第2話 卒業する君は
最近、学校が静かだ。
三年生がほとんど学校に来なくなり、一年生と二年生しかいないから。上級生がいなくなって過ごしやすいって人もいると思うけど、私は違う。
「恵里奈、おーい恵里奈? 聞いてる?」
「え? あ、うん聞いてるよ」
「絶対嘘! だって私、
隣にいるこの少しだけ騒がしい子は私の親友だ。関係は高校からだけど、私は
「最近、恵里奈ぼーっとしてない? いくら先輩卒業しちゃうからって気抜けすぎ。告白するんでしょ、そんなんじゃダメだよ」
私はぎこちない笑顔を見せるだけで何も言わなかった。その姿に楓も何かを感じ取ったのか、今だけは何も言わないでくれた。その思いやりが私の涙を誘った。
鳥羽先輩は一つ上の先輩で、もうすぐこの学校を卒業してしまう。私は完全に一目惚れで、一年の頃から鳥羽先輩に片想いをしている。引っ込み思案というわけでもなかった私だけど、鳥羽先輩を前にすると言葉が急に頭の中から飛び出してしまい、何も言えなくなってしまう。
「それは恋だよ」
その時の楓の言葉は今でも覚えている。自分が始めて本当の恋に気づいた瞬間だった。これまでも何人かの人と付き合ってきたし、好きだったけど、今回みたいなことはなかった。自分がどれだけ幼い恋愛をしていたのか気づいて恥ずかしくなった。
楓の助力もあり、なんとか先輩と話せるようにはなったけど、しばらくそのままの関係が続いた。
そして、先輩の受験も終わり、学校に卒業ムードが流れ始めたそんな時、楓から卒業式当日に告白することを勧められた。よく聞く話だ。先輩には彼女がいないみたいだし、問題はないはず。
だったのに。
「はぁ……」
私はそれを無視して、告白してしまった。
きっと結果は変わらない。けど、私は先輩の不意をつくようなことして、それで。
「…………」
それで逃げ出してしまった。返事を聞くこともなく。
「どうして……」
どうしてあんなところにいたんだろう。
あの時、なぜか学校にいないはずの先輩が校舎裏の花に水をやっていた。心からその花を
声を掛けずにはいられなかった。言葉を交わすと、本当に先輩は変わってなくって、それでいて受験の緊張や不安から解放された喜びがうかがえた。
おめでとう、なんて、先輩の受験結果を聞いた全ての人が言ったであろう言葉を口に出して、心が締め付けられた。私が今一番思っていることを言いたい。言ってしまいたい。けど、ここで言えるのなら、きっと出会った瞬間に言っていた。
「もう卒業だなーって別に木村は卒業じゃないか」
「……早く卒業したいですよ」
「あと一年頑張れ!」
鳥羽先輩は握り拳を作って応援してくれた。きっと何も分かってはいない。
「…………」
こんなにも人は人を愛せるんだな、と思った。胸が張り裂けそう、なんて大袈裟な表現だと思っていたけど、本当に張り裂けそうな自分がそこにいる。
「俺帰るわ。花に水やりにきただけだし。俺も忙しいかもだけど、相談とかあれば……まぁ、ないか」
鳥羽先輩は恥ずかしくなったのか「じゃあ」と私に背を見せた。
「え?」
気づいた時には、帰ろうとする先輩の袖を掴んでいた。掴んで握って、離した。
「頑張りたくないですよ……」
告白のときは絶対に泣かないと決めていた。鳥羽先輩を困らせてしまうだけだから。そう決めていたはずのに。
「先輩が好きです」
そして、私は返事を聞くこともなく逃げてしまった。背後から私を呼ぶ先輩の声が聞こえたけど、立ち止まることも振り返ることもできなかった。
それ以来、あの時のことを思い出してぼーっとすることが多くなってしまった。
「このままじゃダメだよね」
謝罪のLINEもメールも電話もしていない。このままでいいはずがない。私は決意を固めて、教室を飛び出した。そして、なぜか校舎裏の花壇へ行った。
「よっすよっす」
そして、なぜか先輩がいた。
「な、な、な、な、なぁ⁉︎」
私が体を仰け反らして驚くと、先輩は腹を抱えて笑った。
「ぶゃっはははははははははッ! ナイスリアクション!」
褒められているようだけど、全然嬉しくない。我に返った私は告白の件について謝った。
「あ、あの……この間はすみませんでした」
「本当だよ。急にどっか行くからびっくりしたよ」
先輩の調子はいつもと変わらない。きっと先輩にとっては私からの告白なんて大したことではなかったのだろう。悲しい、とても悲しいが、気まずい雰囲気で終わることがなくてよかった。
「告白の返事だけどさ」
先輩の口から出た『告白』という単語に心臓が跳ね上がる。ダメだったと分かっていても期待してしまう自分がいる。
「卒業式の日に言うよ」
先輩はそう言うと、いたずらっ子みたいに笑った。
「っじゃ。俺はそういうことで」
「あっ……」
今度は先輩の方が走っていってしまった。
「卒業式……」
心臓の音が聞こえる。これでは当初予定した計画と逆になってしまった。けど。
「頑張ろ!」
前と違ってとても晴れやかな気分で、どんな結果でも、今度は泣かずにいられる気がした。
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