第6話 少女の葛藤

 ディデダラ最奥部は森のほとんどが焼失していた。天使の攻撃に慈悲はなく、立ち向かう者全てを焼き払う。


 放たれる光線のスキルはエンシェント・パワー。ランクBに想定されるスキルだ。その威力はNight_Soul達はおろか、周囲のモンスターや木々も巻き込み被害を更に広げる。


 そして、光という光の洪水から出てくる一つの弾丸があった。


「――なんだ、あれは!」


 戦場の誰が放った言葉なのだろうか。あちこちから聞こえてくる。


 ディデダラを切り裂く一つの弾丸は、天使の姿だった。破砕音を立てて木々を薙ぎ倒していくか、否。決して音は響くことはない。


 天使はNight_soulメンバーの前線にふわりと降り立つ。約80メートルの姿で佇んでいた。静かで且つ恐ろしさを感じさせる。

 場に不釣り合いの仮面をかぶる姿は、凶々しい存在力を放っていた。推定レベル3000の上級ランクモンスターの『力天使』だ。そして違和感もある。


 ――何故なのか?


「おいおい……」


 俺は思わず目をみはった。通常のモンスターではありえないほど体中に生物の顏が付いている。あれは狼か? 食虫植物の顎か? アームイッシュも捕えられている。レベル自体は俺より1000ほど低いだろう。だが、醜悪な姿はレベル以上の何かを感じさせる。


「シュン。見て下さい、天使に囚われた彼を」

 

 ダナンが力天使の膝を指さす。指さされた場所を見ると、プレイヤーが埋まっていた。装備はNighit_Soulメンバーが着用する騎士甲冑で包まれている。泥で少々汚れているが、メンバーの1人というのは確かだろう。

 

「……力天使に最初に取り込まれたメンバー、第7小隊のキルギスです。職業は斥候準騎士。索敵の帰りに喰われたのでしょう」


「とんでもないな。それにだ。仮にあいつを助けるとして……、魔法やスキルで剥がせるか?」


 『モンスターに取り込まれた』例は経験上少ないが、あることはある。解決策も知られている。魔法やスキルで剥がすことだ。だが、元々モンスターに取り込まれる自体、高ランクの狩場に行かないと見られないものだ。 前線のメンバーが周知しているとは限らない。


「無理……とは言えません。やってみる他ないでしょう。ただ、できるだけ危険が無いようにとギルドマスターから頼まれています」


「躊躇するレベルじゃないだろう?」


「確かに、個人的には徹底的にやるべきだと思います。ギルドの面々からは良い顔はされませんがね。――ああっ!」


「どうした?」


 と、カメラが切り替わった。光線の一部が、ダナン達から少し離れた針葉樹に着弾したのが見えた。針葉樹は真っ二つに分かたれ、嫌な音を立てて根元ごと砕け散るのが見える。


「――ダナン、大丈夫なのか!」


 衝撃の余波でダナン達の映像が乱れ、砂嵐しか映らなくなる。


「大丈夫です。失礼、少しエイオの調整のために私の方に戻します」


「ちっ、砂嵐か」


 俺は傍耳を澄ませた。砂嵐に遭遇した場合、音声だけが頼りになる。


「お構いなく! 現在第21小隊の避難誘導させています。問題は他の小隊や中隊ですよ。しかしカメラの映像が回復しない――くそったれ」


 ダナンがカチャカチャとボタンを何度も押し始めた。冷静沈着が似合うダナンとは違い、焦れている。


「マリアです。ダナン、落ち着いて?……うん、映像はすぐ回復すると思うし。シュンさん、改めてお話があります。今後の方針について――」


 語り手がマリアに代わる。マリアからということは、作戦自体は二人とも知っているようだ。一字一句逃さぬように、俺は再び耳を澄ませた。


「よしきた。小隊を撤退させたり、俺達が戦列に加わる方法だな? どんな形で敵を討つつもりだ。詳しく聞かせてくれ」


「はい。すみませんが、まず小隊は撤退させません。他の小隊と合流して、中隊の生存者を引き連れ敵へ進みます。その指揮は私が」


「……なるほどな」


「――マリアさん!……何で? 何で、小隊を撤退させないなんて。聞き間違いじゃないんですよね!? 一旦引き返した方が……」


 横からカルチェの声が聞こえた。そこには驚きと失望があった。


「撤退ねぇ……ないな」


 カルチェの考えは分からなくもない。まず撤退させて、被害の確認をしてから再編成で挑むのかと、カルチェはそう考えたのだろう。マリアの宣言は自ら死に行くようなものだ。


「カルチェ、心配してくれてありがとう。ただ私達――Night_Soulは家族を見捨てない。勝てない戦でも、私達を待っている家族から逃げない。それがギルドの決まりなの。だから……、分かってもらえると嬉しいな」


 マリアは哀しげな瞳でほほ笑んだ。彼女もカルチェの心配は嬉しいのだろうが、仲間との覚悟を決めているのだ。


「なに言ってるんですか! 命を捨てる気ですか! こんな――こんな、戦闘は無理です! ダナンさんや、マリアさんだって勝てそうにありませんよ!?」


「よせ、カルチェ」


 俺は遅れて仲裁に入った。カルチェは錯乱状態になっていて危険だ。


「まず落ち着くんだ。これからのことも、マリア達に協力してみよう。姫は常に周りを見るように指示していたはずだぞ?」


「師匠もです! 私達も逃げましょうよ。姫様も分かっていただけますよ」 


「――カルチェ?」


 俺はカルチェを鋭く睨んだ。カルチェは俺の視線に目を見開き、途端に項垂れる。


「……はい」


 俺はカルチェを睨む目をやめ、優しく見つめた。


「マリア、悪いが音声を切るぞ」


「シュンさん!」


 問答無用でエイオの音声スイッチをOFFにした。

 カルチェの焦りは分かる。だが、一度腹を割ってカルチェに話す方がいいだろう。


「――いいな、カルチェ。マリアの話はあいつらのギルドの問題だ」


「……はい」


「確かにカルチェの言い分は分からなくも無い。普通は考えられない方針だからな。だがマリアが俺達に方針を包み隠さず話すのは、覚悟や責任があってそうしてる訳なんだ」


「覚悟と責任……ですか」


「ああ。ダナンはともかくマリアは会ったばかりの俺達を信じて話してる。普通はないぞ。だから、カルチェも信じてやれよ。マリアを」


「……。責任については分かりません。命の方が大事ですよ。でもマリアさん達は信じられます!」


「そうだ。音声つけるぞ」


 カルチェがひとまず落ち着いた所で、エイオの音声スイッチをONにする。


「シュンさん、カルチェ! 聞こえていますか!」


「マリアさん、迷惑かけてごめんなさい。方針の続きをお願いします」


「……ありがとう、カルチェ。ごめんね、あなたを分かってあげられなくて」


「良いんです。顔を上げて下さい! マリアさんは笑顔が可愛いです!」


「……うん、うん!」


 カルチェの言葉に哀しげな顔を振り払い、マリアは優しく微笑んだ。 そして笑顔のまま、


「シュンさん、今度から勝手に話を切らないで下さいね? さて、さっきコヨミ様から中隊並びに小隊全体の権限が私に来ました。中隊・小隊は私主導でいきます。シュンさんは黄色の旗を目印に合流して下さい! できれば大技を期待します」


 黄色の旗か。Night_Soulの全軍から探すのは骨がかかりそうだ。慎重に移動した方がいいな。


「分かった。カルチェはどうする? 嫌なら――」


「嫌なんかじゃないです! 師匠に着いて行きます!」


 カルチェの顔に後悔はない。マリアとのやり取りで、覚悟はできたのだろう。いい顔だ。


「――そうかい」


「はい!」


「「[テレポート]」」


 時間は無い。”神隠し”に追い詰められた俺達は問答無用でテレポートスキルを唱えた。

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