第10話 『金髪の同級生』

  体育館で入学式が開催された。


 百人程度の新入生たちが各組ごとに設置された席に腰を下ろして舞台上で祝辞を述べていく来賓客に視線を送る。開始当初は緊張から真面目に話を聞いていた新入生たちも時間の経過と共に集中力が散漫になっていく。中には欠伸する生徒まで出る始末だ。都会の学校だろうが田舎の学校だろうが、祝辞の堅苦しさは同じようである。本来ならばしっかりと耳を傾けて、一句一句、贈られる祝いの言葉のありがたさを噛みしめるべきなのだろうが、その辺りを退屈の一言で済ませてしまう辺りがまだ子供という未成熟者なのだろう。


 俺自身も退屈さのあまり欠伸の一つでもつきたいところだが、教師陣の席から放たれる鋭い眼光によって我慢している。


 ――すっげー見られているな……。


 眼光の正体は朱里である。全身を射貫くような鋭い視線は体を硬直させるには十分は強さを誇る。怠ける生徒の態度を正す行為は教師として当然のことなのだが、自分だけ監視されていることが解せない。何度も欠伸をするような落ち度があったわけでもないのに関わらずだ。


 ――こうなったら我慢比べだ。


 負けず嫌いの根性で乗り越えようと躍起になった俺は俯きかけにあった頭を持ち上げて視線を舞台上に固定させた。すると祝辞が終わりを迎えて、新入生代表として雛が舞台に上がった。新入生代表は入学試験をトップ合格した生徒に与えられる大舞台。それをチームメイトから選ばれたことが何気に嬉しい。


 何百人という生徒を前にしても冷静さを保つ雛の姿からは桜並木通りで見せた興奮状態が嘘のように映る。


「お、確かあんたと教室前で話していた子だっけ? 友人かい?」


 隣に座っている金髪の男子生徒から訊かれた。見た目で相手を判断することはしてはいけないことだと分かりながらも、入学当日から金色に髪を染めていることから第一印象はあまり良くない。


「野球部のチームメイトになるってことで話しかけられた」


「野球? あんたも野球をするのか?」


「あんたもってことはお前も野球を?」


「ああ。俺は津久見アーサー。日本人の父とアメリカ人の母を持つハーフさ」


「俺は都筑遠夜。……そうか、だから金髪なのか」


「はは、小中校でもよく染めているって間違われたよ。だけど正真正銘の地毛で、母親譲りなんだ」


 髪の毛をいじりながらアーサーは笑い飛ばす。屈託のない笑みからは一切気に留めていないように映るが、実際のところハーフという立場で苦しんでいる過去を持つ。そのことでアーサーが不満を見せることはない。それはハーフであることも髪が金色であることも彼にとっては自慢の一つだからだ。


「悪い。見た目で判断してしまった……」


 見た目で判断したことを恥じた俺は素直に謝罪した。そのことにアーサーはきょとんとした表情を浮かべるも、すぐさま笑顔に戻して俺の背を軽く叩いてきた。


「気にしない。気にしない。それよりも俺も野球部に入るつもりなんだ。よろしく頼むよ!」


「ありがとう。それとこちらこそよろしく頼む!」


 握手を交わす。


「それから話はここまでな。怖い先生がこちらを睨んでいるから」


「怖い先生?」


 首を傾げるアーサーに分かるように朱里を指でさして教えた。指先を追うように視線を動かしたアーサーは睨みを利かせながら鬼の形相を浮かべる朱里の姿に青褪めた。


「野球部の顧問兼監督になる氷室朱里先生だ。入部前から目をつけられてたら鬼のような練習が待ち受けているかもよ」


 そうでなくても猛練習のスケジュールを組みそうではあるが、勉強や態度を疎かにするようならば追加練習も厭わないだろう。野球選手としては望むところだと意気込みたくなるが、毎日のように繰り返されては体がもたない。年間を通して試合を行うプロ野球でも適度な休息があるように、学生でも休息をとって疲労のない万全な状態で試合に挑まなければ実力を十全に発揮することができなくなってしまう。


「それはそれで楽しみだけど、確かに学生の本分を蔑ろにするのはいけないな」


 姿勢を整え直したアーサーは視線の先を雛に改めた。俺もそれに倣って意識を雛の言葉に傾けた。

 

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