百合の咲く場所で
Scene.36
百合の咲く場所で
――正義などという言葉は臆病者が唱えるものだ。目的を果たす時まで、私は退かない。この力こそが、私の正義だ。何人にも邪魔をさせない!
光輝く舞台の中で、主演の女優は両腕を広げ、空を仰いだ。
凛、とした彼女の姿に観客は目を奪われている。
その可憐で清楚な百合の花は、血生臭い戦場に於いても、尚、毅然と咲き誇ることだろう。死に際の、その一瞬までも誇らしく、潔く。
白く、白く、尚も……。
劇場の二階席で舞台を眺めながら、セシルはグラスを傾ける。その色は鮮やかすぎる赤。まるで血の様な。そのグラスの中はトマトジュースとウォッカ。ブラッディメアリー、お気に入りのカクテルだった。彼の足元には、血まみれの黒いスーツを纏った男が転がっていた。これもお気に入りだ。
こういう脅しは彼の常套手段だった。何度も繰り返し観た古いマフィア映画の中のワンシーン。悪党が華やかだった時代の、自由と暴力の時代の、それはまさに夢の様な光景。それに比べて今は、窮屈過ぎる。セシルは脚を組み直した。
彼の向かいでは、赤い髪の男が退屈そうに紫煙をくぐもらせている。
「新しい抗争屋を探してる」
「何で俺? 他にいるっしょ? イカれたウサギちゃんとか」
「だったら、何故俺はお前に声をかけたと思う?」
「ウサギちゃんに逃げられた、とか?」
「元々、不仲でね」
「金で動くあいつが、ね」
「どうだ? 自由に人が殺せる舞台に立ちたいと思わないか?」
「悪くないとは思うよ、そういうの。でも、今の自由も結構気に入ってる。組織とか、そういうの嫌いでね。それとウサギの代わりってのが気に入らないんだよね」
「金なら、いくらでも出す。それこそ、飽きないくらいな」
「流石は鷲鼻さん。そういうところ、悪党らしくて好感持てるよ。この話、断ったら俺を殺すか?」
「悪い話じゃないだろう?」
「どうかな?」
にこやかに赤い髪の男は微笑んだ。「あの兎と殺り合うのに、金なんて報酬は無価値だよ」
「他に何が欲しい?」
舞台は佳境に入っている。
壇上で、高らかに叫んだ。
――馬だ。馬をよこせ! 代わりに私の国をくれてやる!
氷の都トロイカ。
雪と氷に覆われた舞台の上では日々様々な物語が繰り広げられている。そして、今日も新しい脚本が描かれるのだった。
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