『Gifted -ギフテッド-』

うぃる

序章「ボーイ・ミーツ・ボーイ」1

 人は些細な変化に無頓着である。身体に不調を来しても大事でなければ手を打たないし、道端のゴミ箱が倒れていても無視する人がほとんどだ。当然である。それらに無頓着であるからといって不都合が生じるでもなし、まして頓着したところで損をすることさえある。

 一介の高校生である若根裕輝わかねひろきも些細な変化には無頓着であった。

 昨晩、彼は不思議な夢を見た。純白の衣を纏い、背中にいくつもの羽根を生やした天使のごとき美しさをした女性が目の前に現れたのだ。いや、その姿は天使のごときではなく、天使そのものだったのだが。

 彼女は小声で一言二言何かを言うとすぐに消えてしまった。声が小さすぎて何も聞き取れなかったが、所詮夢の中の話なのでどうでもいい。変わった夢だったので起きても覚えていたが、すぐに彼女の顔も思い出せなくなった。

 しかし、若根裕輝の些細な変化はその夢を見た朝から始まった。と、言っても本当に些細なことばかりなのだが。

 例えば、朝起きて自室からリビングに向かう途中に朝食のことを思い浮かべると、ふと焼き魚と玉子焼きの画が見えた。頭の中にパッとその画が見えたのだ。彼がリビングに向かうとテーブルには焼き魚と玉子焼きが並んでいた。普段、彼の家の朝食はトーストにコーヒーがお決まりなのだが、今日に限っては違った。いつもと違うメニューをピタリと当てたのだ。

 それで終わりなら大したことはない。今朝は彼の第六感が冴えていただけのこと。

 しかし、若根裕輝はその後も朝と同じような奇妙な感覚に襲われた。

 家を出る際には、ふと校門の前に立つ教師の画が見えた。裕輝はいつもカバンに忍ばせている携帯ゲーム機を家に置いていった。すると案の定校門では抜き打ちの持ち物検査が行われていた。その後も授業中には事前に自分が当てられる問題がわかったし、昼休みには食堂の空きスペースが行く前からわかった。どれもこれも直前に襲われる奇妙な感覚のおかげだ。

 しかし、明らかに昨日とは違う変化が身に起こっているというのに、若根裕輝は「今日はツイてるな」くらいにしか考えていなかった。

 変化とは常に何かの前触れであるというのに。

 ともあれ、彼は学校でのルーティンを終え帰宅の途についていた。

 彼にとって劇的ではないが一風変わった一日が幕を閉じようとしていた。……というのは、若根裕輝の早とちりだ。彼にとって劇的な変化はこれから訪れるのだから。

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