第2話 新米僧侶、勘違いされる



 異世界の聖女召還に巻き込まれ元の世界に帰ることができなくなってしまった哀れな僧侶、神宮寺真。これからはこの異世界で僧侶として生きていくしかない――――なんて、笑えない冗談である。

 今まで幾度となく行われてきた聖女召喚に別の人間が巻き込まれたのは初めてのことであるらしく、この国のお偉い方は困惑していたが、そこはやはり偉い人。非常に申し訳なさそうな顔で真摯な謝罪をされ、今後の生活についても考えてくれると約束してくれた。現在は宛がわれた客室にて風呂を堪能し、ベッドにてゆっくり休ませて貰っている。


(あの様子ならできる限りのサポートはしてくれそうだし、とりあえず生活はできそう……かな)


 謝って償いをすれば済むような簡単な問題ではないが、だからといって私が怒ったところで解決するものでもない。むしろ怒鳴り散らして心象を悪くすれば、双方によくない結果になるだろう。……混乱していて、怒りやらなにやらの感情が湧いてこないのかもしれないけれど。とにかく生活の保障がされるであろうことに一安心だ。


(ただ、大変そうなのは文化の違いだなぁ)


 召喚の間から移動する際、スリッパのような靴を支給された。私が使っていた草履は形を真似て新しく作るので待っていてほしい、そして人前では絶対に裸足にならないことと、歩く時も必ず何かを履くことを言い聞かせられ、初っ端から面食らった。

 この世界の宗教に関わるものであるらしい。偉大な大地の神を素足で踏むべからず、歩く時は常に魔力をまとった靴や靴下で覆うべし。と、そういう訳で、素足は寝具の上か風呂でしか見られないもの。人に見せるのは恥ずかしいもの、見ていいのは夫婦だけである。そんな価値観が出来上がっているのだと、まずこれを読んで欲しいと渡された本に書かれていた。


 そしてこの本、なんと日本語で書かれている。文字はひらがなしか存在しないのか全文ひらがなであり読みにくくはあるが、言葉も文字も慣れ親しんだ日本語が使われていてとても安心した。異世界に来て言葉も通じず文字も読めない、そんな状況にならなくてよかったと心底思う。


 この本は異世界からやってくる聖女向けの説明が詰まったマニュアルであるので、私には関係ないことも載っているものの、大まかなことは分かった。何度も聖女を召喚しているだけあって、初めてこの世界にやってきた人間への対応に慣れがある。聖女の他の人間が巻き込まれたのは予想外の事態だが、それでも必死に丁寧に接しようとしてくれているのだ。

 私は今後、この世界で僧侶として働いてほしいと言われている。生活に支障がでないよう、補佐もつけてくれるらしい。


(至れり尽くせり、だ。文句は言えない)


 ただ、この世界の宗教は私の知っている仏教ではない。そんな世界で僧侶などやっていけるのか、それはかなり不安である。

 どう考えても仕事内容は元の世界とまったく別の物になるだろうし、説法も仏教関連でないのは間違いない。それは向こうも分かっているだろうに「それでもどうかこの世界でも僧侶となっていただきたい」と頭を下げられたら断れなかった。NOと言えない日本人なのだ、私は。

 そうして頼み込んでくるくらいなのだから、やり方などもきっと教えてくれるのだろう。そう思うことで不安を頭から追い出した。




 ―――その翌日。



「聖女様との接触禁止、ですか……」



 いまだ酷いガラガラ声のまま呟いた私の言葉に、伝令を伝えてくれた人は申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。



「貴方様は聖女様と同じ世界からやってきたお人です。突然知らぬ場所に連れてこられてしまった者同士、親しくなりやすいでしょう。ですが、その……まことに勝手なことですが、この国にとっては大変不都合なのです」



 曰く、聖女様にはこの国の王族の血を引く誰かと結婚してもらい、子を成してもらわなければならない。傍に同郷いせかいの人間がいると、恋愛のゴタゴタが起きてしまった場合が面倒だという。


 聖女の周りには家柄も容姿も確かな異性を配置し、誰と結ばれても良いように配慮がなされているらしい。つまり逆ハーレム状態である。乙女ゲーかよ、と思いつつも考えてみる。

 そんな状態のところにもう一人、聖女でない人間が入り、もし聖女と同じ相手を好きになってしまったら……。


(恋愛は人間関係を狂わせるからなぁ……)


 恋をして頭がお花畑になってしまったあげく、メンがヘラって何かをやらかしてしまう人は少なからずいる。私が聖女を害さないとも限らない。と、そう思われているのだろう。

 この国は今、大変困った状態だ。聖女に何かある可能性は一つ残らず排除したいに決まっている。してもいないことを疑われるのは少し、いやかなり不愉快ではあるが心配になる気持ちも分かる。彼らは私がどういう人間なのか、知らないのだから。



「ええ、わかりました。私はお世話になっている身ですし……そちらの気持ちも理解できるつもりです。ただ、その……こちらの常識が、私には欠如していますので……」



 聖女は現在、この世界のお勉強中であるらしい。私にも同じような教育を施してくれるだろうか、と思いながら目の前の伝令係を見つめると彼は笑顔で頷いてくれた。



「勿論、貴方様への支援は惜しみません。住む場所も、教会も専用の物を準備するとのこと。食料や衣料も心配いりません。また生活の際は、護衛を兼ねた補佐役を手配いたします。何事も相談しやすいよう同性の者を、と話を進めていますが……もしご要望がありましたらお聞きいたします」


「ああ、いや、ありがたいので補佐の方はそのままで。……お願いがあるのは他の事、なんですが……この世界の僧侶というものが何をするのか、教えていただけませんか。元の世界とは違うと思いますので」



 そう言うと、ほっとしたような、柔らかい笑みを浮かべられた。その表情の真意は分からないが、取りあえずにこにこと愛想よく笑っておく。良好な関係は大事なのだ。



「それは勿論でございます。住居ができるまでの間に学んでいただくことができるよう、手配済みです。他にはございますか?」



 まったくもって至れり尽くせりである。ただ、何が必要であるかは実際に生活しながらでないと分からない。それを伝えれば、相手もその通りであると同意してくれる。そういった要望は、私に護衛兼補佐の人間に伝えればいいらしい。

 と、なれば。他に望みらしい望みといえば。


(畳、かなぁ……)


 生まれも育ちも和風物件、すなわち寺である。畳のない生活はすこし、落ち着かない。できることなら寝室は畳と布団でお願いしたいところだ。もっとお願いするなら教会ではなく寺を建てて欲しい。いや、さすがにこれは望みすぎだろうが。そもそも異世界に畳があるかどうかが問題である。

 と望み薄ながら伝令の人に伝えてみれば、なんと笑顔で了承してくれた。



「過去の聖女様にもタタミを望まれる方はいらっしゃいました。こちらの世界でも作れる代物です。畳を使った堂と、寝所くらいならできるでしょう。お任せください」


「ありがとうござッゲホ…ま、す……!」



 あまりにも頼もしい伝令係の笑顔に感動しながら感謝を伝えようと少々大きな声を出そうとしたら、全く治る様子のない喉にはそれが負担だったらしい。勢いよく咳き込んでしまった。



「大丈夫ですか僧侶様……!?」


「だ、だいじょうぶです、声を抑えればいいので……」



 しかし、それにしても。何故こんなに喉の調子が悪いのか。一日経てばそれなりに回復してもいいだろうに。

 その疑問が解決するのは、もう少し先のことである。それよりも先に、私は重大な問題に気づかされることになった。


 私が生活する際に護衛と補佐をしてくれるという人物が紹介されたのは、僧侶としての仕事を学び終え、住む家が出来上がり引越しの準備を終えた、旅立ちの日。

 私の背丈は女としては少しばかり高めで、160センチ半ばである。しかしその人物は、私の背丈を悠々と越えていた。私が見上げるほどなのだから、大変背が高い。その上黒い鎧で頭の先からつま先までを包んでおり顔も見えない。全身鎧で分かり難いが、おそらく細身である方だろう。


(同性の護衛という時点で疑問をもつべきだった……)


 女性で腕の立つ者を見つけるのはきっと難しい。それをつけてくれるなんて本当にありがたい、と先ほどまで思っていた。しかしやってきたのはどう見ても女ではない。

 あの時の「同性の者で準備しているが、要望があれば……」という話は、男の補佐が嫌なら女の補佐を用意する、という内容だったのだ。


 つまり、私はこの国の人たちにとして認識されていたのである。


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