第29話 その家に居る何か

これは私事Kが、東北に住む学生時代の後輩のSから聞いた話だ。


Sが知人の不動産屋から、中古物件を安く購入したらしく、お祝いがてらにと、飲み屋でSと一緒に飲んでいた時、


ふと、Sが浮かない顔で私に話してきた。


「Kさん、座敷童子って、知ってますか?」


「おいおい唐突だな。あれだろ?子供の姿をした妖怪で、住み着いた家に富をもたらすみたいな、確か、岩手の方で有名な妖怪だったっけ?」


「そうそう、それです。いや、実は・・・」


「何?もしかしてそれ系の話?」


「えっ?あ、実は・・・はい。良ければ聞いてもらえます?」


もちろん、そう言って私はグラス片手に、後輩Sの話に耳を傾けた。




新居に引っ越して、ようやく落ち着いた頃でした。


ある休みの日、家族で買い物に行こうって事になったんですけど、連日の引越しの片付けと、たまった仕事の処理でバテていた僕は、買い物には行かず、一人留守番をする事にしたんです。


買い物には嫁と娘の二人だけで行ってもらって、僕は自分の部屋で座布団を枕代わりにして、横になってました。


よほど疲れていたのか、気が付くと僕は夕方までぐっすりと寝込んでいました。


カーテンから差し込む夕日がまぶしく感じて、僕はノロノロとお起き上がりました。大きく背伸びをして、欠伸をしながら部屋の置時計に目をやったときの事です。


ダダダダッ、


急に廊下から足音がしたんです。何だろうと思い、すぐに入り口の襖に目をやりました。


すると襖はガラッと勢いよく開いて、買い物に行っていた娘が入って来たんです。


「お帰り、」


と僕が娘に言うと、娘は返事もせず、今しがた開いた襖を勢いよく閉じたんです。


不思議に思った僕は、何事かと娘に尋ねました。


すると娘は、


「怖いのが来る・・・」


えっ?


突然娘が訳の分からない事を言ってきたんです。しかも閉じた襖を思いっきり固定するかのように、自分の体を襖に密着させて襖が開かないようにしてたんです。


一体どうしたんだ、そう思った時でした。


「ただいまー」


声は玄関からで、嫁の声でした。僕はなるほど、と思い娘を見ました。


ようはアレです、子供がよくやるようなイタズラ。かくれんぼというか、部屋に入れてあげない、みたいな。


僕は娘の必死な顔を見て、それがなんだかおかしくなり、その悪ふざけに付き合う事にしたんです。


「あなた、起きてる?」


嫁の足音が部屋にだんだんと近づき、やがて襖の前で足音は止みました。


ギッ


と、襖から音が鳴りました。

嫁が襖に手を掛け、横に引こうとしたのでしょう。しかし襖は僕と娘とでしっかりと閉じられていた為、そう簡単には開きません。


「何?何かつっかえてるの?」


嫁の不満そうな声に、娘が、


「ダメ!入ってこないで!」


と強く言い放ちました。


「そうだ、入ってくるなー」


娘に続くように、僕はふざけた口調でそう言いました。すると、


「お母さんじゃない!来るな化け物!」


娘の怒鳴るような声、さすがに化け物は言いすぎだと思い、僕は娘の肩に手をやり、


「こら、言いすぎだぞ」


と声を掛けたんです。しかし娘は、


「だめ!こいつお母さんじゃない!」


「えっ?」


娘のあまりの真剣な表情。そしてその声に、思わず僕は娘の肩から手をはなしてしまいました。


「部屋に入れたら大変な事になる、こいつはお母さんじゃない、偽者だから、信じちゃだめ!」


畳み掛けるように言ってくる娘に僕は困惑してしまい、だんだんと襖の向こうにいるはずの嫁に、言い知れぬ不安のようなものを感じ始めたんです。


「お母さんじゃないって、じゃあなんなんだ・・・?」


僕がそう言うと、娘は、


「化け物!」


今にも泣きそうな娘はそう叫ぶと、襖を更に強く押さえつけたんです。すると、


ドンッ!


と、家が大きく揺れるような大きな音が響いたんです。

地震かと一瞬思いましたが、僕はこの一連の事に、地震じゃない、おそらくもっと別の何かだと確信しました。よくは分かりません。ただ、何かがおかしいのです。


いつもの家、いつもの家族、それらがまったく異質の、そう、どこか別次元に迷い込んだかのような錯覚に陥りそうになった時でした。


「ただいまー」


えっ・・・?


玄関のドアが開き、家の中へ響いてきた声。それは、娘の声でした。慣れし親しんだ、いつもの娘の声。


でも、いや、じゃあ今ここにいる娘は一体・・・


考えるより先に、僕の心臓は恐怖で凍りつきそうになっていました。


俯く娘の顔が、ゆっくりと僕を見上げるように、頭だけが動きました。娘の顔ではありません。能面のような顔。一切の感情を捨てたような青白い顔が、僕をじっと見ていました。


瞬間、僕の体は襖に寄りかかるように崩れ落ちました。いつの間にか娘だったはずのその姿は、僕の知っている娘の姿ではありませんでした。


古びた着物姿をした、おかっぱ頭の幼い女の子。


それが口元だけをニヤリと歪め僕を見下ろしていました。


そして、


”ひひ、ひひひ、ひゃははははははは!”


子供の口が大きく開き、いびつな笑い声が響き渡りました。


「うわぁぁぁぁっ!?」


僕はその笑い声に耐えれず、反射的に叫び声を上げていました。


が、それと同時に、僕の耳元に廊下から走ってくる足音が響いてきました。

振り向くと、襖が勢いよく開かれ、嫁が姿を現したんです。


その瞬間、体中の力がすぅっと抜け落ち、意識が一瞬で遠のくのを感じました。


後の事はよく覚えていません、ただ、その時の事を後に嫁に話しても、疲れて夢でもみたのだと、笑われるばかりです。


Sは軽くため息をつきながらそう言って苦笑いを見せた。


「ひょっとしてあれ、座敷わらしだったんじゃないかって、今では思ってましてね。その姿や格好から、よく耳にする姿と同じですし。いや、そうだったらいいな、って」


話を続けるS、しかし私はそんなSにある疑問を浮かべていた。話を聞いていて、当たり前のように浮かんだ疑問だ。


「なあS」


「はい?」


「襖の前にいた嫁さんは、一体誰だったんだ?」


「えっ?嫁は嫁ですけど・・・?」


「いや、Sの話を聞いてたらさ、最後に廊下を走ってくる足音の主は嫁さんだったんだろ?だったら最初から襖の前にいた嫁さんは、一体誰だったんだ?」


「あっ・・・」


Sは短く言葉を零すと、それっきり何も言わずに黙り込んでしまった。


「あの、」


突然の声に振り向くと、店の女性店員が私たちのいる座敷の前に、申し訳なさそうにして立っていた。ラストオーダーには、まだ早い時間だ。


「あの、先ほどから外でご家族の方がお待ちのようですよ」


「家族?」


「ええ、外で待たれていたのでお声をお掛けしたら、こちらのお客さんの連れだとか。中にお入りくださいと言ったんですけど、外で待ちますからと言われまして」


「S、お前嫁さんが迎えに来てるらしいぞ」


私がSにそう声を掛けると、Sは何かに驚いたかのようにビクリと肩を震わせ、突然立ち上がり、食い入るように女性店員に詰め寄った、


「こ、子供は?子供はいましたか?お、女の子?」


変な事を聞く奴だなと、私が思っていると、女性店員はSに気圧されながらも、どこか訝しげな顔でこう答えた


「えっ、あ、はい。女の子も一緒でした着物姿の……」


──了──

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