ラヴバード、鳴く空

羊たちのジレンマ

Scene.18

 羊たちのジレンマ


「お姉ちゃん何食べる? ステーキ? それなら良いお店があるんだ。人肉使ってるって噂の。どう?」

 銀髪の女が首を左右に振った。レストランやカフェが並ぶ西区画のキッチン・ストリート。彼女と並んで歩くウサ耳フード付の白いコートを着た少女は、困ったように眉をしかめた。当たり前です、昼間からステーキなんて、という視線が隣を歩くコバルトブルーの瞳から送られる。

 この街は変わらない。

 相変わらず、今日もまた雪が降っている。いつも通りの寒い日だった。

 通りでは、黒いコートの男がフィッシュ精肉店の紙袋を持って野暮ったく歩いていれば、パン工房ライスのフランスパンを抱えた猫背の牧師が世間話をしながら新聞を買っている。そこから少し離れたカフェ・トムキャロットのテーブル席では、茶髪の女刑事が紙タバコを片手にホットココアを楽しんでいた。

 そんな、いつも通りの午後の風景の中を二人も流れていく。

「んー。じゃー、さー。オニオン・ジャックでイタリアンは?」

「御機嫌よう。お姉さん方、哀れな我々に慈悲の心を」

 ウサ耳フードの揺れる背中に、三人組の柄の悪い男たちが声をかけた。この街ではよく見かける光景だった。弱者から搾取しなければ、この街では生きていけない。そういう街なのだ。悪は悪でなく、善は善でもない。強いか、弱いか。それがこの街では重要なのだ。故に、過剰防衛なんて言葉は存在しない。

 毎日誰かが殺され、毎日その報復が行われる。日常はその繰り返しだ。この街はそんな悪循環の様な鎖に繋がれていた。羊は狼に噛み殺され、狼は銃によって駆除される。その銃を造り、売るのは羊だ。

 その輪っかは常にぐるぐると回転を続けている。

 少し、変わったことと言えば、地下の連中が地上に出始めたくらいだろうか。白いコートの少女は、金色の前髪を弄りながら、そんなことを考えていた。また背後で喚く声がする。吠えなければ、駆除されることもないだろうに。銀髪の女は、白く溜め息をついた。

「なァーに?」

 ゆっくりと、二人は振り向いた。それぞれの手にスターム・ルガーとイングラムを携えて。この街の人間にとって、慈悲なんて言葉は価値を持たない。状況は常に、狼か羊かだ。彼らは運が悪かったのだろう。武器を片手に地下街から這い上がって、日の光を浴びた途端の不運だった。

 男たちの顔色が青ざめる。

「え。ちょ……。待って」

「聞こえなーい」

「助け……」

「さあ、羊さん。吠えてみるかい?」

 短く、銃声が響いた。

 白昼のキッチンストリートに血塗れの死体が三体。仲良く転がった。


 氷の都トロイカ。

 善も悪もないこの街では、実力のある者がルールである。時にその残酷なまでの能力主義は、悲惨な格差を生み出すのだった。

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