第18話 展望台

 翌朝、時刻は午前九時五十分。俺は集合場所である中央改札前に到着していた。さすがに路線の終点駅ともなればそれなりに大きい。乗り場も五つほどあり、改札口も二か所になる。半無人駅が途中にあることを考えれば、終着点となるこの駅はそれなりに大きいと言えるだろう。


 それにしても今朝はちょっと焦った。基本的に引きこもってることの多い俺が、外出時に着る服をそれほど持ってるわけもなく。ましてや今回は女子もいるのだ。約束をした昨日の時点では何も考えていなかった自分を恨めしく思うほどだ。


「おっす、おはようさん」


「おはよう白石くん」


「……おはよう」


 青羽と不機嫌そうな夕凪は先に来ていたが、空閑が見当たらない。


「まだ来てないみたいよ」


 きょろきょろとしていると夕凪に窘められた。


「そうなんだ」


 改めて視線を声の主へと向けてみる。夕凪はオレンジ色を基調とした膝上のスカートを履いている。左右非対称なのか、長い部分と短い部分のあるアシンメトリースカートとでもいうやつだろうか。薄い黄色地のブラウスに、カーキ色のスプリングコートといういで立ちだ。

 対して青羽は名前に合わせたかのように、薄い青系統のひざ下丈のワンピース姿だ。羽織ったブラウスには控えめにフリルが入っている。


 こうしてみると二人とも可愛いよなぁと思いながらも、自分の姿を見下ろしてみる。カーキ色のチノパンに、適当に選んだ黒い長そでのシャツだ。

 うん。まぁそこまで気にするほどでもねぇだろう。きっと空閑も似たような格好に違いない。


「おっす、お待たせ」


 変に気にしてもしょうがないと楽観していると、しばらくして空閑も合流してきた。適当に挨拶を返して改めて空閑の姿を観察してみる。


「お、空閑くんかっこいいね」


「へぇ」


 直接褒める青羽に感嘆の声を上げる夕凪の様子の通り、俺から見ても空閑の服装は完ぺきに見えた。二人からの俺へのコメントがないこともすべてを物語っているだろう。


「いやいや、二人も似合ってんじゃん」


 さらっと褒める言葉が出てくるところが空閑にあって俺にないところだよな。


「あはは、ありがと」


「じゃあさっそく行こっか」


「お、おう……」


 なんとなく悔しい気持ちを抱えていたが、展望台へと促す青羽の言葉に怯む空閑を見てどうでもよくなってきた。やっぱり高所恐怖症なのかね。


「まずは十六階のチケット売り場だっけ?」


「十六階にあるんだ」


 前日に仕入れてきた情報を披露しつつ、みんなで十六階へと向かう。空閑の口数が減っているのは気のせいだろうか。十六階へと続くエレベータへと乗り込んだあとは完全に無言になってしまった。……ってかこのエレベータすげぇ広いな。


「大丈夫かな……?」


「大丈夫じゃねぇの?」


 心配する夕凪に無責任に答えるが、結局大丈夫かどうかは本人にしかわかるまい。態度には出ている気がするが、本人は行くのを拒否しているわけでもない。


「ダメそうならやめておきましょうか」


 青羽が声をかけるとようやく我に返ったのか、空閑があわてて首を横に振る。


「いやいやいや、ダメなわけないっしょ! いやホント、展望台楽しみだわー!」


 かと思いきや、いきなりの空元気が発動した。なんかもうバレバレで逆に笑えてくるなこれ。

 ほどなくして十六階へと到着するが、ここもここですごいな。エレベーターホールを抜けると、目の前に飛び込んできたのは十六階の庭園だ。


「おおー、すげー」


 チケットカウンターも目に入ったが、吸い込まれるようにして俺たちは庭園に出る。緑に囲まれた屋外の庭園だ。屋外ではあるがここは六十階もあるビルの途中だ。振り返れば遥か上空に聳え立つビルの壁が見える。ベンチがそこかしこに設置され、休憩している人の姿もちらほらと見える。

 庭園の淵には背の高いガラスの壁が設置されており、ここからでもそれなりの景色が堪能できた。


「いやもうここからの景色だけで十分じゃね?」


 ガラスの壁から一メートルほど手前で立ち止まった空閑が、そんなことを呟いている。


「何言ってんだ。これからが本番だろうが」


「そうよ。せっかくここまで来たのに」


 さっきまで心配そうにしていた夕凪だが、これよりもすごい景色が見れることに負けたんだろうか。さっきとは態度を変えて空閑に発破をかけている。


「あはは……。無理しないでいいからね、空閑くん……」


 手のひらを返した夕凪に苦笑いをする青羽はさすがだな。

 しばらく庭園を堪能すると、いよいよ展望台だ。チケットカウンターへと四人で並ぶと当日チケットを購入する。どうやら中高生は千二百円のようだ。


 ここからは最上階である六十階へと続く直通エレベーターに乗る。なんとなく空閑の顔色が青ざめていたような気がするが、エレベーター内は薄暗いようでそれもわからなくなった。


「おおおぉぉ……」


 上昇を始めるとどこからともなく声が聞こえてくる。たぶん他のお客さんだろうか。などと思ってたら目の前にいた夕凪から声が聞こえていた。


 ……ってお前かよ。


 エレベータに合わせるように壁にある青いラインが下降していき、上昇するイメージを体感させられる。まだ最上階にはついていないが、これはこれで期待を感じさせる演出だな。

 と感心しているとあっという間に六十階へと到着した。エレベータの扉が開くと、外から明るい光が差し込んでくるのだった。

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