ラヴレター

Scene.49

 ラヴレター


 その日は雪が降っていて、風もなく静かで、カップの中のホットコーヒーが何とも有り難い日だった。窓から射し込む午後の日差しはやわらかくて、ついつい居眠りして仕舞いそうだ。ふわり、と欠伸をする。そんな平穏をぶち壊すかのように、窓の外から、激しいエンジン音がオフィスの中へと流れ込んだ。何だ、と彼女が窓の方を見遣る。

 直後、窓ガラスが砕け散る。

 ――手榴弾か!

 空気が凍りついた。オフィスの中にいた職員たちが一斉にしゃがむ。しかし、爆発はなく、ただ沈黙が続いていた。割れた窓から吹き込む風に吹かれて書類が飛び散る。台風の様な一瞬の喧騒の中でも自分のデスクに座ったまま、紙タバコを蒸かしていたネスが立ち上がった。そのまま窓際へと歩み出す。

 風音の中に、ピンヒールの靴音だけが響いていた。

 その姿を見て、若い警官が立ち上がる。

「少佐! 危険です! 爆弾かも!」

「何やってんのさ、いいから君たち。早くアイツら追いかけて」

「は、はい……」

 彼女の睨みを受けて、何人かの警官がコートを掴んで、慌ただしくオフィスから飛び出していく。

 彼らの後ろ姿を見つめて、彼女は溜め息をひとつ。

 やれやれ物騒になってきた、と呟きながら、彼女は外から投げ込まれたものを拾い上げた。

「へェ、カワイイじゃない」

 それは女の生首だった。ブロンドの髪に、見開かれた青い瞳。胴体は見当たらない。一度、洗浄されたのか、肌は青い整脈が浮かび上がるほど白く、ブロンドの髪は寒さで凍りついている。

 その髪を掴んで、ざわつくオフィスの中で掲げる。

「この中に誰か知り合い居るかなー? 心当たりある人ー?」

「そ、それ……、シャロンじゃないですか?」

「誰それ?」

「うちの警官ですよ、麻薬担当の。昨晩、パトロールに出たっきり戻ってません。あんまりオフィスに戻らない奴なんで……」

「そして、生首になって帰ってきたか。彼女は何を追ってたの?」

「幻覚剤です。確か、南区のアシッドハウスって菓子メーカーの捜査をしていたはずです。何でもチョコレートの包み紙に幻覚剤を染み込ませたものを造ってるらしくて」

「なるほど……。なかなか良いラブレターじゃないか」

「どっかのマフィアの仕業でしょうか?」

「鷲鼻じゃないね。あいつはこんなに気の利いたラブレターなんて出すタイプじゃないから」

 生首の青い瞳を覗き込みながら、彼女は少し考えて。

「んー……、そろそろ地下も警戒しときますかー?」

「……地下ですか?」

「多分ね。幻覚剤の出所。第三階層はほとんど手をつけてないからさ。これでも人命優先だし。でも、そろそろ十字軍を派遣しなくちゃね」

 そう言って、彼女はその生首に微笑みかけた。

「ああ、それとこの娘の胴体も探してあげないとね」


 氷の都トロイカ。

 凍りつき、圧縮され、どんなに硬くなった氷でも、いつかは溶けて仕舞う。それは秩序やルールでも同じだ。これは見せしめか、或いは、宣戦布告か。雪解けの時はいつだろうか。

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