロワッサンとベーコンと目玉焼きって言ってなかったか?」


 くそっ、あえてフィアの要望と真逆のものを作ったのに全然動じない。それどころか、箸を上手く使ってぱくぱくと食べ進めているではないか。

 こいつが近くに居る限り、闇落ちフラグは消えないのに!


「ふっふっふ。ヴァリシュさんが素直じゃないのは熟知していますからねー。大人の女の余裕です」

「そうか。これ食ったら帰れよ」

「それにー、フルーツは用意してくれる優しさ! 私、ヴァリシュさんのこういう優しくて可愛いところ好きです!」


 適当に盛ったオレンジやさくらんぼを口いっぱいに頬張って、目を輝かせるフィア。一体何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。

 よくわからんが、油断はしないでおこう。

 

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