第11話 Unknown

俺は最初、伊藤が何を言ってるのかわからなかった。


「は? どういうこと?」

「どういうことって、言葉通りの意味だよ。それ以上でもそれ以下でもない。

もっとわかりやすく言うならあの物体が何なのかわからないってことだ。」


「ちょ、ちょっと待てよ。ただの光る石じゃないのか? それこそ、何か特別な鉱石っていうだけのことだろ?」

「いいや違う。地球上にあるどの鉱石にも該当しない。含まれてるであろう物質も何なのか不明だ。御見神、お前も知ってるだろう? うちの家の地下には特定鉱物陽子分析器があるのをさぁ。あれで調べて出てきた結果だ。」


特定鉱物陽子分析器は文字通り特定の鉱石や物質を判別するものであり、

大きさはデスクトップパソコンが二台分といったところで、全てではないが、

この地球上に存在するおおよその物質を特定することができる。


現在この分析器は、考古学の分野だけでなく様々な研究分野と研究所で用いられているが、最近になって開発されたものでかなりの値が張る代物でもある。


どうしてそんな大層なものが個人である伊藤家にあるのかと言うと、

伊藤のオヤジさんは御見神研究所の研究員であり、ウチの親父の部下だ。


そのため、ウチの親父が東京第一研究所の研究室をやめる際に、伊藤のオヤジさんがこっそりと研究室に置いてあった機材の一部を故障したとか適当な理由をでっち上げて、処分すると見せかけて自分が欲しい機材のいくつかを家に持ち帰ったからだ。


ゆえに、伊藤家には下手な私立研究所よりもいい機材が備わっており、今ではそのことを知っているウチの親父も時々、私用で調べものがある時は利用させてもらっている始末である。もちろんこれは重大な法律違反であり、このことが国にバレればウチの研究所は即座に閉鎖、研究員共々仲良く檻の中だ。


ところが、伊藤のオヤジさんは呆れたことに研究室を引き払うと分かった段階で機材を持ち出す算段を立て、持ち出したことをごまかす為のダミー機材を裏でせっせと作っていた。


そして、引き払う前日になると、本物の機材を研究室から持ち出して、作ったダミー機材を代わりに置き、翌日には何事もなかったかのように研究室を引き払ったそうだ。


また、そのダミーの精巧さから、研究機材を処分した業者や第一研究所の施設管理部の面々も誰一人としてそれが偽物だと疑わず、そのままそのダミー機材を、

本物が壊れたと思いながら処分したため、一切バレることなく今に至っている。


肝心の持ち出した機材一式はというと、伊藤家の鍵付き地下室に置いてあり、

その鍵もウチの親父と堂林さん、それから笹木さんにしか渡していない。


ちなみにこの地下室、もともと戦時中に伊藤のひいおじいさんが高齢で足の悪かった自分の母親のために防空壕として作ったものらしく、家を改築する際に埋めずに残して利用できるようにしたものだそうだ。


話を戻そう。


俺は伊藤に恐る恐る尋ねた。


「それは何か、全くもって”未知のもの”ってことか?」

「そうだ、だから俺は最初にお前に聞いたんだ。ホントに学校の神社で拾ってきたのかって。あの分析器は御見神もわかってると思うが、全ての物質は特定できない。

じゃあその特定できない物質とは何か、それは気体状態の物質だ。


気体じゃなくても揮発性の高い液体あるいは昇華性の高い固体、すなわち常温常圧下ではすぐに気体になってしまうような不安定な物質は分析できない。」


陽子分析器は気体状態の物質は測定して分析はできない。

それは、気体状態では物質を構成している分子の運動が早すぎるからだ。


だが、言い換えると、安定した固体や液体状態の物質ならそれを

構成している現時点で発見されてる原子、全てを特定することができるのである。


「これはもうすでに確認したが、

あの石は不安定な昇華性の高い固体でもなければ揮発性の高い固体に見える液体でもない。しかも常温常圧下では空気中の原子や分子に何ら影響を及ぼすことなく完全に安定した状態を維持し、完璧な固体状態を取っている。


なのに陽子分析器を持ってしても特定できない。


そんなものが一高校の一神社に転がっていたって話をおいそれと信じられないのはわかるだろう?」


伊藤は腰掛けていたベットを下りて、俺の方に体を近づけてその場に胡坐をかいて座った。そして、俺の耳元に自分の口を近づけるために目の前にあるテーブルに身を乗り出した。


「いいか御見神、正直言ってあんなもんは俺たちの手に負えん。

かと言って、どこかの研究所に持って行ったら間違いなくややこしいことになる。


最悪の場合、映画やドラマじゃないが、

俺たちが知る由もない誰かによって消されるなんて冗談抜きで起こりうるぞ。」


俺は半分脅しのような言葉のせいで次に発する言葉がなかなか見つからなかった。理解が追いついていなかったのだ。それでもなんとか絞り出して答えた。


「い、いや考えすぎじゃないのか? さすがにそこまでのものじゃないだろう?」


「御見神、否定したくなる気持ちはわかる。俺も何度も自分の目を疑った。

だがな、俺は冗談や酔狂でこんな話はしないし、陽子分析器が表示してくる結果は何度試しても”error”じゃなく”unknown”になる。


分析器は測定方法が間違ってる時かさっきも言ったけど、物質が測定できない気体状態の物質が入った専用容器をステージに置いたとき機械は必ず”error”と表示する。


反対に”unknown”が意味するのは物質自体は測定してるが機器に登録されていない原子情報が出てきた時だけに表示されるようにできてる。


これは動かしようのない事実だ。」


伊藤はそう言い終えると乗り出していた体を下げて、すぐ後ろにあるベッドの側面に寄り掛かった。俺たちは今、目の前に人類にとって喜ばしい世紀の大発見をしたはずなのに、発見した状況からパンドラの箱を開けてしまったという感じのほうが強かった。見つけたものが大きすぎて怖くなっていた。


「あの石は今、どこにあるんだ?」


俺は震えた声で伊藤に尋ねる。


「誰にも見つからないように地下の親父の資料保存用の金庫に置いてある。」

「そうか、、」


その様子を見かねたのか伊藤が口を開いた。


「御見神、今日は一旦帰れ。今は俺もお前も明らかに動揺してる。これからどうすればいいかは明日でも考えられることだ。現時点でいろいろ考えてもいい案は浮かんでこないだろう。


今考えると、俺も今日中に話すべきだったかどうか動揺から正直判断がついてなかった。家にお前を呼ぶために電話した時、俺は完全に気が動転してたからな。」


俺はそれを聞いてなぜか少しだけほっとした.


「そうだな、そうする。」

「明日、続きは話そう。」

「あぁ」


俺は伊藤の家を後にした。

肌寒い夜風を浴びながら自転車に乗り、家への道を帰っていた。


「あ!」


だいぶ動揺も収まり、自分の家に帰りながら伊藤の話を整理していた時、肝心なことを忘れてることに気がついた。


(神代先輩があの石の本当の所有者なら、その正体をどこまで知っているんだ?)






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