第2話 魔王の娘です。

「ドン!」

 僕はベッドから伝わる振動で、眠りが浅くなっていた。

「あれ? 鍵外したのに、なんで?」


 外から声が聞こえてくる?

 僕はまだ、半分寝ている状態のままだった。

「ギィギィッ」

 入り口の木の扉とベッドの枠が擦り合う音がしている。

「ちょっ、なんで開かないのよ。」

 微かに開いた扉の向こうから、女の子の声が確かに聞こえてきた。

 さすがに僕は目を覚ます。そして静かに、侵入を試みる誰かの様子を伺う。

「あっ、ベッドね。なんて用心深い勇者なのよ。これじゃ、入れないじゃない。」

 ん? 勇者って言ったよね。

 傭兵組合で知ったとかなら、勇者じゃないと知ってるはずだし…


 僕は、時計を確認する。

 深夜の1時を過ぎたところだった。

 ゆっくりと起き上がり、ベッドに上に乗ったまま、扉に近づき、隙間から外を覗いてみる。

 そこには、フード付の黒のコートを着ている、女の子が立っていた。

「あ! 居た。この卑怯者。ここを開けなさいよ!」

 僕の視線に気付いた女の子が、扉をドンドンと叩く。

「えっと、夜遅いですし、回りのお客さんにも迷惑なので、明日にしてくれませんか?」

 僕は、丁重にお断りの台詞を伝える。

「ふっざぁけぇないでよぉおお。」

 扉を押しているのだろうか? 踏ん張っている声が聞こえた。

「なんで、魔王の娘が勇者の言うことを聞かないとならないのよ! いいから、ここをあけろぉおお。」

 魔王の娘?

 おいおい、そんな自己紹介をそこでしていいのかよっ!?

 って心のツッコミが入る。

 そして、勇者を譲った僕には、たぶん関係ない話になるだろうと思い、

「魔王の娘さんでしたか、それは失礼しました。ですが、僕は勇者じゃないんです。勇者は別の人が成りましたから。」

「そんな話がぁああ!しんじぃい、られるかぁああああ。」


 まだ、諦めずに頑張って扉を押している魔王の娘さん。

 なんか、可笑しくなってきた。

 なんで魔王の娘が扉から入ろうとするの?

 ぶち壊すとか、炎で燃やすとか、窓を蹴破るとか、しないの?


「えっと、魔王の娘さんですよね?」

「そだよ!」

「扉壊したり、窓から突撃侵入したりとか、火を放って燃やしたりとかしないの?」

「ちょっ! おまえ、なんて酷い事考えてるんだ。勇者ってほんと非道だなっ!」

 なんか、心外な答えが返ってきたぞ。

「いやいや、魔王とか魔族ってそういう性格じゃないの?」

「んなわけあるかぁああ! 無関係な人間を巻き込むなんて、非道極まりないだろ。建物にしたって、ここはお前の家じゃないだろうぉお。」

 あれ? この世界の魔王系っていい人系って設定なのか?

 最近のアニメ傾向として、増えてきているジャンルです。

「そこで、騒いでるのって、他の宿泊客に迷惑かけてません?」

「だぁ~かぁ~らぁ~!開けろっていってんだろうが!」

「開けたら、僕はどうなります?」

「殺す!」

「帰れ!」

 僕は即答する。

 勇者として殺されるならまだしも、勇者じゃないのに殺される理由はない。

「じゃあ、勇者じゃない人間だったら、殺さないんだよね?」

「ああ、無関係な人間は殺したらダメだろ。」

「それじゃあ、僕が勇者じゃないと証明出来たら、このまま帰ってくださいよ。」

「分かった。一応話を聞いてやる。私も間違いで殺したくないし。」


 やっと、扉を押す事を止めた魔王の娘さんに、僕はどうすれば証明出来るかを考えてみる。


「そもそも、どうして僕を勇者だと決めたの?」

 扉の向こうから、落ちついた声が聞こえてくる。

「えっと、今日、城で勇者召喚されたってパパが言ってたから、急いで見に来たら、城から神官と、一緒に出てきた変な格好したやつがいたからな。ずっと見てたんだ。」

「それだけで?」

「勇者は異世界の人間だって聞いてたからな。変な格好してるって事は、そういうことだろ。あと、何も知らない田舎者感が、出てたからな。」

 うわ…そんなの出てたのか。

 僕は唐突な攻撃に、結構なダメージを受けた。

「今回、その神官の彼女が初めての勇者召喚をして、ちょっと失敗して、2名呼んでしまったんだよ。で、僕じゃなくて、もう一人の人が勇者になったの。だから、彼女は罪悪感から、僕に色々と面倒みてくれたの。」

 うん、自分で言ってて、なんか寂しくなった。

「そもそも、見てたなら判るとおもうけど、なんで勇者が傭兵組合行って登録しなくちゃならないの? なんで城に帰らなくて、ここに独りで泊まってるの?」

 扉の向こうは静かになり、無言の時間が少し流れる。

「そうですね。ごめんなさい。」

 おっ! 理解も早いし、素直に謝ってくれた。結構いい子じゃないか。

「分かってくれてありがとう。それじゃ、そういう事で、お引取りください。」

「はい。ご迷惑をお掛けしました。」

 隙間が開いていた扉が、静かに閉まる。

 廊下を歩く音が小さく消えていくのを確認した僕は、もう一度鍵を掛けて、ベットに戻った。

 はぁあ…いきなり魔王の娘って…

 だけど、この世界の魔王は残虐非道な化け物って事じゃなさそうだ。

 勇者か~なんか色々とありそうだなぁ。

 勇者に、ならなくて正解だったかも。


 なにか外が騒がしくなってきた。なんだろ?

 窓の扉を開けてみるが、向かいの建物で何も判らないから、音と叫び声を頼りに、何が起きているのかを探る。

 そして理解したのは、城の周辺の森が燃えて、城をドラゴンが襲っている。って事らしい。

 まさか、さっきの女の子の仕業?

 僕は、ブレザーに急いで着替え、リュックを背負って慌しくなった宿を飛び出した。


 城が見える通りまで出ると、森は炎を上げて、城の上空に赤いドラゴンが火を吐きながら暴れているのが見えた。

 うわ! 凄いな。映画みたいだ。

 僕は、ラニューラさんが心配になり、城に向かって走り出す。

 鎧を着た人達も、武器を持って城に向かっている。


 丁度、ラニューラさんと別れた場所に、見たことのあるコート姿の人物が立っているのに僕は気付く。

「おい! こんな所で何をしている?」

 僕は少し乱暴に肩を掴み、振り向かせる。

 そう、魔王の娘さんだった。

 フードを被ったまま、僕を見る少女の顔は、今にも泣きそうだった。

「どうした? 何かあったのか?」

 僕だと気付いた少女は、時が動き出したように、涙を流す。

「ドドちゃんが…ドドちゃんが…」

 ドドちゃん? たぶん、赤いドラゴンの事だろうと推測した。

「あのドラゴンの事か?」

 頷く少女は言葉を続けて、

「街の外で待っててって、言ってたのに、お腹空いたって、怒って城を襲ってるの。」

 はい?

 え?

 どゆこと?

「なんで、お腹空いたら城襲うんだ?」

「ドドちゃんは、鎧着た人間が大好物なの。」

 ああ~それで、街の人を襲わなかったのね。ってなんでだよ!

 だめだ、想定の斜め上すぎて、僕の思考もおかしくなっている。

 僕は冷静になる為に、大きく深呼吸をした。


「ちょっと、冷静に話そう。」

 少女が泣き止むのを待って、僕は、人が居ない場所に少女を連れていく。


「あのドラゴンは君のだよね? 言う事聞かないの?」

 僕達は、小声で会話を続けた。

「ううん。ここまで来るのに、乗せて貰ったの。勇者殺したら、すぐ帰るつもりだったから、街の外で待ってもらってたんだけど、遅くなりすぎて、怒っちゃって…」

 なるほど、タクシー代わりに頼んだって事か。

「じゃあ、今から止めさせる、事が出来ないから泣いていたのか…」

「うん。」

「お腹一杯になれば、収まるかな?」

「たぶん…」

「じゃあ、それまで待ってようか。」

 って、それでいいのか俺!?

 現実問題、僕にはどうする事も出来ないだろうし、少女も、不本意の結果だし、被害も城だけで済みそうだし、天災みたいな物だしな。

 そういう事です。

 ラニューラさんだけが心配だったけど、それはもう、運を神に任せるしかなく、祈るだけしか今の僕には出来なかった。


 が、状況が一変する。

 勇者が現れたのだ。

 そういや、お兄さんが居たね。勇者としての見せ場だねこれ。

 遠目なので、はっきりとは見えていないけど、空を飛ぶドラゴンに光を放ちながら飛んでいく人型は、誰もが勇者だと判る。

 叫んでるしね。

「俺の名はソウジ!勇者ソウジだぁあ!」

 自分だったら、そんな台詞は死んでも言わない。


 勇者パーティーの人達だろうか?

 魔法攻撃や、勇者を支援するような動きをしている数人の人達と連携を取りながら、ドラゴンを痛めつけていく。

 まだ初日なのに、凄いと関心していると、隣の魔王の娘から、もの凄い殺気を感じた。

「いや、ここは我慢しようよ。独りで行ったら、君が死んじゃうよ?」

「ドドちゃんが居る! ドドちゃんを助けないと。」

 また涙を流し始めた少女を、僕は抱きしめて動きを封じる。

「だめだ! もう、手遅れだよ。」


 城を襲っていた赤い竜は、地面に落とされて集中攻撃を受けていた。

 そして、断末魔の叫びのような咆哮を最後に動かなくなる。

 僕はその間、震えている少女を放さないようにずっと抱きしめていた。

「ドドちゃん…ごめん。ごめんなさい。」


 落ち着いた少女から僕は腕を離して、頭を撫でる。

「うん、頑張ったよ。よく我慢したね。」

「どうしよう…」

「ん? なにが?」

「家に帰れなくなった…」

「あっ! そうだった。ドドちゃんに乗って来てたんだよね。」

「どうしよう…」

 また、泣きそうになる少女を、僕は見捨てる事など出来ない。

 例え、魔王の娘でも、この子は悪い子じゃないし。

「取り合えず、僕の泊まってる宿に戻る? 戻る方法を一緒に考えようよ。」

「うん、ありがとう。」

 僕は手を差し出す。

「僕はハルト、歳は18歳。勇者を譲った異世界人。よろしく。」

 僕の手を握る少女。

「私は、魔王の娘。アイザリトシアン・ベルフォーランド。歳は152歳。よろしくね。」

「え? 152? めっちゃ年上じゃないか。っとアイザリ…」

「アイザでいいわよ。人間の寿命が100なら、私達は1000年なの。」

「なるほど、だから見た目が女の子なのか。」


 僕は、まだざわついている城門が気になっていた。

「ごめん、アイザ。ちょっとここで待っててくれないかな。今日、世話になった神官の事が気掛かりなんだ。」

「すぐ戻って来てよ。独りじゃ…」

 それ以上の言葉は恥ずかしいのか、黙って僕から視線を外すアイザ。

「ああ、判ってる。すぐ戻るから。」

 そう言った僕は、全力で山道を駆け上がる。

 めっちゃ速いんですけど!

 明らかに、流れる景色が違うんですけど!

 まだ全力を出し切ってない僕の走る速度は、片道20分の徒歩の道を3分もかからなかった。


「わぁっ! とっっと、っつ。」

 僕は車が急ブレーキを掛けて停まるような砂煙を上げながら、城門の手前に着く。

 常人離れした僕の行動に、周囲の目が刺さるが、それ以上の関わりをする人は居ない。


 勇者になったお兄さんの姿は、全身を覆う銀の鎧でちょっとカッコイイと思った。

 まあ、向こうは僕に気付いてないようだったので、門番をしていた守衛さんの所に顔を出す。

「守衛さん達、無事だったのですね。良かった。」

「おお、君か。ああ、死ぬかと諦めそうになったけどな、命拾いしたわ。なんだ、心配で見に来てくれたのか?」

「あっはい。えっと、それと、ラニューラさんは?」

「なんだ、そっちが本命か。」

 守衛のおじさんは、笑いながら答えてくれた。

「無事だよ。ほら、あそこに居るぞ。」

 おじさんが、門の中で負傷している兵士達を忙しく診ている彼女を指差す。

「良かった。」

「声かけていくか?」

「いえ、無事ならそれでいいですので。忙しそうですしね。」

「そっか、君がそれで良いなら。」

「じゃ、僕は人を待たせているので街に戻ります。」

 僕は忙しく人を助けている彼女をもう一度、目に焼き付けて、その場から静かに離れた。

 少し城から離れるまでは、常人らしい速度で走り、人がいなくなったのを見計らって、今度は全力で走ってみた。


 なんだこれ。すっごく楽しい!

 流れる景色は残像になって、視野は前方のみ、空気の音が世界を遮断している。

 2分ほどで、僕はアイザが待っている林に着いた。

「おまたせ、アイザ。」

「おかえり。」

 アイザの機嫌は、さっきよりは良くなっているみたいで、落ち着いているよう見えた。

「それじゃあ、宿に戻ろうか。」

「そうなんだけど…お腹空いた。」

 僕の服の端を掴む女の子に、そんな事言われたら、即答ですよね。

「何食べる? 好きなの食べに行こう。」


 時刻は朝の2時過ぎだけど、街の灯りは消えてなかった。 

 都会の街は、世界が違っても一緒って事です。


 フードを下ろしたアイザは、思ったとおりの黒髪の可愛い女の子だった。

「アイザ、どの店にする?」

「判らない。私、字読めないし。人族の世界も始めてだし。」

 僕の思考が一瞬止まる。


「え? まじで?」

「まじめよ?」

 多少なりとも、アイザの知識を期待していた僕は、落胆の顔を見せていた。

「なに? 何か問題あるの?」

「いや、僕も異世界から初日だから、文字読めない。」

「だから? 人族に聞けばいいんじゃないの?」

 アイザの答えは当然だった。

 そうだよ。なにも問題ないじゃないか。

「だよね。聞けばいいだけの話だった。」

「ほんと、しっかりしてよね。」

 ごもっともなんだけど、なんかアイザに言われるのは、腹が立つぞ。


 僕は人で賑わっている店を選んで、適当な席にアイザと座る。

 飲食店のルールと、ある程度の料理名は夕方に学んでいた。

 テーブルに置かれたメニュー表には、料理名と金額が書いてあり、料理名は読めないけど、こっちの銅貨・銀版・銀貨・金貨の文字と、パンとかライスとか基本的な文字などは、メモ帳に写してある。

 僕は注文を聞きに来た店員に、

「果実ジュースで、お勧めはありますか?」

「はい。今の季節だと、梨の炭酸がお勧めです。」

「じゃあ、それを二つお願いします。あとは、肉料理と魚料理のお勧めありますか?」

 僕はメニュー帳を開いた状態で店員に見せると、

「こちらと、こちらがお勧めです。」

 よし! 上手くいった。

 僕は、指された場所の金額を確かめながら頷く。

「じゃ、ライス二人分と、それでお願いします。」


 運ばれて来た料理は、焼肉の野菜入り炒め。青魚1本揚げの野菜あんかけ。って感じだった。

「どう? これで足りる?」

「うん。足りるかも。」

 それぞれの料理を半分ずつ取り分ける。

 美味しそうに食べるアイザを見ながら、僕も料理に手を伸ばす。

「アイザ、野菜も食べなさいって言われてなかったの?」

「うっぅ…」

 アイザのフォークが止まる。

「だって、美味しくないんだよ。」

「じゃあ、一口だけでも食べて欲しいな。そしたら後は僕が食べるから。」

 頑張って野菜を一口食べたアイザを、僕は褒める。

 素直な笑顔って凄いな。ほんと、凄いな。

 

 宿の部屋に戻った僕は、アイザと狭い部屋で、ベットを椅子代わりにして座る。

「さて、この世界の事をほぼ、知らないだろう二人で何を話そう!」

「何その言い方。」

「色々と浅はかだったと、僕は反省しているところです。まさか、アイザも無知だったとは…」

「失礼ね。私の住んでいる所は、文字なんて必要ないの。」

「じゃあ、聞くけど。自分の住んでいる場所の名前は?」

「ないわよ。」

「場所は? 地図は読めるの? どうやって人に聞くの?」

「は? そんなの『魔王の住んでいる場所ってどこ?』でいいでしょ!」

「あ…」

「ばっかじゃないの!」

 ぐうの音も出ない。

 そうだよ、こいつは魔王の娘だったんだよ。あまりに言動があれだったから忘れてたんだよ”!

 僕は、アイザにこのまま負けるのが嫌だった。

「アイザが可愛いくて、素直な子だから、魔王の娘って忘れてたんだよ。」

「なぁあっ! 何いってるのよ。」

 顔が赤くなっているのを僕は見逃さない。

 よし! 形勢的に優位に立ったんじゃないか?

 僕は、恥ずかしくて、人生で一度も言った事ないセリフを追加する。

「アイザの笑顔はもっと可愛い。」

 僕は、恥ずかしさを我慢しながら、笑みを作る。

「あっ…ありがとう。家族以外で言われたの初めてだから…暑いわね。」


 アイザがコートを脱ぐと、可愛い顔には似合わない素肌が露になっているエロい姿を見せる。

「ちょっ、どうしたの? 服は?」

「着てるわよ。ママが『魔王の娘らしい服』って作ってくれたのよ。」

 黒い水着か下着にしか見えない。

 確かに今の姿からは、『魔王の娘』か『サキュバス』の2択になるな、絶対に。

「それで、コートを着てたのか。」

「目立つし、恥ずかしいじゃない。」

 恥ずかしいって感情は、ちゃんとあるのか。

「僕には恥ずかしくないの?」

「かわいいって言ってくれたから、ちょっと恥ずかしいけど、暑いんだからしょうがないのよ。」

 僕はリュックからジャージの上着を取り出し、アイザに渡す。

「これを羽織るといいよ。そのコートで昼は、流石に暑いだろうし。」

 身長が僕よりだいぶ低いアイザには、お尻の下まで丁度隠れていい感じだった。

 学校指定のジャージは白に紺のラインが入ったやつ。

 入学当初から思っていた事がある。

 可愛い女の子が着ている姿は、さらに可愛く見える。

 アイザの姿に満足したけど、さすがにこの格好も目立ちそうだった。

「服も買い揃えないとか。」

 アイザが嬉しそうに聞き返す。

「え! いいの?」

「季節感ないコートを着た女の子を連れている僕が、怪しい人に見られるから。」

「ああぁ…。」

「だろ!」

 二人で笑い合った。


「ドンドン!」

 壁を叩く音が、隣の宿泊者からの文句なのは、すぐに判った。

 時計を見ると、4時前だった。

 僕は睡魔を思い出したように、眠気が襲ってきた。

「ごめん、ちょっと寝ていいかな? 朝7時に起きないと…もう、いっか。明日、出発に変更で。」

「私も眠い。」

 二人で寝るには狭いベッド。

「今日は、僕が床で寝るから、アイザはそこで寝ていいよ。」

「うん。ありがとう。」

 ベッドに横になったアイザにシーツを掛けた僕は、ブレザーの上着だけ脱いで、体を拭く用に置いてあったタオルを床に置いて、寝転んだ。

 アイザの寝息が聞こえてくる。

「おやすみ。」


 部屋の気温が高くなった11時前に目を覚ました僕は、少し汗をかいている。

 ベッドの上には、掛けてあったシーツを蹴飛ばしたアイザがまだ寝ている。

 

 さてと…段取りを決めないとな。

 水樽から桶に水を汲み、顔を洗った僕は今日1日の予定を考える。

 僕は、予定を決めて動くのが好きなんです。そして、予定通りに1日が終わると、達成感で満足します。

 もっと好きなのが、突発の出来事を、最善だと思う段取りでクリアした時。

 やり切った達成感は、最高に楽しい。


 そして、毎朝欠かせないのが、異能力の発動テスト。

 使えなくなっていないかを、必ず確認する。

 よし、今日も問題なく使えた。


 僕は、アイザを起こさないように、静かにベットに座る。

 まずは、アイザの服からだな。その後に、傭兵組合に行って、道具を揃えてと。

 傭兵組合には、傭兵を支援する道具屋があり、大抵の物なら揃うと聞いていた。

 っと、服の前に、ご飯が先か。あぁ~服買うにはお金が足りないかも。

 ご飯、組合、服の順かな。

 よし! それで行こう。最後は、もう少し大きなホテルで泊まりたいな。せっかくだし。


「アイザ、起きてよ。出発の準備に行くよ。」

 声だけでは起きなかったので、軽く揺すってアイザの目を覚まさせる。

「んぅ~おはよう、ハルト。」


 アイザの身支度を手伝いながら、僕は今日の段取りを話す。

「ねぇ、これ? どうやってするの?」

 ジャージのチャックの閉め方が判らないアイザのチャックを閉めてあげた。

 なんだろ? 妹ってこんな感じなのかな。

 世話が全然苦痛じゃない。むしろ嬉しい。


「準備おけ。アイザもいける?」

「うん。いけるよ。」

 宿を出た僕達は、商店街にあるカフェテリアみたいな店で、昼食を取ることにした。

 ガラスケースに入っている具材を指定して、サンドイッチにする店だったので、すべて口答で済み、文字が読めなくても、簡単で楽だった。

 そして、アイザは予想通りの肉のみだった。

「すみません。野菜ジュースってありますか?」

「ありますよ。」

「じゃ、それひとつと、林檎ジュースもひとつ、お願いします。」


 お金を払って、商品を受け取り、入り口近くのテーブルに座る。

 サンドイッチを美味しそうにかぶりつくアイザに、林檎ジュースを渡し、僕は野菜ジュースを一口飲む。

 うん。これは美味しい。これなら、

「アイザ、これ一口飲んでみない?」

「いやよ。」

「美味しいよ。試しに一口だけでいいから。」

 不機嫌な顔でガラスコップを見つめるアイザ。

「一口だけだからね。」

「ああ、それだけでいいよ。」

 アイザは、勢いに任せる感じで、野菜ジュースを一口流し入れ、ゴクンと飲んだ。

「ん? ほんとだ。不味くない。」

「でしょ。」

 僕は野菜ジュースを自分の場所に戻し、サンドイッチに手を伸ばす。

「どうして、私に野菜勧めるのよ? ママに頼まれた訳でもないのに。」

「可愛い子には野菜を食べさせろ。って誰かに教えてもらったからかな。誰だったかな~思い出せないんだけど、なんか、大事らしい。」

「なにそれ? 判んない。」

「まあ、僕もうろ覚えだからね。でも、野菜は健康にも、美容にも良いってことは知ってるから。」

「ふぅ~ん…まあ、ママもそんな事言ってた気がする。」


「さて、次は傭兵組合だね。」

 食事の時間を手短に済ませる段取りは予定通りの1時間以内。時刻は12時少し回った頃。

 僕はアイザを連れて次の目的地に進んだ。

 組合の建物に入ると、なぜか視線が集まる。

 まあ、僕は執事風の服、アイザは白いジャージ(下は穿いていない)姿。

 視線があるのは、当然だと思う。

 僕は気にせず、受付嬢に身分証明カードを提示して金貨10枚を引き出す。

「道具屋って、あっちでしたよね?」

「はい、そうです。」

 受付嬢は怪訝な視線を僕に向け、そして、後ろのアイザを見ていた。

 うん。これは、完全に別の事で視線を集めてそうだな…

 気にするな、俺!


「アイザ、お待たせ。」

 傭兵組合の道具屋は、想像以上の品数と規模があった。

 僕はまず、地図を女性の店員さんに聞く。

「世界地図ってありますか?」

 昨日、受付嬢とのやり取りで、僕が勇者召還に巻き込まれた異世界人っていうのは傭兵組合の人達にはすでに周知されていたので、店員さんの対応は優しかった。

「はい。えっと、ご案内します。」 


 案内された書籍コーナーで、折り畳まれた紙を渡される。

「これが、一枚に収められた世界地図です。あとはそちらに、書籍タイプや、各町や村の情報まで載っている情報誌タイプもあります。」

 文字の読めない僕に情報誌タイプは意味がないと思ったけど、一応パラパラとめくって確認したら、町のマップも掲載されていて、それなりに使えそうかなって思った。

「この地図開いてみてもいいですか?」

「はい。どうぞ。」

 一枚物の地図をゆっくりと広げていく。

 広げ終わると、伸ばした両手で持てる丁度いい大きさだった。

 僕はそっと本が積まれているテーブルの上に置いて、

「えっと、ここに魔王がいる場所って載っていますか?」

「はい。ここです。」

 店員さんが、地図の一番左の島みたいなところを指差す。

 一緒に見ていたアイザが、

「こんな端っこなの? ここから遠いの?」

「ちょっと待って、えっと、ここのタライアスの王都はどこですか?」

 店員さんは、真ん中よりすこし右の地名を差している。

「結構遠いなぁ~長旅になりそうかな。」

「そうですね。馬車での旅で30日くらいはかかると思います。」

「えぇ! そんなにかかるの?」

 アイザの驚きと不満がこもった言葉を僕は抑えるように頭を撫でる。

「そんなにですか? じゃあ、長旅用の必需品とか、持っていた方がいい物とか、教えてもらえますか?」

「はい、いいですよ。」

「それじゃ、地図はこれと、この情報誌のやつを買います。」


「魔王島には、討伐隊で参加するのですか?」

 魔王島? なんか安直なネーミングだな。

 アイザが目を丸くしている。

「いえ、一度見てみたくて、見える所まで行ってみようかと。」

「そうですか。では、旅行者と同等の装備で良さそうですね。」


 丈夫な鉄の水筒2個。 計、銀貨2枚

 防水で頑丈な腕時計 銀貨2枚

 傭兵者向けの下着。(僕のだけ) 銀版1枚

 タオル4枚セット。 銀板1枚

 救急医療セット。 銀板4枚

 裁縫セット。 銀板2枚

 雨具用のコート。(アイザは持っているのを使うので自分用だけ) 銀板5枚


 店員さんに勧められた品は以上。

「カバンはリュックを使いたいけど、教科書とかどうしようかな。捨てるしかないかぁ…」

「不要な物がありましたら、こちらで処分も、させてもらいます。色々と買い替えられる方がほとんどなので。」

 もう、使う事は無いと判っていても、心苦しい気持ちにはなる。でも、仕方がない。

「じゃあ、これを処分してください。」

 僕は、教科書とノートをまとめてレジの上に置いた。

「異界の書籍ですよね?」

「はい。勉学用の教科書と、こっちがノートになります。」

 まあ、興味が出るのは当然です。

「もう僕には使う事は無いので、好きにしてもらって構いません。」

「あっはい。判りました。では、商品の代金をお願いします。全部で、銀貨5枚と銀版3枚です。」

 買った商品をリュックに詰めても、まだまだ余裕で、断然軽くなる。

「あぁ~やっぱり軽いや。ほんと教科書ってなんで持ち歩く必要性があるのか、国に問いたいよ。電子書籍にして、タブレットの時代だろ。ってほんと、もう僕には関係ないんだけどね。」

 アイザが、きょとんとした顔で僕を待っている。

「よし! 次行くか。」


「護身用の剣などは、宜しいのですか?」

 レジから離れようとした僕に、店員さんが声をかける。

「やっぱり、必要ですか?」

「馬車の旅ですので、大丈夫だと思いますが、稀に盗賊に襲われたりします。あと、野獣や魔獣も出ることがあります。それに、剣を着けているだけでも、窃盗などの抑制にはなると思いますよ。」

 なるほど、治安的に自己防衛は大事ってことですね。

「判りました。あとでまた、見に来ます。」

 次の予定は、アイザの服屋。

 武器や防具も、となりの店で扱っているのは見えていたけど、こっちは夜でもやってるので、後回しだ。


「やっと私の服ね。」

 僕は組合に来る前、商店街でよさそうな店を見つけていたので、その店の前にいる。

「でも、何でここ?」

 目の前の、ガラス窓から見える展示服は、メイド服と執事服。

 そう、傭兵組合の道具屋でも、衣類は売っていたが、傭兵相手の作業着ばかり。

 そんな物をアイザに着せるなんて、僕は許さない!

 ってことで、問いに答える事無く、アイザを連れて店に入る。


「彼女に合う、メイド服を選んで下さい。」

 店内には、熟練の執事だと感じさせる、50代くらいの男性と、30代くらいのメイド姿のお姉さんが僕の来店に気付いていた。

 お姉さんが僕達のところにやってきて、一礼をする。

「ご来店ありがとうございます。そちらの方の服で宜しいですか?」

 僕は「はい。」と頷き、アイザを前に出す。

 こういう所は、オドオドしたら負ける。勢いつけないと、僕には無理!


「アイザ、ちゃんと好みも言って選んで貰ってね。」

「うん。わかった…でも、なんでここなの?」

「僕の服装がこれだし、隣に居て違和感ないでしょ。」

 僕の完全な趣味だとは、言えない。

「まあ、私も嫌いじゃないから良いけど。判ったわ、選んで来る。」


 僕は適当に飾ってあるメイド服の値段札を探す。

 金貨1・銀貨5と表示してあった。

 やっぱり結構な値段はしている。でも、ここは譲れない。

 楽しそうに服を選び始めたアイザを眺めながら、僕は執事服を着た男性に声をかけた。

「すみません。男性用のシャツはありますか?」

「こちらにあります。採寸しても宜しいですか?」

 

 僕は換えようのシャツを1枚選び、試着の終わったアイザを見に行く。

 紺色をベースに白いレースが少し入った可愛い系の服は当然似合っている。

「それが好みだった?」

「うん。でも、そっちのも気になってて…」

 店員さんが持っていた服を、僕に見せてくれる。

 アイザが着ているのは、ロングスカートタイプでクラシック風の清楚なやつ。

 店員さんが持っているのは、黒のミニスカートタイプ。

 うん。どっちも可愛い。

「えっと、それぞれの値段はいくらですか?」

「今、試着されているのが、金貨1枚と銀貨2枚です。私が持っているのが金貨1枚と銀貨6枚です。」

「じゃあ、両方買います。」

「え? いいの?」

「換えは、あったほうがいいからね。それと、手袋と、ソックス、ブラウスに下着も、2着と、靴をお願いします。」

「畏まりました。」

 どう、この余裕っぷり。

 一度は言ってみたかったセリフ「両方買います。」

 いいな俺! そして、この自己満足感、楽し過ぎる。


「ありがとうございました。」

 紺のメイド服を着たアイザと店を出た僕は、達成感でご機嫌だった。

「いい買い物したね。これなら二人並んでも違和感ないし。」

「そうね。でも、視線はさっきと同じくらいあるんだけど…」

「それは、アイザが可愛いからに決まってるからだよ。視線の種類が違うでしょ。」

 僕はテンションが上がっていたので、恥ずかしい本音を漏らしていた。

「なら、いいわ。…ありがと。」


 換えのメイド服や、アイザの荷物を入れる旅行カバンを買うために、僕は服屋で聞いた店に来ていた。

「あった、これだ。」

 僕は、厚手の革で出来た四角いトランクケースを見つける。

「ちょっとこれ、持ってみて。」

 ちょっと、大きいかな。でも、思ったとおり似合う。

 メイド服と濃い茶色の革のトランクケース。

 定番の組み合わせです。


「ちょっと、重い。」

 アイザの、持ち難そうに両手で持っている姿も定番の構図で良かった。

 でも、不便なのはだめか…

 僕は一回り小さいのを渡す。

「これは、丁度いいかも。」

 トランクケースを持って動いて見せるアイザ。

 可愛い。

「じゃ、それでいいね。」


 時刻は4時前になっていた。

 最後の宿探しも、商店街から見えていた大きな宿に泊まることが出来た。


 少しお金が高い宿なので、施設もよく、部屋までの案内人もいた。

「では、なにか御座いましたら、お手数をですが、受付までお越しください。」

 案内人が部屋から出るのを確認した僕は、ベットに抱きつくようにダイブする。

「はぁあ、緊張した。思った以上に高級感ありすぎ。」

 2つ並んだベットのもう片方に、アイザもダイブしていた。

「ほんとよ。この息苦しさは何なのよ!」

 でも、ちゃんと空気を読んでいたアイザだった。

「汗かいたから、水で流してくる。」

 部屋には、専用の洗い部屋があるって言ってたな。

「ああ、じゃあ、その後で僕も、汗流すよ。」


 僕はリュックから下着の換えの準備を始めると、洗い部屋からアイザの驚いた声が聞こえてきた。

「ハルトぉおー!」

 ここで、部屋の扉を開けて裸を見てしまう。

 なんて詰らないイベントは僕はしない。

「どうした?」

「お湯が出るよぉ~」

「おおぉー!」

 素直に歓喜の声を上げる。

 さすが一泊銀貨1枚の高級宿は違う。

「浴槽もあるよぉ~」

「まじかぁ~」

 さらに声を上げる。

「まじめよ。」

 この『マジ』って言葉に『まじめよ』って返すアイザは、マジ可愛い。


「じゃあ、浴槽にお湯溜めて、ゆっくり入るといいよ。」

「うん、そうする。あっでも、ハルトが遅くなるよ?」

 正直、ツライ。早く入りたいです。でも、ここは待つのが正解だよね。

「大丈夫。地図の確認とかしてるから。」

「わかったぁ。」


 ベットに戻った僕はリュックから地図と情報誌を取り出す。

 そして、日本語で、『魔王島』と『タライアス王都』とそれそれの場所に書く。

 次は情報誌を開いて、道具屋の店員さんに教えてもらった、町の地図に書いてある地図記号を日本語に書いていく。

 よし、合ってる。

 実際に、今日行った傭兵組合と、ホテルの場所と地図記号を見比べて、合っているのを確認した。

 次は、地図の町の名前と、情報誌の町の名前の文字が同じのを見つけて、情報誌のページ数を記入していく作業に入る。

 これが中々、しんどい。

 地図の文字を、情報誌の目次の中から探す作業なんだけど、見慣れない文字に、悪戦苦闘。

 僕はいつのまにか、時間を忘れて没頭していた。


「ハルトぉ、出たよぉ~。」

 お風呂を満喫したのが判るほどのヘロヘロの言葉使いになっているアイザ。

 バスローブ姿のアイザは頬が赤く、顔の緊張感が全く無くなっていた。

 時間を確認すると、18時を回っていた。

 うん。1時間以上も入っていたら、そうなるよね。

「大丈夫か? のぼせてるんじゃないの?」

「だぁいじょぉぶぅ~。」

 と言って、ベッドに倒れるように寝そべっていた。

 ほんとに大丈夫なのか?

 って、濡れた長い黒髪が無造作になっているし。

「アイザ、髪ちゃんと拭かないと。」

「んぅ~」

 だめだ、今にも寝そうだ。

 浴室からバスタオルを持ってきて、アイザを少し起こしてタオルを髪に適当に巻きつける。

「まあ、こんなものかな。」

 アイザをゆっくりと寝かしつけて、僕は自分のお風呂の準備をする。

 もう、アイザは完全に寝てる。

 よし! やっと風呂だ。やっぱり日本人なら風呂だよね。

「おお~。蛇口もある。シャワーもある。すごいな。」

 洗い室は、ちゃんとしたバスルームだった。

 さすがに温度設定はなく、少しぬるめの温水が蛇口から出てくる。

 もう少し熱めが好きだけど、お湯と湯船があるだけで今は十分過ぎる。

 今日みたいに、お湯と湯船のある宿に泊まれる保障はないと思った僕は、念入りに体を洗い、湯船に浸かる。

 あぁ~これは、長風呂になるのは判る。

 温度が下がらないように、少し流し入れながらの湯船はぬるい温度もあって、心地よかった。


 お風呂を堪能した僕は、下着とシャツを洗って干して置いた。

 そういや、アイザの下着って…

 入るときは気が付かなかった黒い塊が脱衣所の床に落ちているのを見つける。

 これか?

 さすがに触るのは、ダメだ。

 僕は、部屋に戻って寝ているアイザを起こす。

「アイザ、起きてくれ。今日付けてた下着みたいな服ってどうした?」

「ん? 脱いで…どこだろ?」

 あぁ…普段から、脱ぎ散らかす子か。

「洗い室の床に落ちてたから、洗っておいで。換えの下着は買ったけど、あれもまた使うよね?」

「換え? あぁ、服着てないよ、今。」

 なに! もしかして、バスローブ一枚ってことなのか?!

「わっ、わかったよ。じゃあ、ついでに換えの下着持って、着替えておいで。ご飯食べに行くから。」

「はぁーい。」

 僕はアイザを見ないように視線をずらしながら、

「それと、今日付けてた服も、ちゃんと洗って干しておいてよ。」

「わかったぁあ。」

 僕は洗い室にアイザが行っている間に、ブレザーに着替えた。


「着替えたし、洗って干してきたよ。」

 紺のメイド服を着直したアイザが戻ってくる。

「それじゃあ、晩ご飯に行こう!」

「はいー!」


 お風呂で気分がすっきりした僕達は、テンションが上がり始めていた。

 財布と部屋の鍵だけ持って、1階の飲食店に入る。

 見た目は高級レストラン。宿と同じで、堅苦しそうな店だったけど、外の飲食店に行くのが面倒になっていたのと、気分が上がっていたので、僕達は席に着く。

 メニュー表を見ると、コース料理らしいページがあったので、店員に確認すると、品数と料理名を教えてくれた。

 うん。頼みやすいし、これでいいかな。

「アイザも、これでいい?」

「私も、それでいいわよ。」

 頷く店員が、

「飲み物は、どうされますか?」


 ああ~こういう時って、ワインとか飲むんだよなぁ…飲めるかな…

「アイザは、お酒飲んだことある?」

「あるわよ。」

「飲んでも平気?」

「もちろん、なんともないわよ。」

 なら、僕も少し試してみるか。部屋も近いし、アイザもいるしな。

「じゃあ、ワインを1本お願いします。」

 まさか、この歳で、この台詞を言うとは、思いもしなった。



 僕は、ご機嫌で足がふらついているアイザを、レストランから部屋まで支えながら連れてくる。

「ほら、部屋着いたよ。」

 アイザを、そっとベットに転がす。

「お酒、弱いじゃないか…っとに。」

「ハルトォがぁ、飲まなぁあいからじゃないのよぉお。」

 初めて飲んだワインの感想は、「美味しくない。すっぱ苦い。」だった。

「それは、ほんとごめん。ワインって僕の口に合わなかったようです。」

 別に残しても良かったのに、アイザが、残すのは勿体無いからと、ほとんど1本飲んでいた。

 ほんと、良い子。

「あぁつぅいー! 服、脱がせて。」

「はいはい。ちょっとまってね。」

 僕は、アイザを起こして、背中のファスナーを下げて、丁寧に脱がせていく。

 ブラウスだけの姿になったアイザはベッドに戻り、機嫌が良くなっていた。

「眠いから、もう寝るぅう。」

 少し肌蹴た格好のアイザは枕に抱きついている。

 そして、確信する。

 僕はロリコンじゃない!

 アイザは可愛いと思うし、一緒に居て楽しいとも思うけど、異性としての感情よりは、たぶん妹みたいな感情だと確信した。


「もうすぐ、21時か。僕も寝るよ。明かり小さくするね。」

 アイザにシーツを掛けて、部屋の岩壁の窪みに備え付けられているランプの火を小さくして、僕は自分のベッドに横になる。

「おやすみ。」

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