第3話 2回目の目覚め

 ……い、おい! 起きろ!


 はっ、と目が覚めた。

 もう着いたのか? ここは……。


「相変わらず目覚めの悪いやつだな。確か100年前もそんなだった気がする」


 私は辺りを見回した。

 そこは宇宙船の中だった。状況もさほど変わっていない。私は念のため確認することにした。


「ここは? ヘムト?」


 男は、はあ、と全身から息を吐き出してから椅子に腰掛けた。


「まああんたは眠ってたから、分からんだろうな。まあいい、説明してやるよ」


 そう言って男は細長い銀の塊を口にくわえた。


「おいら達はヘムトには行かない」

「は? 何でまた」

「ヘムトは、とんでもない星だったそうだ」


 男は力強く、その細長い銀の塊を奥歯の奥で噛み潰す、何度も。それからそれを床に叩きつけると、そのまま粉々になるまで踏みつけた。


「全く、どこの学者が調査したんだか。酸素濃度も気温も地表も全然予想と違って、とても人類が住める場所じゃ無かったそうで」


 まるで他人事のように私はその話を聞きそうになっていた。

 しかし、はっとした、その星は紛れもなく私たち人類が最後の拠り所にしていた場所だったはずだ。それで、どうするんだ? そんな私の思考にもお構いなしに男は続ける。


「そんで作戦変更だ。78光年先に、また別の惑星があるらしい。今そこに向かってる」


 はあ、道理で。だから私の担当がまた回って来たのか。まあ仕方ない、お楽しみが少し伸びただけか。私は肩の力をすっと抜いた。


「あぁ、話はわかった。引き継ぎはそれだけか? 仕事は大体覚えてる」


 そんな私のほっとした表情を見て、男は大きく首を横に振った。


「それだけじゃない、おいら達の仕事は100年前と全く逆だ」

「逆?」


 口をぽかん、と開けた私の表情を、男はキッと、刺すように睨みつけた。


「78光年延びた、そのせいで見込んでいた核エネルギーが足りなくなった。だからおいら達の仕事は人類のメンテナンスではない。逆だ、一人一人殺していくんだ」

「殺す? 何で?」

「だってそうだろう、このまま凍結冬眠を維持するにはせいぜい40年くらいしかもたない。そうすればみんな共倒れだ。そうならないために政府が決めた順序で下位のランクの人間からカプセルの電源を切って、その死体を捨てる、これがおいら達の仕事」


 何だって? なんでそんな死刑執行人のような役を……。

 前回の仕事はまるで神のような、眠る人類を暖かく見守る誇りを持てる仕事だったのに。今回は眠っている人を黙って殺して、捨てろというのか?


「そんなこと、勝手にしていいのか? 本人に許可は取っているのか?」

「はあ? あんたもアホだな、死んでもらえますか、って言われてはいって言う馬鹿がどこにいるんだよ。眠ったまま、分からないまま苦しまずに死ねるんだ、いいじゃねえか。しかもこいつら何も苦労してないぜ? おいらたちが必死に仕事している間、ただ黙って寝ているだけじゃないか。仕方ないんだよ」

「そんな……彼らだって、大事な命だろう。私たちのことを信じて眠っているんじゃないのか? それを無下に殺すなんて——」

「じゃあどうしろって言うんだよ。今すぐ核エネルギーを100倍にする画期的な方法があるのか? それとも全人類が生きられる星をあんたは作れるのか? 何もできないくせにわかったような事は言うんじゃないよ」


 確かに男の言う事は正論だった。

 大した策も持っていなかった私は男から仕事を引き継いだ。

 紙に書かれた人のカプセルに行き、電源を落とす。死亡を確認してから、それをダストボックスに入れ、宇宙に放つ。

 その消えゆく姿はまるで星になっていくように見えた。

 あの人たちは眠る時、起きた時は新しい星だ、と思っていたはずだ。

 そこで生き、仕事をし、子どもと遊び、旅行をし、孫と遊び、そんな生活を夢見ていたはずだ。

 しかし、その時は来ないまま、ここで命が途絶えるのだ。

 ただ人のことは構っていられない。幸い私たち監視人のランクはかなり上の方であり、私たちとその家族がカプセルの電源を落とされることはまずない。

 しかし安心はしていられない。

 もしなんらかのトラブルがあって、エネルギーが足りなくなったら、私たちに声がかかる可能性はゼロではない。


 そんなこんなで10年が経ち、私は次の者へ引き継いだ。

 次の者も驚いていたが、私同様現状を受け入れた。

 私は凍結冬眠カプセルに入った。

 スイッチを押すのが怖かった、次に目を覚ますことは無いような気がして。

 しかし、この解凍している時間が長ければ長いほど、私の寿命は縮んでいく。

 私は何も考えずにスイッチを押すことにした。

 次も目が覚めますように、と祈りながら。


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