第13話 食べ盛り

 どういう状況なんだこれは。

 いつもと異なる夕凪のしおらしい様子に、俺は戸惑いを隠せない。夕凪のことを空閑に丸投げされてちょっとだけ頭に血が上っていたが、冷静に考えるとどういう状況だコレ。

 思い返せば制服の裾を引っ張られてた気がするし、何より今の夕凪からは敵意が感じられない。


「えーっと、あー、おすすめは唐揚げかな」


 こうして考えていてもカウンターに並ぶ列は前へと進んでいる。とりあえず聞かれたことには答えておこう。カリッとジューシーなここの唐揚げは絶品だ。それだけは間違いない。


「ふーん……」


 なんとなしにメニューを見ている夕凪から気のない返事が返ってくる。ちゃんと聞いてるかどうかは知らんが、俺は答えたからな。


「ほい、兄ちゃんは何にするんだい?」


 気が付けばカウンターのおばちゃんに話しかけられていた。ってか自分のまだ決まってないぞ……。何にしよう……。いやそれもあるが空閑だ。いつものやつってなんだ。いつも何食ってたっけ?


「うーん……」


 ここで黙っていても後ろが詰まってくるだけだ。とりあえず腹減ったし、自分のは量で選ぶか。空閑は……、なんか腹立ってきたし適当でいいや。

 こうしてメニューを決めた俺は、注文した品を持ってみんなと合流した。




「ほれ、いつもの素うどんだ」


「へっ?」


 トレイに自分のチキンカツ定食と素うどんを乗せた俺は、うどんを空閑の座るテーブルへと静かに置いた。


「百五十円な」


 ポカンとする空閑に追い打ちをかけるように値段を告げる。


「えっ? 空閑くんっていつも素うどんなの?」


 俺たちが来るまで弁当を開けずに律義に待っていた青羽が、空閑の昼飯を見て驚いている。


「いやいやいや、いつものやつって言ったよね!?」


「いつも食ってるもん違うじゃねーか。わかんねーから適当に選んだ」


「だからってひどくね!? 今まで選んだことないやつじゃん!」


「因果応報だ」


「なんでっ!?」


「あんた……、友達にもひどいことするのね……」


 青羽の隣、俺の斜め向かいに座った夕凪からも、俺を非難する言葉が聞こえてきた。ひどいとは何だひどいとは。


「いつも食ってるものないくせに『いつもの』とか言ってくるから悪いんだよ」


「そりゃそうだけど……、言ってみたかったんだよ!」


「じゃああたしの唐揚げ一個あげるよ」


「……マジで!?」


 俺がおすすめした通りの唐揚げ定食を選んだ夕凪が、空閑へとお皿を差し出している。


「うん。ちょっと多くて食べられそうにないしね」


「あざーす! じゃあ遠慮なく……」


「じゃあ食べよっか」


「いただきます」


 ようやく四人揃ったところで青羽もお弁当を開け、昼ご飯が始まった。




 青羽のお弁当は小ぶりな二段のお弁当だ。下段には俵おにぎりが鎮座しており、上段には卵焼き、ウインナー、唐揚げにほうれん草の煮びたしとミニトマトとおかずがバランスよく詰められている。

 唐揚げをひとつ空閑におすそ分けした夕凪は、サラダから手を付けるようだ。まぁ俺も巨大なチキンカツに取り掛かるとしますか。


「なにそのおっきいカツ……」


 揚げたてのカツを一切れ口の中に入れたとき、夕凪からそんな声が聞こえてきた。セリフの後ろに「ありえないんですけど」とか続きそうな口調だ。若干夕凪らしさが戻ったのかとホッとしかけたところで我に返る。

 いつもの感じが安心するとかなんなんだ。……俺はマゾじゃねぇぞ。


「食べ盛りなんだからこれくらい当たり前だっての」


 自分の感情をスルーしてカツを味わうことにする。サクサクジューシーなカツとソースが絶妙に合う。そういやソースの代わりに大根おろしを使った裏メニューとかもあるんだっけか。今度頼んでみよう。


「……当たり前って言うんなら意地悪しないであげたらどうなの」


 素うどんを物足りなさそうに啜る空閑を示すと、ジト目を俺に向けてくる。


「そうだそうだ!」


「ってかちゃんと何食いたいか言えよ」


 便乗して同意してくる空閑はともかく、こう改めて指摘されると言い返せない。後ろがつっかえて急かされていたことは確かだが、仕返し目的で素うどんを選んだことに間違いはない。空閑も本気で非難しているわけではなくただのじゃれあいなんだが、夕凪にはそう見えないようだ。


「じゃあ次はよろしく!」


「はぁ!? 次なんかねぇよ! 自分で頼めよ!」


「えー、何食いたいか言えって言っただろ。次があるってことだよな?」


「だからねぇよ!」


「あはは。仲いいねぇ」


 ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる俺たちを見ていた青羽から笑い声が聞こえる。


「そうなの……?」


 だが夕凪にはどうにも理解できないようだ。わざわざ説明する気もないので……、というか空閑の箸からカツを守りきるので精一杯だ。……くっ、……ちょっ、この野郎!


「あっ!」


「チキンカツうめー」


「ぐぬぬ……」


 一切れ取られたチキンカツに名残を感じつつも、残されたモノたちを攫われないように攻防を続けるのだった。

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