玻璃の弾丸

Scene.33

 玻璃の弾丸


「これ、デンマーク製?」

「はい。デンマーク製です。最新のアイテムですよ、奥様」

「中々いいわね」

 街の一角を切り取るその巨きなショー・ウィンドウは、日曜日の賑わいを見せる中央区角のハングマン通りを映していた。その家具店の中、様々な北欧家具に取り囲まれて、黒い毛皮のコートを羽織った女がオレンジ色のモダンな椅子を眺めながら、にこやかに女性店員と談笑している。

 今日もトロイカの空からは真っ白な雪が舞っていた。

 日曜日の午後のハングマン通りは買い物客で溢れている。雪に閉ざされることの多いトロイカでは、必然的に室内で過ごす時間が長くなる。だから、この街の住人には家具にこだわりを持つ者が多い。

 彼女も例に漏れず、そんな閉ざされた街の住人だった。

「新しいテーブルもほしいのだけど……。そうね、背の高いのがいいわ」

「それでしたら、こちらのミキシング・テーブルはいかがですか? こうして……、パーツを入れ換えて高さを調整できますよ」

「へえ、素敵じゃない。それも買うわ」

「ありがとうございます」

 弾けるような笑顔で店員の女性は微笑んだ。今日の客は羽振りが良いらしい。

 ショー・ウィンドウの外を買い物客たちが行き交っている。その中をオレンジ色のモードコートに白いストールを纏い、黒いハンチング帽を被った少女が歩いていた。ブラウンのブーツが石畳を鳴らす。彼女は歩きながら左手に下げたバッグからピース・メイカーを取り出すと撃鉄を起こし、ショー・ウィンドウの中の、黒い コートの女性へ銃口を向けた。

 西部開拓時代に生まれ、その六連のシリンダーから今も尚、沈黙という名の平和を放ち続けるサミュエル・コルトの最高傑作、コルト・シングルアクション・アーミー。その英雄的なリボルバーは白昼のハングマン通りに一発の銃声と、店員の悲鳴を響かせた。

 砕け散った玻璃が、赤い血を幽かな陽光に透かせる。

 頭を弾かれた死体は魚みたいに跳ねていた。ふわり、と踵を返して少女は歩き去る。

「もしもし、おっさん? 終わったよ」

「はい。お疲れ様。今日はもう何も無いから。遊んで帰ってもいいぞ」

「了解」

 サイレンの音を遠くに。少女は白い雪を踏んだ。

 溜め息をついて、電話を切る。

 最近は殺人の理由を聞くこともなくなった。どうせ、裁判で不利な証言をされないようにだとか、出世するために邪魔な者を消したいだとか、別れ話を切り出しても別れてくれないだとか、そういうくだらない理由だろうから。何回か、こういう仕事をしたけど、慣れたくはなかった。しかし、今では何の抵抗もなくトリガーを引けていることも事実だ。

 ――真っ直ぐに見つめるんだ。

 そう言い聞かされてきた。腕も、指先も、視線も一直線になるように、と。その条件が整った時、ただ指先に、少しだけ力を込めればいい。

 簡単すぎて、私は怖かった。

 いつか私も、こうやって呆気なく死んじゃうんじゃないかって。

 白い空を見上げて、溜息をつく。コートのポケットに携帯を突っ込んだ。その瞬間、着信音が路地裏に響く。ディスプレイに表示されている番号に見覚えはない。少々戸惑いながらも、メリッサは携帯を耳に当てた。

 その声に、少女は耳を傾ける。

「……解りました。直ぐに向かいます」


 氷の都トロイカ。

 日々暗殺や謀殺が行われるこの街では道を歩く子どもにさえ、警戒しなければならない。時に彼らは敵の放ったヒットマンかもしれないのだから。

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