第6話 セクハラ

『はぁー、今日はもう最悪……!』


 夕飯前になって、ラインの相手『こま』さんからきたメッセージがこれだ。昨日はしばらく他愛のない話をしていたが、今日もまだメッセージが来るとは思っていなかった。暇つぶしのやりとりは昨日だけじゃなかったようだ。

 かくいう俺も今日は暇を持て余してるわけだが……。昨日みたいにメッセージが来ないかなと期待していなかったわけでもない。かといって自分から送ろうとは思わないんだが。

 しかし来たメッセージは愚痴っぽいな……。どこか期待してたところはあるが、ちょっと面倒になってきたぞ。


『何かあったんですか?』


 無難に返しておくと、すぐに次のメッセージが送られてくる。


『決まってるじゃない。あれは絶対にセクハラよ、セクハラ!』


 何が決まってるのかわからないが、とりあえずそういうことらしい。


『はぁ……、そうなんですか』


『もう……、友達は役に立たないし……、ほんとに踏んだり蹴ったりだわ』


 あー、うん、これは下手にツッコまない方がよさそうだな。適当に相槌を打って流しておく。……にしてもこれで相手は女の人で確定かな。まぁ仕事関係かどうかはわからないが、大変そうではある。

 ……そういえば俺も昨日と今日は災難だったな。あれは不可抗力だとは思うが、まさか『変態』と言われることになるとは思わなかった。


『そう思うでしょう?』


『ええ、そうですね』


 もはや作業と化してきているが、こういうのってどう反応するのが正解なのかよくわからん。へぇそうなんだと聞き流せばいいのか、こうした方がよかったんじゃないかとアドバイス的なことをしたほうがいいのか……。

 相手が女性だと気づいたからこそちょっと対応が難しいというか。

 ……うむ、考えてもわからん。


『あー、ごめんね。愚痴聞いてくれてありがとう』


 どうやら聞き流していて正解だったようだ。相手がどこの誰だかわからないが、何かの役に立ってるというんならそれでいいか。

 夕飯に呼ばれたのでそのまま階下へ向かった。


「どうだ、新しいクラスには馴染めそうか」


 今日は珍しく親父が食卓に着いている。いつも遅く帰ってくるけど何かあったのか。


「まぁ、友達もさっそくできたし、まぁまぁかな」


「そりゃよかった」


「にしても晩ご飯の時間に父さんがいるって珍しいね。……何かあったの?」


「何言ってるの陣。何もなかったから早く帰ってきてるんじゃない」


 俺の言葉に呆れたような声音で母親からツッコミが入る。それもそうか。……いやそれはそうなんだが、ほぼ毎日帰ってくるのが遅いということは、毎日何かあるってことだよな?

 俺は社会人の恐ろしさに身震いしつつも、平静を装って晩飯を喉の奥に詰め込んだ。




 翌日。

 さすがに三日連続で……と思ったが、今日も神社に人影がいた。顔はよくわからなかったが、セミロングのストレートの髪型の女の子みたいだ。珍しいとはいえ、何もない神社にここまで通うとはそこまでする何かがここにはあるのだろうか。


 さて……、今日の授業は担任による日本史だ。旧石器時代から始まり、縄文時代、弥生時代と続くのだ。その後に古墳時代がやってくるが、実家近所にたくさんある古墳はこの時代に作られたものらしい。

 最近世界遺産に認定された地元の古墳群ではあるが、この先どうなることやら。


「……聞いていますか? 白石くん?」


「え? あ、はい……」


 思わず地元の古墳へと思いを巡らして窓の外を見ていたら、先生に注意されてしまった。一番後ろの席だというのによく見ているもんだ。


「じゃあ日本で一番大きい古墳はどこか知っていますか?」


 えええ……? 一番大きい古墳……? 古墳はまぁなんとなく好きだと思ってたけど、大きい古墳とか知らないな……。近所にある古墳はそこそこ大きいとは思うが。


「はい。日本最大の前方後円墳と言われるのは……」


 逡巡していると、しびれを切らしたらしい先生が答えを口にする。当てられたことよりも、自分の古墳好きはさっぱり大したことがないことに気付かされてしまった。自分でもそこまで詳しいと思ったつもりはないが、ちょっと知らなさ過ぎじゃないかと思ったほどだ。


 先生曰く、やっぱり近所の古墳が一番大きいようだ。歩いていける距離ではないが、余裕で電車圏内だ。気が向いたら行ってみるのもいいかもしれない。まぁせっかくの授業だし、ちゃんと聞いておかないとな。

 改めて先生へと視線を向けて授業に集中する。


 ――が、今度は今度は昨日のラインのやりとりを思い出してしまう。


 先生も女の先生だし、他の先生からセクハラとかあるのかな……。いやあるような気がするなぁ。国語の田倉たくらとか目つきが危ないし。しかし狛谷こまたに先生とラインの『こま』さんか……。まぁ単なる偶然だろう。全国に一体何人のこまさんがいると思ってるんだ。

 余計なことを考えていると、今度は隣から押し殺した笑い声が聞こえてきた。どうやら空閑が当てられた俺をみて耐えられなくなったようだ。一瞬だけ左隣を睨み据えるとすぐに教科書へと視線を戻す。


「オホン」


 わざとらしく咳払いをして先生の注目を集めると、ちらりと空閑へと視線を向けた。

 ……しばらくして。


「では空閑くん。日本には全部でいくつの古墳があると思いますか?」


 当てられた空閑に、『ざまぁ!』と心の中で叫んだ。

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