第13話 『貴公子』
彼は人が良さそうな柔和な笑みが優しげな印象を与える一方で、短めの金髪が相まって、言ってしまえば「チャラい」ように見えてしまう。
青白い光沢が眩しい金属と思われる軽鎧を纏い、腰には西洋風の剣を吊るしていて、背中には鎧と同色のカイトシールドを背負っていた。
一見してゲームでよく見る騎士のような装備の人だが、それを見て薄ら寒いものを覚えた。
あれだけの装備をしていて、足音一つすら立てずに背後にいた事実が信じられなかった。
普通ならば靴が地面と擦れる音やガチャガチャとした金属音が聞こえそうなものだが、それは今も一切聞こえない。
……しかし、あの顔はどこかで見たことがある気がするのだが、どうにも思い出せない。
上を向いて記憶の海を探る俺の隣で、凛華は彼を見て露骨に「うわ」と嫌悪感を隠そうともせずに呟いていた。
「なんでコレと会うかなぁ……」
「コレとは酷いじゃないか、凛華ちゃん」
「……凛華、この人と知り合いなの?」
眉間を揉んでいる凛華に小声で聞くと、
「アレは知らなくていいの。特に梓は」
「……どういうこと?」
「知らなくていい」の意味が理解出来ず、小首を傾げながら考えていると、
「――天使だ」
「ひゃうッ!?」
正しく瞬間移動とでも言うかのような速度で、彼は俺の目の前で片膝を着いて頭を垂れていた。
本当に意味がわからなかったし、彼がぽつりと言った言葉の意味も知りたくなかったのだが、現実というのは時に精神を切り刻むのだ。
「こんなにも美しい女性を私が見逃していたとは……っ! ですが、もう大丈夫です。私が貴女の剣となり盾となり――」
「黙れロリコンっ!」
そこまで言ったところで、凛華の身体がブレた。
目にも止まらぬ速さ――体術によるもの――で、凛華が彼へと隠し持っていた脇差による不意討ちを仕掛けて――
「――全く、危ないじゃないか」
何事も無かったかのように指と指の間で刃を挟み、変わらぬ笑みを浮かべる彼がいた。
割と本気で斬りにいったように見えたが、その刃が彼の身体へと届くことはなかった。
この一連のやり取りで彼の力量がなんとなくわかるが、今の俺では勝つことは難しいだろう。
「凛華ちゃんは腕を上げたね」
「……相変わらずデタラメですね」
しかし凛華は受け止められたことを悔やみはするものの、すんなりと引いて脇差を納めた。
……変わらずに嫌そうな顔をしていたが。
それにしても、この人は誰なんだろうか……。
そんな俺の心の中を読んだのか、彼は口を開いた。
「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね、天使様。私は天使様の忠実なる下僕――」
「黙れロリコンっ!」
凛華の叫びと、平手打ちがクリーンヒットした快音がダンジョンに響き渡った。
彼は手のひらの形に赤くなった頬を擦りながらも、先程と変わらない笑顔のままだった。
「それでは気を取り直して……。私は御剣士道。凛華ちゃんとは昔、私が道場で稽古をつけてもらっていた時に知り合ったんだ」
「へぇ…………ん? 士道……って、あの?」
「多分梓が考えているのと同一人物だよ。ね、『
すると彼――士道さんは照れ隠しのためか頬を掻いた。
『貴公子』というのは士道さんが巷で呼ばれている愛称……のようなものだ。
まあ、俺の『白の天使』と同じようなものだが、士道さんの方が格段に有名で、その愛称の由来もまともである。
俺の愛称の由来については奥底へと封印されるべきものなので触れないが、あれを言い出したカレンは頭がおかしいと思う。
それはおいといて。
実際に本人を目の当たりにすると、『貴公子』というのはお似合いのように見えた。
凛華が「ロリコン」と言っていたのが気にはなるが、少なくとも所作や言葉遣いは漫画の白馬に乗った王子様さながらだ。
格好もそれに合わせているのかもしれないから、実はノリノリでやっているのかもしれない。
「それで、天使様の御名前は――」
「あ、えっと……梓です。それと、天使様はやめてくれませんか」
「梓……ああ、なんて美しい響きだろうか……っ!」
俺の名前を何度も反芻し、噛み締めるように呟きながら感極まった様子の士道さんだが、それを凛華は汚物を見るような目で見ていた。
いくら凛華でもここまでなのは珍しい。
「……もう用がないならどっかいって」
「それは無理な相談だね。何せ私は天使様に一目惚れ――恋に落ちてしまったのだからッ!」
目の前で一目惚れ宣言をされても困るのだが。
それに俺は男と恋愛をする気持ちなんて全くこれっぽっちも持ち合わせていない。
「そんなの許すわけないでしょ? あんたみたいなロリコンに梓は渡さない」
「いや、勝手に話を進めないで欲しいんだけど」
「ちょっと黙ってて。梓を守るためには必要なの」
俺を守るためって……まるで士道さんが危険人物みたいじゃないか。
というか俺は凛華のものにもなった覚えがないんだが、それは今言わない方がいいだろう。
空気を読むってやつだ。
「ふむ、凛華ちゃんはもしかして
「違っ……くないけれどっ! とにかく、梓は私のなの! だから――」
「へわっ!?」
槍を左手に預けた凛華の右手に俺の身体が抱き寄せられて、ふにゅりと柔らかいものが押し付けられた。
身体が傾いているせいで脚に力が入らず、凛華に寄りかかるような体勢になっているが、それを気にする様子は見当たらない。
鼻先には白く艶かしい首筋が広がっていて、甘い香りを感じてしまい顔が熱くなる。
「ちょっ、凛華っ」
なんとか離してくれと心の底から願うものの、
「ちょっと我慢して」
と耳元で囁かれたので、渋々抵抗をやめることにした。
きっと何か考えがあるのだろう、俺にはまるでわからないが。
そして、見せつけるようにニヤリと笑みを向けて、
「ほら、私たちはこんなに仲がいいの。だからあんたは別な女の子でも探して。よりどりみどりなんでしょう?」
「仲がいい」の部分を強調する凛華の頬は、僅かに赤く染っているように見えた。
密着しているから熱いのだろうけれど、それなら離してくれてもいいんじゃないかと思うが、やはり考えはわからない。
それを聞いて士道さんは首を横に振る。
「凛華ちゃん、君は何もわかっていない! 確かに女性は沢山寄ってくるよ。でもね、私は天使様に一目惚れしたんだ! こんなにも、小さく可愛らしい天使様にっ!」
至極真面目な表情で叫んだのは、聞く方も恥ずかしくなるような内容だったが、それが自分に向けられていると思うと余計に、だ。
というか「小さく可愛らしい天使様」って俺のことだよな……?
非常に寒気がするのでやめてほしい、切実に。
あ、鳥肌が。
「やっぱりロリコンじゃない!」
俺の内心を読んだかのようなタイミングで凛華が再び士道さんを「ロリコン」と呼んだが、もう否定は出来ないと思う。
流石に今の俺くらいの少女に愛を叫ぶのは世間的に見てもアレだろう。
これでも士道さんは『貴公子』なんて呼ばれているのだから、人間はやはり外見じゃないなと謎の自己完結を済ませた。
「ロリコンではない! 愛すべき対象がロリだっただけだっ!」
「それをロリコンって言うのよ!」
ギャーギャーと騒ぐ二人をどこか遠い目で眺めながら、俺は心の底から願った。
――早く終わらないかな、と。
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