第5話

「……ねぇ、レン」


 俺たちは既に夕食を食べ終え、横になっていた。


「なんだ?」


「……寂しく、ない?」


 そして、レイラが突然そんなことを聞いてきた。


「寂しいって、何が」


「……家族と、一緒にいれなくて」


「別に。冒険者学園の泊まりとかで、結構慣れてるから。そういうお前は?」


 レイラは返答をしばらく返さなかった。暗くて、右側で横になっているはずのレイラの姿は、輪郭すらまともにつかめない。


 返答なしか、と諦めて、寝ようと寝返りを打つ。すると、


「…………寂しいよ」


 消え入るような声で、そう言った。


「……でも、言えない。寂しいなんて、言えない。だって、お父さんもお母さんも、忙しいもん。私の相手なんて、してる暇ないもん……」


 まあ、そうだろう。レイラの親は、領主夫妻なのだ。領主ならば、俺の住んでる村の中でも、トップクラスの忙しさなのは間違いない。それなら、遊ぶ暇など、ないのは仕方ないだろう。俺の両親は、早いうちに冒険者稼業を引退して、俺とエミを育ててくれた。相当恵まれていたのは、否定できない。


「……メイドとか、いなかったのか?」


「……ん。メイド雇うくらいなら、村のためにお金を使う、って」


「そっか……」


「でもね、五年前までは、お母さんが遊んでくれてた。楽しかったよ、すごく。でも……“魔王のいたずら”があってから、遊んでくれなくなっちゃって……寝るときも、遊ぶ時も、ご飯も……ずっと一人で……」


 全然、構ってくれなかったの。とレイラは言う。俺は何も言えなかった。幸せな家庭に生まれた俺が、そんな辛い生活を送ってきたレイラに、かける言葉などあろうか。


「……だから、冒険者になった。けど、特例で、冒険者学園にも行ってなくて、全然魔法もダメで……誰も、拾ってくれなかった。それでも、ずっと一人だった。それが嫌で、簡単なクエストを受けて、レベルを上げて、中級魔法まで使えるようになった……けど、それに一年もかかっちゃって……あの時、レンが私を見捨てたら、冒険者は辞めよう、って思ってたの。けど、レンは私と一緒に来てくれた」


 半ば強制的だったけどな、とは言わない。それだけの覚悟を、俺に託していたらしい。


「……寂しかった、んだな。俺も、父さんが死んだとき、同じような感じだった」


「え……?」


「……苦しくて、悔しくて、でも、どこにもその気持ちをぶつけれなくて、ずっともやもやしてたな。それでも、母さんは俺を育ててくれた。エミは俺を慕ってくれた。学園のやつらも、俺がリザードマンを倒して、スゲーって言ってくれた。それが励みになって、こうやって、俺も父さんと同じ、冒険者をやってる。寂しいときは、一人で抱え込んじゃダメだ。誰かを頼って、誰かのぬくもりを感じる。これが、最善策だな」


 見えないと分かりながら、俺はレイラに笑顔を向ける。レイラがふふっと笑うのが聞こえた。


「ありがと。ちょっと、マシになった。ねぇ、レン」


「ん?」


「ぬくもり、感じていい?」


 どうするつもりなのか、見当がつかなかった。でも、


「好きにしな」


 いいよと言うのが恥ずかしくて、ぶっきらぼうになったが、レイラに許可を出した。すると、ゴソゴソという音がして、俺の右腕を何かが引き寄せた。レイラが、抱きしめたのだ。


「……ホントだ。寂しいの、軽くなった。レン、あったかいね」


「……そうだな」


 こういうことをするあたり、やっぱりまだ子供なんだな、と思いながら、レイラの抱きしめを受け入れる。


「明日」


「ん?」


 レイラの呟きが、かなり近くで聞こえた。


「頑張ろうね、ネぺ、ネペ……」


「ネペント」


「それ。その討伐」


 俺は修正したのに微笑を浮かべる。そして、


「そうだな」


 心の中で、レイラは絶対に守ろう、と誓った。



 翌朝、俺はレイラよりも先に目が覚めた。どうやら、レイラは俺の腕に抱き着いたまま一晩を過ごしたらしく、俺も右腕が若干だるかった。


「……さて、朝飯でも、作っておくか」


 立ち上がり、レイラの枝にかけられたポーチを、勝手に探って食料を取り出す。中に入れた感じは、もう、底がないんじゃないか、と思わせるような感じだった。


「さて、朝はそんなにガツガツは嫌だな……あっさりしたスープと、簡単なサラダかな。物足りなければ、適当に何か作るか」


 もう一度食材をポーチに戻す。中身を確認して、何を作るか見当をつけた。そして、顔洗うついでに、水を汲みに行くことにする。しばらくレイラを一人にすることになるが、魔物の気配はないので、問題はないだろう。


「水筒水筒~っと」


 枝に掛けられた水筒を手に取る。昨日の水は既に全て使ったため、残っていても蒸発しきれなかった水滴ぐらいだろう。


 川に向かい、顔を洗って、水を汲む。夏場なので、寒くはないが、やはり上半身は肌着だけだと、少し冷える。


 元の場所に戻り、レイラが寝ているのを確認。服はまだ濡れていたので、レイラが起きるまでは我慢をすることにする。


 水がなくなったので、もう一度調達に行こうか、と思ったところで、魔法で作れるのを思い出す。


「いやでも、……今日戦闘あるしな。魔力は温存しておきたいし」


 ということで、結局は汲みに行くことにする。鼻歌を歌いながら戻ってくると、ちょうどレイラが目を覚また。レイラも服を洗ったので、ローブと上半身の服は干してある。つまり、肌着。まあ、子供に劣情を抱くほど、俺も終わってはいないので、何とも思わない。


「おはよ」


「ふぁ……おはよぉ……ごはん?」


「ああ。火、起こしてくれないか? 俺、魔力温存しておきたいからさ」


「ふぁい……」


 目はまだ半分ほど閉じており、眠いのが伺える。


「顔洗ってくるか?」


「……うん。レンも、ついてきて」


「え、いや、でも……」


「一人、怖い……」


 昨晩のあの話を聞いては、一人にさせるのは悪いかな、と思い、食材を置いてついていくことにした。水筒の中にあった水をレイラに少し飲ませ、鍋に足りなかった分を入れる。硬めの野菜を水に浸けて、レイラと共に、川に向かった。水筒も持って。


「よーし行こーっ!」


完全に目を覚ましたレイラが、大声をあげる。魔物は近くにいないので、問題は無い。朝食を食べ終え、その他の色々も終えたので、いつでも出発可能だ。


「あまりはしゃぎすぎて、後で体力なくなった、とかやめろよ」


「はーい。それで、道への戻り方は?」


「そっちに進んだら行ける」と言って、川がある方向の、逆を指す。


俺たちはそっちに向けて歩き出す。


数十分歩くと、俺が言った通り道に出た。そして、山頂へ向けて道を進む。一晩ぶりに木の影から出て、まともに光を浴びたので、目が少しやられたが、すぐに回復したので、まあ後々影響、とかはないだろう。


「どのくらいにいるのかな。気配ある?」


「あともうちょっと上がったら、森の中に空間があって、そこに結構いるっぽい」


「ふぅん。ま、行こ」


雑いな! しょうがなく、俺たちは登り始めた。



一時間ほど歩いただろうか。ネペントの位置がだいぶ近付いた。


「そろそろ?」


「そうだな。森の中に入るか」


「うん」


森の中に入る。再び光が当たらなくなり、少し気分が下がるような気がしたが、レイラが相変わらず元気なので、なんとか維持ができた。


そして、森の中をしばらく進むと、ちょっとした空間に出た。俺の感覚が正しければ、この辺にいるはずだった。今も、近くに感じている。


「……移動したのか?」


「えぇ……気配は?」


「この辺なんだけど……いや、待て……これは……」


「え、な、なに?」


レイラの顔に恐怖が映る。俺たちは、どうやらハメられたらしかった。気配は近くに、前後左右全てから感じた。その数、およそ二十強。


「ごめん、囲まれた……」


「嘘……?」


「……こうなりゃ、このままやるしかない。ネペントは二本の触手で攻撃してくる。伸びるから、距離が空いてても攻撃してくるぞ。あと、ネペントの作る粘液は、服とか皮膚を溶かす。身体に害はほとんどないけど、場合によったらまずいやつもいるからな」


「わ、分かった……」


俺は剣を抜く。レイラはポーチからロッドを取り出し、敵の攻撃に備える。


しばらく警戒を継続したが、一向に攻撃が来ない。一瞬、俺自身の感覚を疑った。しかし、それが油断となった。


一瞬遅れて気付き、体を後ろに倒す。すると、俺のチェストプレートを掠めて、じっとりと濡れた触手が、通り過ぎた。そして、飛んできた方向へと戻っていく。


「攻撃が始まった。レイラ警戒!」


「うんっ!」


俺は飛んでくる触手を、避ける、たまに剣で切りつけて、ダメージを回避する。レイラは自分でなんとかしているらしく、特に被害は見受けられなかった。


──ネペントの倒し方。なんて言ってたっけ……父さんもネペントには苦戦した、って言ってたし、ノートにも書いてたけど。なんだったか……


「《フレイムショット》!」


「──!」


レイラが魔法を使った。瞬間、火の玉本体がネペントに当たることはなかったが、飛び散った火の粉がネペントの触手に触れ──猛烈に燃えだした。


──火だ!


「レイラ、ネペントの粘液は着火性が強い! 火属性魔法で燃やし尽くすぞ!」


「分かった!」


そうだ。ネペントは燃える。父さんじゃない、母さんが言ってた。昔は父さん、ネペントに苦戦してて、お母さん火属性魔法で大活躍だったのよ、と言っていた。そうだ。そうだった。


俺とレイラは、飛んでくる触手をかわし、"フレイム"や"フレイムショット"で火をつける作業を繰り返す。木のない空間を、炎の赤が囲み始めた。


「押し切るぞ!」


「了解! ──《フレイム》!」


レイラが新たにネペントに火をつける。そろそろ気配の数も減ってきた。


そして、更に俺とレイラで四本の触手を燃やした。そして、攻撃が収まった。気配もなくなり、ネペントが全滅したことを意味する。


「ふぅ……取り敢えず終わったな」


「だね。帰る?」


まだ完全に終わったわけじゃない。念の為ネペントの全滅を確認しなければいけない。


「念の為確認しておこう」


「はーい」


俺が一歩踏み出した瞬間、ブオオォォォ……と音が聞こえた。なんの音だ……?


「──!」


俺は急いでレイラの襟首を掴み、引き寄せた。


「え……? ──!?」


先程レイラがいた場所に、直径一メートルにも至る、太い木の幹のようなものが落ちてきた。それはねっとりと濡れていて、レイラの服に同じ液がついていて、──溶けだした。


「──!」


まずい。まずいまずいまずい。この太いのはネペントのやつ。これはネペントの粘液。それにこの太さのやつは──!


「──っ!」


俺は即座に動いた。まだ触手があるうちに、レイラの服を破き捨て、ローブの粘液のついているところを剣で切り落として、レイラのロッドとポーチと護身用の短剣を持ち、粘液の付いていないローブのあまりを、レイラに巻き付ける。レイラは意識を失っていた。


「──っ!」


触手が動き出した。少しずつ浮いていく。俺はそれを見届けようとせず、レイラをお姫様抱っこを要領に、レイラを抱き上げる。ロッドを通して魔法を使う。


「《ヒール》! 《ヒール》! 《ヒール》!」


ロッドを通すことにより、効果が大体一点三倍になる。それを利用して、レイラの体の中に粘液が入り込むのを防ぐ。


──頼む、死ぬな、頼む。お願いだから、死なないでくれ!

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