8 あなたが生まれた日のこと

 あなたが生まれた日のこと


「菜奈。あなたが生まれた日にね、私、すごく泣いたの。幸せで幸せで、ずっとずっと、あなたと一緒に泣いていたのよ」


 そんな話を母は菜奈にしてくれた。


「……幸せになってね、菜奈」そう言って、真っ白なベットの上で、真っ白な世界の中で、母はにっこりと笑ってそう言った。


 菜奈はなにも言葉を話すことができなかった。


 ただ無言のまま、ずっと、ずっと、涙をためて小さくなった母の手をそっと触っていた。


「菜奈」

 父がそう言って、菜奈を母から遠ざけた。

「あなた。……菜奈のこと、よろしくね」にっこりと笑って母は言った。


 父は、わかった、と母に言ったような気がした。


 それから、母の横になっている移動式のベットは大きなドアを開けて、菜奈からとても遠い場所に運ばれて行ってしまった。


 手術中のランプに明かりがともった。


 それから、菜奈は父と一緒に、一度も会ったとも話したこともない、神様に母を助けてくださいと、祈りを捧げることしかできなくなった。


 私は無力だ。

 そんなことを泣きながら、菜奈は思った。

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