第六章 深見山の真相3

 「大蛇…だと…。それに松之介殿の内儀は人身御供となったはず…どういうことだ。」

 「あの人…夢に出てきた人と同じだけど…」

 よもぎと万兵衛は事態を飲み込めなかった。


 「小夜は泉に沈められた後で私の眷属とした。」

 大蛇が答えた。頭をよもぎに向け優しげな眼で見つめた。

 「そして小夜は夢の中で松之介に会いに行っていた。最近、よもぎお前も会っただろう。」

 よもぎははっとした。たえが死んだ日の夜のことを思い出した。

 「あの夢…それから…」

 「昔、泉に落っこちた時の事?あの時はあせったのを思い出す。急いで拾って泉のほとりまで連れて行ったんだから。」

 小夜は微笑んだ。


 「大蛇は本当にいたのか…」

 万兵衛は口をぱくぱくさせている。いないと断言した大蛇が目の前に現れたのだから無理も無かった。

 「大…変な…失礼を…」

 丁寧な言葉を使おうとしているが舌が震えたのか、うねうねした台詞となった。当の大蛇は陽気にははっと笑いを立てている。

 「案ずるな。人の前に中々姿を現さないのだから信じろというほうが難しいであろう。」

 次の瞬間、大蛇は声を低めた。


 「それよりも…」

 大蛇の顔が少し厳しくなった。

 「庄屋の振る舞いが目に余ってな…。村の外れに隠した妾に会いに行く途中、奴は松明を持っていたんだが、その火の粉が近くの民家に燃え移ってな…」

 「あっ。それ…」

 よもぎは思わず反応した。


 「そう。あなたの思った通り。大将さんにそう話してるの聞いてたの。」

 小夜がまた微笑む。大蛇は二人を見つめながら話を続ける。

 「そして庄屋が慌てているうちに他の家にも火が燃え移り村中に広まった。村の者が驚き逃げまどう中、奴はこう叫んだ。『大蛇の怒りだ』と。」

 「となると…あなた様の仕業だと思われたのは村人が言い出したのではなく…徳左衛門殿自ら…」

 万兵衛は絶句した。

 「驚いただろう。自分のせいだと思われないようにするため私に罪を擦り付けたのだ。火事で庄屋の妾にたえの弟、多くの者が亡くなった。そして村から人身御供をと話が出ても正直に言わなかった。小夜があまりにも不憫だから眷属の一人に付け加えた。当時は、本当に災いを与えようかと思ったよ。でも小夜に止められたからやめた。」

 大蛇は小夜と松之介をちらりと見た。


 「村には私の夫と娘もいるのですから。」

 「ところが庄屋様はまた大蛇のせいだと言い始めた。」

 松之介が言った。

 「たえさんが崖から落ちて亡くなったのはよもぎの話した通りよ。真相を盗み聞きして『皆に話してやる』と怒った。庄屋は止めようとしたがたえは駆け出した。そして足を滑らせ崖から落ちてしまった。そして庄屋様は大蛇のせいでしょうと言ってしまった。万兵衛様の言う通り人殺しだと言うならば真っ先に疑われるのが自分自身だから。それであの時、大雨を降らせたの。」


 「夢の中で『大蛇は怒っている』って言ったのはその事に対してだったというわけ?」

 「そうよ。詳しい話の方は夢を通して夫に話しておいたの。」

 「おかげで何かと寝なければなくなったけどな。」

 松之介が笑い飛ばした。

 「私は庄屋に罰を下すことにした。最初、小夜の家族には村から離れてもらったところで村全体に罰を与えようとしたが関係の無い者まで巻き込んでしまうからな。お前の友達のりんに火事の時まだ生まれてさえいなかった勇太郎とか。」 

 大蛇はよもぎを見つめた。

 「そしてりんと勇太郎にも各々家族がいる。お前と仲の良い者だけ助けるのも酷だと思った。そこで罰を与えるのは庄屋と伝吉にだけにした。手始めに小夜とは別の眷属に中川の足軽のふりをさせた。」

 「じゃあ山の中で見かけたというのは…」

 万兵衛が声を上げた。


 「そう。中川の兵はまだ山を越えきっていない。村の中の中川は鷹助一人だけだ。だが、村は大慌てで逃げ出した。松之介を通して赤いお守りを庄屋と伝吉に渡してもらおうとしたのだが…」

 「松之助殿が徳左衛門殿に渡したのは…」

 万兵衛が恐る恐る尋ねる。

 「そう。私が松之介に夢を通して渡したのだ。他の者と見分けがつくよう目印としてな。当初は村中逃げ出す時に庄屋と伝吉も一緒に逃げ出すかと思ってな。そこで目印を持つ者のみを土砂に埋めるという流れであった。ところが伝吉は一目散に逃げて松之介は渡しそびれてしまった。庄屋は万兵衛に引き留められ村に残ってしまった。」

 大蛇は万兵衛に顔を向ける。万兵衛は顔をそむけた。


 「思わぬことが起きたが、庄屋に罰を下すことができたよ。伝吉は逃げる前に家々から盗みをしたから、その分、他の者たちから離れて行動してて助かった。まだ村に残っている庄屋は松之助からお守りをもらった。足軽たちと区別がつくようにな。」

 「まあ結局庄屋も村から逃げ出して目印を渡す必要は無かったんですがね。」

 松之介が付け加えた。

 「そして私は実行することが出来た。まあ伝吉は私が罰を下す前に庄屋に殺されてしまっていたけどな。」

 「何…徳左衛門殿が…」

  万兵衛の口はぽかんと広がり塞がらなかった。

 「ああ。伝吉に見捨てられたのに怒ってな。これですることは全て終えた。それから皆どうする?」

 大蛇はよもぎ、松之助、万兵衛を見回す。


 「私は中川はまだ山を越え切っていないと言った。中川は山の中に入り始めているぞ。鷹助が教えたのだな。あいつめ隣村へ行くと見せかけて山を越えて中川の元へ行った。知らないうちに山道を見つけおったのだな。私は八木と中川どちらが村を治めようと構わないのだが。お前たちはどうする?」

 万兵衛が広がり切った口を動かした。驚きの連続であった彼の顔が今やきりっとした。

 「もちろん中川に備えます。」

 「そうかそうか。」

 大蛇は笑う


 「ただ松之介殿、よもぎ親子は大蛇様どうか安全な場所までやってくださいませんか。松之助殿、よもぎ今すぐここから離れてもらう。いいな。」

 万兵衛は二人をみた。松之介は頷いた。よもぎは静かに答える。

 「はい。」

 

 

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