色盲の歌うたい (短編集)

おがわはるか

色盲の歌うたい。


 私の世界は、モノクロです。

 生まれたときから、私の目には、色を感じる神経がありませんでした。


 自分の目が人と違うと気づいたのは、6歳の時でした。


「綺麗なピンクのチューリップだね。僕は、黄色より、ピンクのチューリップの方が好きなんだ。君は?」


 そう、幼なじみの男の子に聞かれたときに、私には「ピンク」と「黄色」の違いがわかりませんでした。


 ーー可哀想に、あの子には、色というものがないんだ。


 村の人々の、言葉が痛くてたまりませんでした。

 私は、人とは違う、可哀想な子供なのだと思いながら、13歳になりました。


 ある日、旅芸人の一座が、私の村にやってきました。

 バイオリンひきの男性は、村の人に「この子の目には色がないんです。可哀想でしょう、ピンクも黄色もわからないんですよ。」と言われて、黙ってとある曲を弾きました。


 それは、春の野原のような、暖かな曲でした。


「これが、僕のピンクかな。」


 バイオリン弾きの彼は、照れくさそうに笑いました。

 私は、舞い上がってしまって、「赤は?」「青は?」と次々に、いろんな曲を弾いてもらいました。


 たとえ、色を知らなくても、色を感じることが出来る。と知りました。


 旅芸人の座長は「君には、君のピンクがあるよ」と教えてくれました。

 人の目はみんな、違うので、みんなが同じ色を見ている訳ではない。

 あの人が青と感じている色は、他の人からしたら緑かもしれない。

 そんな移ろいやすいものだから、自分の感じる色を信じていきなさい、と。



 私は、歌うたいになりました。

 そして、色盲の歌手として、有名になりました。

 私の曲は、売れに売れて、超満員になったコンサートで言いました。


「人の目は、みんな違う。あなたが見ている赤は、あの人の青かも、黄色かもしれないんだよ。だから、自分の見ている色を、大切にしましょう。」



 私の言葉は、大切なところが伝わらなかったみたいで、国中で「これは赤?」「君の中ではこれは何色?」と、答え合わせが始まりました。

 国中のみんなが、自分の色に自信が持てなくなりました。


「たとえば、敵が攻めてきたときに、赤いボタンを押してミサイルを撃て!といったとき、伝わらなかったらどうするんだ?」


「だから、色の名前をなくそう!」


 誰かが言いました。


 赤は#01010201 青は#01010105

などの、とても長くて不便な記号になりました。

 そしてやがて、人は「色」というものを忘れていきました。


 みんなが、色のない世界を生きて、安心しています。

 でも、私はそんな、みんなの世界を色のない世界にしたかったんじゃ、ない。

 みんな違う、だからそれぞれ胸を張ればいい、と言いたかった。


 今はもう、色の名前を口にするだけで、ナントカっていう法律に違反したとされて、罰せられます。


 もうすぐ、私の新しい曲を発表します。今日はコンサートです。国王様の前で歌います。

 歌う曲のタイトルは「ピンク」にしました。


 あの日、私が初めて知った色。その曲です。


 ああ、緊張してきたわ。うまく歌えるかしら。それでは、いってきます。



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死刑囚 オリビア・カーソンの手記より抜粋




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