第17話 消し去りたい一枚の写真

「今日も散々だった……」

「こっちは楽しかったけど?」

「私も楽しかったよ!」

「わたしは違うんだよ……」


 キャラメルマキアートをちびちびと飲みながら憂鬱そうに返事を返す。

 仕事を午後の早い段階で終わらせた俺達は、カフェで女子会の最中だ。

 落ち着いたBGMが静かに鳴る店内では、やはり同じくらいの年頃の女の子が楽しそうにガールズトークをしている真っ最中だ。

 時折視線を感じる気がするが、多分気のせいではない。

 黙っていれば高貴な雰囲気すら感じる金髪美人であるカレンと、小動物的な可愛らしさを持つ伊織。

 おまけに自分で言うのもなんだが白髪ロリの俺という、まず見かけることがないであろう三人組で目立つなという方が難しい。


「あ、そうそう。今日着た衣装は全部送っておいたから」

「……さいですか」

「ありがとうございます!」


 また家に服が増えるらしい。

 そんな簡単に渡していいのかと以前聞いたのだが、「着てくれればいいアピールにもなるわ」という理屈らしい。

 もしも着なかったら……なんてことは残念ながら伊織の目があるのでありえない。

 私服姿の俺は歩く広告塔なのだ。

 伊織が喜んでいるのはこれまでの貧乏生活によって培われた「勿体ない精神」のせいだろう。

 着られる服が増えることも嬉しいのだろうけれど、それとは別に俺の着せ替えをするという目的も兼ねている。

 毎回人形のように服を取っかえ引っ変えのファッションショーが自宅でも開かれるのだ。


「でも梓姉はあんまり着たがらないよね」

「あら、そうなの?」

「フリルとかリボンが付いた服は特に嫌がるんですよね。似合うと思うのになぁ」

「……フリルもリボンももう懲り懲りだよ」


 あれは一種のトラウマだ。

 出来ることなら二度と着たくない類のものだし、記憶から消してしまいたい。

 写真が既に世間に拡散されてしまっているので無意味なのはわかっているけれど。


「私はあの姿の梓ちゃんは好きよ? 正しく『天使』だったわね」


 そう言いながらテーブルの上に置かれたタブレットには、あの姿の写真が広がっていた。

 フリルとレース、そしてリボンがこれでもかとあしらわれた純白のゴスロリ系のドレスを纏い、目を瞑り手を組んで天へと祈りを捧げるようなポーズの少女――もとい、俺だ。

 ここまでならまだ良かったかもしれない。

 けれど、ここに一つ今でも「これ要るの?」と声を大にして叫びたい代物が混ざっている。

 ――背中から広がる白い翼だ。

 しかもあれはただの装飾品ではなく探索者用の装備品らしく、製作者を一週間ほど問い詰めたい。

 ちなみに製作者はカレンだったりする。


「いつ見ても最高の一枚ね、『白の天使』さん?」

「今すぐ消せっ!」

「だーめ。それに女の子がそんな言葉使ったらダメよ?」


 手を伸ばしてタブレットを強奪しようとするもひょいと躱されてしまい、にんまりと笑みを滲ませるカレンへと抵抗する術は残されていない。

 あれは……あれだけはこの世から消し去らなければならない黒歴史なのに。


「でも、これを着るって言ったのは梓ちゃんよ?」

「うぐっ……」


 それを言われるとぐうの音も出ない。

 カレンの言う通り、あれはあの時の俺自身が「やる」と決めたものなのだ。

 折角身寄りもなく、俺に至っては存在すら怪しいにも関わらず生活の保証もして貰った手前、なるべくカレンの要望には応えようと思っていた頃。

 あの写真が撮られたのはその矢先だった。

 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。


「この時は梓ちゃんも素直だったのにねぇ」

「あんなことされたら誰でも見る目が変わるでしょ……」

「まあまあ、そう落ち込まないで」


 伊織の優しさが身に染みるよ……ほんと。

 冷え切った心を少しでも慰めるべく、キャラメルマキアートへと手を伸ばす。

 甘いもので全て忘れるに限る。

 カロリー? そんなことは気にしてはいけない。

 その分だけ動けばいいのだ。

 現実逃避を繰り返していると、何かを思い出したらしいカレンが声を上げた。


「そうだ、一つ言い忘れていたことがあったわ」

「言い忘れていたこと……?」

「そうよ」


 きっぱりと言い放つカレンの雰囲気は真剣なものへと変わっていた。


「今日の撮影の時、梓ちゃんの着替えを見ていて気づいてしまったの」

「なるほど…………ん? ちょっとまって。着替えを見たって言った?」

「そんなことは今はどうでもいいのよ。重要なのは――」


 俺の抗議は一瞬で切り捨てられ、一度溜めが挟まれて告げられた内容は、


「下着が地味過ぎるのよっ!」


 バンっとテーブルを両手で叩いて大きな音が響き渡り、他の客の視線が一気に集中する。

 しかも内容が内容だけにヒソヒソとした話し声まで聞こえだした。

 そもそもこんな場所でその話題を振るのは人としてどうかと思う。


「声が大きいっ。それと、なんでカレンに……その、下着のことまで言われなきゃならないの」

「出来れば私だって言いたくなかったのよ? でも、あまりに見ていられなかったから」


 そんなにかと思って今日の下着を思い出してみる。

 確か、淡い水色で揃った装飾が少なめのやつだった気が……。


「……そんなに酷い?」

「当たり前じゃない。まだクマさんでもプリントされてる方がマシよ」


 言いたい放題だ。

 クマさんがプリントされてる下着って完全に子供用じゃないのか?

 俺のはそれよりも酷いと……?


「私も実はずっと思ってたんだ。そんなのじゃあ梓姉の魅力が下がっちゃうよ!」

「そんなの……」


 伊織までそう思っていたとは……。

 度重なる言葉責めによって俺の心はボロ雑巾のようにズタボロだ。


「だって……あんまり可愛いのとか持ってないし」


 ただの言い訳だ。

 本当は伊織が買ってきたものがクローゼットの奥に収納されているけれど、そんなことはカレンは知らないはず――


「そうなの? なら買いに行くわよ!」


 あっ、地雷踏んだ。

 即断即決、さもナイスアイデアと言い出しそうなカレンに同調するように、


「そうですね! それならきっと梓姉も着てくれます!」


 こっちも張り切ってしまったし、なんか二人とも目が怖い。

 伊織には悪いことをしてるとは思っていたけれど、どうにも勇気が出なかったんだよ許して。

 これはきっと、その罪を洗い流すための刑罰なのだろうと考えなければ頭がおかしくなりそうだ。

 逃げたい、とてもとても逃げ出したい。

 条件反射で椅子から立ち上がろうとした瞬間、


「どこにいくの?」


 隣に座っていた伊織に手を握られた。

 決して強くはないはずなのに、今は万力に挟まれたようにビクともしない。


「お、お手洗いに行きたいなぁ……」

「そっか。じゃあ一緒に行こっか」


 伊織さん……声は弾んでるのに顔が全く笑ってません。

 見え見えの嘘だってバレているのは火を見るよりも明らかで、それを踏まえた上での伊織の牽制だ。

 その後に待っているのは追撃である。


「もちろん、買いに行くわよね?」


 ――もう、断るという選択肢は残されていなかったのだ。

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