1章 [  Ⅲ女帝]

「ほら、遅いわよハルキ!置いていくわよ!」

「全く…馬の次は歩きかよ…僕もう疲れた…」

「ぐずぐず言わない!男の子でしょう。か弱い乙女の私に置いてかれて情けないと思わないの?」

「はぁ…どこが…か弱いんだよ…」

「何か言った!」

「イエ、ナニモ」

ここは“トーラ地方”の中西部“荒野ウエスト”。

“サーチー山”の“麓町リミト”から“商業都市コマース”までの一本道。

舗装されていない淋しい馬車道を、亜麻色の髪を振りながら大股で歩く気の強そうな少女と、大きな荷物に押し潰されそうになっている細身の少年がのろのろと進んでいる。

「だいたいなんで直接町に飛べないんだよ。」

「し、仕方ないじゃない。まだこのコインを使い慣れてないんだから…」

そう言いつつ彼女が取り出した赤銅色のコイン。名を“ペンタクル”と言い、時空を越え“トーラ地方”中を行き来する能力がある。

「全く…今日中に“コマース”まで着けるんだか…」

「何よ!ハルキがさっさと歩かないからでしょう!」

「××××」

鈍い音がして、ハルキの身体に激しい痛みが響く。彼の歩みは更に鈍くなった。彼等はこの“トーラ地方”を旅している。旅を提案したのはコインを持つ少女イブ。少年ハルキは彼女の旅の途中、荷物持ち兼話し相手として、無理矢理連れて来られたのだった。

「あっ!」

「何、イブ?またお土産物屋さんならこれ以上持てなっ…痛ーーいっ!」

再びハルキの身体に痛みが走る。(イブは手が早いようだ。)

「違うわよ。ほら。」

イブの指差した方を涙目のハルキが見ると、小さく町が見えていた。

「あれが…“商業都市コマース”…」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「結局夕方になっちゃったわね。」

「そ、そうだね。」

夕刻の“コマース”の町に軽装の少女と息を切らした少年が立っていた。

「さっ、早く宿を探しましょう。この感じじゃあ、もうお店はどこも開いてないでしょう。」

「そ、そうだね。」

これでようやく休めると安心するハルキの背後に日が沈んでゆく。“コマース”の町は、既に夜の町へと変化していた。

土産物を売る店々は明かりを落とし、飲み屋や宿屋の客引きが本格的になってきていた。

「坊ちゃん、嬢ちゃん!うちに泊まって行きなよ!安くしとくよ!」

「そこは止めときなよ。飯はまずくて、布団は煎餅みたいなんだから。うちにしときなよ!」

「さすが商業都市だね。旅人用の宿もたくさんある。」

ハルキは疲れた顔をしながらも、これだけ宿があればすぐに休める場所が見つかるだろうと安堵していた。

しかし…

「どうもピンとこないのよねぇ…」

「ねぇ、イブ。早く決めようよ。もう真っ暗じゃないか。」

イブは思いのほか我が儘で、宿屋を見る度に何かと文句をつけてパスをしていた。

そうこうしている内に宿屋は満員になって行き、客引きをしている店も少なくなってきていた。

「ねぇ、ハルキ。」

「ん?」

「あそこ、良いと思わない?」

このままだと野宿になるかも知れないとハルキが心配しだした頃、イブがやっと立ち止まり、一軒の家を指差した。

「え?でも、イブ。あそこ…宿屋じゃないと思うけど…」

ハルキの勘は当たっていた。イブが指差した家は、確かにイブが好みそうな気品のあるたたずまいだが別に宿屋をしている訳でもない、普通の家だった。

「大丈夫よ。頼めば泊めてくれるわよ。」

「そんな横暴な…」

「文句あるの?」

「イ、イエ、ナニモ」

気が進まないという顔をしているハルキを尻目に、イブは扉に向かいズンズンと進んで行く。


トントン…


イブがドアノッカーを叩くとドアが開き、小さな女の子が出てきた。

「おねーちゃんたち、だーれ?」

イブの腰ぐらいの背の女の子は首を傾げて、イブとハルキの顔を交互に見ている。

「どうしたの、アイ?」

すると、その女の子の後ろから一人の背の高い赤い髪の女性が現れた。

「あら、どなた?」

女性はイブを見て、穏やかな声で聞いた。

「私はイブ、こっちは連れのハルキといいます。私達はあちこちを旅していて今日この町に着いたんです。でも、時間が遅くてどこの宿も一杯で…どうか一夜の宿を頂けないでしょうか?」

ハルキはイブが初対面の女性にスラスラと嘘と本当の入り混じった経緯を話すのを見て、内心ヒヤヒヤしていた。

それでも女性は…

「まあ、それは可哀相に…アイ、こちらの方々にスープを入れて差し上げて。さ、中へどうぞ。今宵は冷えますよ。」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「フフフフ、そうなのですか。この家は、私も気に入っていて…でも、主人が帝国の“ミー要塞”に兵に採られてからは、少し広すぎて困っていたのですよ。」

「アイもこのおうちすきー!」

女性はリーンという名前で、今は娘のアイと二人で暮らしているらしい。イブはリーンとすっかり打ち解け楽しげに話している。ハルキはイブのわがままでリーン達を騙したという事が気にかかって、出されたスープをチビチビと啜っていた。

「ハルキ君は全く喋らないのですね。」

「ああ、ハルキは人見知りが激しくて…」

「えっ…ぃたた。」

「?」

またイブが新しい嘘をつくので、ハルキが変な声を揚げると机の下でイブはハルキの足を踵で思いっきり踏み付けた。

「…初対面の方と話すと、お腹が痛くなるんですよ。」

「まあ、それは大変。さ、ベッドの用意をしてきますので、その間にシャワーでも…」

痛みで顔を歪めるハルキを見て、まるで疑問を持っていないリーンはそう言って、席を立つ。

「ありがとうございます。」

イブは白々しくお礼を言う。

「おにいちゃん。だいじょーぶ?」

「う、うん。ありがとう、アイちゃん。」

ハルキは、純粋に心配してくれるアイを困らせないように、精一杯の笑顔を向けたのだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「洋服や靴は西通りのウエスタン、アクセサリーは中心部のチョーカーってお店がオススメです。」

「ありがとうございます。じゃ、ハルキー!行って来るわねー。」

翌朝。リーンに“コマース”のお店の情報を聞いたイブは、意気揚々と朝の町に繰り出していった。

「貴方は行かなくていいのハルキ君?」

「僕は別に…というか、行っても行かなくても同じですから。(また、荷物持ちさせられる。)…あの、昨日から迷惑かけ通しですみません。なにか僕で良ければ、お手伝い出来ることありませんか?」

「あら、それじゃあお言葉に甘えちゃおうかしら…」

ハルキはその日の昼過ぎまでリーンの家で彼女の内職を手伝いながら、彼女とアイに旅の話を聞かせた。

彼女は、夫からの仕送りで生活には不自由していないのだが、彼女は彼女なりに家庭に貢献したいと思い、機織りの内職をしているらしい。

「上手いわね、ハルキ君。糸紡ぎやったことがあるの?」

「…ええ、少しだけ…家が、“フール高原”で羊飼いをしていたので。」

「まあ、あの辺りからならこの“コマース”の町も見えたでしょうに。」

「ええ、遠くに。」

「アイも空からおうちをみたーい。」

「ふふ、そうねアイ。でも、ハルキ君って、そこまで人見知りでもないのね。アイがとっても懐いているもの。」


ギクッ…


「え、ええ。イブが少し勘違いしているみたいで…。そ、そういえば…妊娠されているんですか?」

たまたま目についたリーンの左手が彼女の少し大きなお腹に置かれていたので、とっさにハルキはぶしつけな質問をしてしまった。

「えっ?」

「いえ、お腹をさすっていたので…」

「ええ、三ヶ月になるわ。よく気がついたわね。」

しかし、リーンは嫌な顔一つせずに、ハルキに温かい笑みを投げた。

「アイね。もうすぐおねーちゃんになるの!」

「よかったね、アイちゃん。」

機織りの音だけが静かに響く。ハルキは、こんな時間がずっと続けばいいのにと思った。

しかし、あの悪魔が…

「ただいまー!」

正午を少し回った頃、イブが大量の荷物を抱えて帰って来た。

「ちょ、イブ。まさかそれ…」

「そう。ぜーんぶお土産!勿論、ハルキが全部持つのよ!」

「そんな、こんなに持てるわけないだろ…」

「ふふ、二人とも仲が良いのね。さ、お昼にしましょうか。」

結局リーンの家で昼食までごちそうして貰い。ハルキとイブは“コマース”を旅立つ事にした。

「ハルキ!いくわよ!」

言うが早いかイブはさっさと扉から出て行ってしまった。残されたのは、ハルキと更に増えた大量の荷物…

「あのリーンさん。」

「?」

「これ、貰ってくれませんか?」

ハルキは前に行った場所でイブが買った土産物の中から、一番重くて、高そうな包みをリーンの腕に押し付けた。

「でも、これはイブちゃんの大切なものなのでは…」

「いいんです。泊めて貰ったのに、なんのお返しも出来ずに…宿代だと思って貰って下さい。」

「でも、うちは宿屋じゃないですし…」

「なら、僕を助けると思って…」

しばしの沈黙。リーンの目が大量の荷物の上を通り過ぎる。

「…わかりました。」

「ありがとうございます。」

「おにいちゃん、バイバイ!」

ハルキが扉を閉めるとき、リーンは片手をアイの肩に回し、もう片方の手でお腹を撫でていた。


THE EMPRESS


“ペンタクル”が光り、イブとハルキは光りに包まれる。二人は時空を超えた旅に出る。

「随分時間がかかったけど何やってたの?」

「ふふ…秘密。……痛い。」

「ハルキの癖に生意気よ!次は冬物よ!北の“エクスト”に向かうから!」

ハルキの溜息を残して二人は“コマース”から姿を消した。

“ペンタクル”を持つ小麦色の肌の少女イブは時空を越え、各時代・各地域の名物・名産を集めるトレジャーハンター。彼女の隣には荷物持ちとしては小柄すぎる少年ハルキ。二人の時空を越えた旅は過去へ未来へと続いて行く。


Ⅲ女帝 ~母の温もり~..fin

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Tora's Data -2-

イブ-Ibu

冒険家。トレジャーハンター。

少女の姿で様々な時代、様々な場所に現れ、各時代、各地域の名産品や工芸品を求めたと“トーラ地方”各地に記録が残る。

しかし、“トーラ地方”北東の町“ホーリネス”出身の少女であること以外は多くのことは謎に包まれた人物である。

この冒険家については、イブという同名の複数の少女であるという説や、イブというのは世襲の名で代々受け継がれているとする説、あるいはこのイブという少女は人外の“何か”で、姿を少女のまま何百年も生き続けているなど様々な憶測が飛び交う。

この中でも最も古いイブの記録によれば、彼女は“ペンタゴン帝国-帝都サイパイヤ”などで悪名高い大泥棒バーグラと“ホーリネス”の女との間に生まれ、イブの誕生後間もなくバーグラが蒸発し病に倒れた母を治癒する費用を工面するため、成長した彼女は冒険に出たといわれる。

この逸話は、お伽話「イブと銅貨」の元になったと云われる。

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