リキット・ルージュ

Scene.56

 リキット・ルージュ


 コミカルな有翼龍が描かれた扉の向こう側から銃声が響く。その音色に合わせて、消えかかった看板の色鮮やかなネオンサインが闇の中で幽かに瞬いていた。

 銃口から発せられる閃光を反射するミラーボール。トロイカ地下街の第三階層。廃れたクラブハウスの中で始まった激しい銃撃戦。

「お前らササラモサラにしてやるぞン」

 ショッキングピンクの二丁のマシンガンを振り回して、緋色の眼をした少女が飛び跳ねる。数多の弾丸を擦り抜けて、狙いを定める。吐き出される薬莢が床に落ちる度、誰かの断末魔が聞こえてきた。悲鳴と銃声に包まれたダンスフロアは、かつての賑わいを取り戻した様に騒がしい。

「相手は一人だ、さっさと仕留めろ」

「野郎、ぶっ殺してやる!」

「あたしは野郎じゃねェーぞ、コラァ!!」

 白兎はAK47を構える男たちの下へと滑り込んで、ふわりと両手を広げた。二丁のマシンガンの先には、少女に銃口を向けようとする男たち。即座にトリガーを引き絞った。

「キリがねェーな」

 白いコートの少女が吐き捨てる。返り血に染まった横顔は、あまりにも寒々しく、美しい。幾度、銃弾が少女の躯を貫いても、この残虐な天使が床に膝を付くことはない。その瞳は不気味なほど、紅く、爛々と光っている。コートの中から取り出した手榴弾のピンを抜く。とびっきりの笑顔で投げつけて、余裕たっぷり、空になった弾倉を捨てる。爆音と同時に、閃光が瞬いた。

 彼の頭上では安っぽいネオンの光がちらつく。

 扉の向こうから響く銃声を聞きながら煙草を蒸かしていた赤い髪の男は、吸い殻を投げ捨てる。溜息をつくかのように紫煙を吐き出した。傷だらけのオイルライターをコートの胸ポケットに仕舞う。そして、両手にイングラムを携えて、赤い髪の男は颯爽とドアを蹴った。

「助けに来たぜ、兎ちゃん」

 夢中で銃撃戦に勤しむ者たちに、彼の声は聞こえていない。誰一人、彼に気がつくことなく、思い思いに銃を撃っている。

 暫しの沈黙のあと、彼は何かを喚きながら引き金を絞った。降り注ぐ銃弾は、手当り次第に、無造作に、標的を薙ぎ払ってゆく。

 静かなになったところで、彼はもう一度同じ台詞を言った。少し大きな声で。

「助けに来たぜ! 兎ちゃん!」

「頼んでないぞン。てゆーか、誰?」

 乱入して来た赤い髪の男に向かって、白兎は引き金を引いた。ひらりと男は鉛弾を躱す。そして、イングラムを構えた。銀色の重厚から放たれた弾丸はイルゼの後ろの男たちを吹き飛ばす。

「頼まれなくても助けに来る。それがスーパーヒーローってもんだろ」

「あっそ。だっさ」

 イルゼの放った弾丸がジョバンニの傍で銃を構える女を撃ち抜いた。

「とりあえず、立ち話もあれなんで」

「そうだね、さっさと終わらせようか」

 四丁のマシンガンが一斉に火を吹いた。

 ひとしきり撃ち終わったあと、そこら中に死体が散らばるダンスフロアで、銃のマガジンを取り替えながら、イルゼは口を開いた。

「で、あんた誰?」

「ジョバンニ。鷲鼻に頼まれた」

「あっさり言うね」

「まあね、雇われただけだし。それに鷲鼻もあんたとの戦争は望んでないそうだよ。で、助けに来たってわけ」

「面倒くさい奴だな。まあ、アイツらしいけど」

 突然、銃声が響いた。咄嗟に二人が音のした方を向いて銃を構える。脚を撃たれ、壁にもたれかかった女が、弱々しく銃を構えていた。その女の傍に白兎は歩み寄った。ショッキングピンクのクリス・ヴェクターを瀕死の女に向ける。

「静かにしてればよかったのに」

 引き金に指をかけた瞬間、ふわり、と少女は屈んで、その女の赤い唇にキスをする。

 そして、不気味に口角を釣り上げた。

「お姉さん、あの蜥蜴女に伝えて。絶対殺してやるって」


 氷の都トロイカ。

 この街の広大な地下空間は、その昔、避難用のシェルターとして建設されたという。その巨大な穴は、今日では厄介事を放り込む処分場となっている。

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