第四章 お堂の足軽たち2

  夜空に満天の星が静かに輝いた。

 お堂に満員の足軽がうるさく騒いだ。


  「それでさ俺の母親は大慌てで…」

鷹助が身振り手振り大げさに語りだす。

 「それは笑えるな。」

 「俺の婆さんも昔同じ事があったぞ。」

  陽気な笑い声が響きあった。中心にいるのが鷹助だった。

 よもぎは連中を横目に横たわる重傷者を回っていった。

 「今頃村でどうしてんだか…」

 鷹助は思い出すように天井を眺めるように言った。

 「さあな女房に子どもが三人、それから親父にお袋も…」

 聞き手に回っていた寛平が鷹助につられたのか同じくしみじみと言った。

 「そうだな…」

 「野良仕事はどうなってかな?」

 「女房が残って心配だな」

 他の足軽たちも口々に言った。

 「あんたらの大将が聞いてたら怒鳴られない?」

 りんが笑いながら言った。

 「こんな風に『お前たち中川との戦の最中だって言うのに故郷を懐かしむとは何事だ!』ってさ」

 「ははは…確かにな」

 「絶対言いそうだ」

 目を覚ましている者は皆笑い出した。


 「そういえばさあ…」

 笑いをこらえながら唐突によもぎは切り出した。

 「あいつって鷹助あんたを信用してるんだよね。何かあったの?」

 「えっ俺が信頼されている訳…そんなん日頃の行いで…」

 鷹助が得意そうに腕を組み格好をつけた。その様子に足軽たちは今度は腹を抱えて笑い出した。

 「何偉そうなこと言ってんだ。大将が目の前にいる時ぺこぺこしてるのはお前だけじゃねえだろ。俺だってやってるし…」

 「そうだ。そうだ。」

 陽気な野次が飛び出た。

 「そういや鷹助は大将を助けたことがあったけ」

 寛平が苦笑しながら思い出した。

 「あんた、そんな事があったの?」

 よもぎはちらりと鷹助を見た。鷹助はにやりと笑みを浮かべている。

 「あったな。そんな事。」


 「あれは俺たちが中川の兵と戦って逃げ延びて一休みした所だったけ…。あの時、俺たちは十数人ばかりで森の中をさまよい木陰で疲れた体を休ませていたんだ。」

 「そう、その時だった。木の後ろから中川の旗印を持った足軽が二人飛び出してきたんだ。そして大将に槍を向け突き刺そうとしたんだ。」

 足軽の一人が槍を持つ真似と座っている足軽の後ろに回って立ち再現して見せた。

 「そこで助けが入った。この俺だ!」

 鷹助も同じく槍を持つ真似をした。そして中川の足軽役の前に立ちはだかる。二人は槍で突き合う真似をした。そして中川が倒れた。

 「そして…もう一人も俺が倒したんだ。」

 鷹助は見えない槍を持って見えない敵の仲間を突き刺す真似をした。


 「要するにあんたは命の恩人になったという訳…」

 よもぎはまだ疑ぐり深く彼を見た。

 「何だ疑っているのか?」

 寛平が声をかけた。

 「だって、あいつ見て。あれ見て信じられると思う?」

 よもぎの指差す先で鷹助本人はすっかり調子に乗っている。今度は周りに群がる足軽と数人の村人相手に合戦が起きたら民は巻き込まれる義務があるのかと説き始めている。

 「まあ…確かにいつもの姿見てるとな…」

 さすがに寛平も呆れていた。だが、すぐに鷹助の弁明を続けた。

 「でも、やる時はやる奴だよ。大将も自分に従うかだけで相手を見ている訳じゃないんだ。」

 「本当に?」

 よもぎは今までの中で一番信じられないと苦い顔をした。


 「本当だって。大将のことをそう思うのは仕方ないけど。実際、大将本人の前ではぺこぺこしてるの皆そうだよ。俺だって丁寧にお辞儀してるし。そんな中であいつが信頼されたんだよ。それなりの働きがあったんだ。庄屋さんを試した時だって。」

 「庄屋さんを試す?」

 「ああ、ここの村の庄屋さんって結構丁寧そうだけど村の人から心の底から慕われている程には見えないだろ。」

 「うん。まあ…」

 これには即答した。

 「大将が庄屋さんを信用していいか悩んだ時、鷹助が入れ知恵したんだよ。あいつに言われるまま大将は偽の手紙を書いててさ。それを鷹助が庄屋さんに渡したんだ。『大将が八木様に書かれた文がある。しばらく預かってくれ』とか言って。渡してから隠れて様子を見ていたんだ。盗み見るかどうかをね。」

 「で、どうだったの?」

 「盗み見ていたよ。それで大将は『庄屋は信用ならん』って。」

 寛平は感心を込めて言った。

 「へえ偽の手紙ってどんな事が書いてあったの?」

 「適当な事だよ。『我々は中川の軍に討ち勝つために命を賭ける所存であります。そのために犠牲が出るでしょうが八木様のお力となります』ってね。」

 「そんな事があったんだ。」


 よもぎはちらりと見ると彼はまだ演説をしていた。

 「あと、たえさんにも仕掛けたなあ。」

 「たえさんも?たえさんはどうだった?」

 「たえさんは勝手に見ることはしなかったよ。大将は『たえ殿は中々のしっかり者だ』と褒めたんだ。まあ隠れて本人を確かめた事だから、たえさんは褒められた事を知らないんだけどな。」

 「意外とできるんだね。」

 「そうだよ。今ああやってふざけてるけど。あれだって戦で疲れた皆の気休めのため。いろいろと話すよあいつ。炭焼きが長者になった話とか狸が和尚に化けた話とか。」


その時、足軽と村人たちが「そうだそうだ」と連呼し始めた。輪の中で鷹助が主張した。

 「大体、殿様が誰であるとか俺たちはこだわりを持ってないんだ。それなのに国の一大事だってよ。国のじゃなくてお前らの一大事だよな。俺たちは日々の暮らしで手一杯なんだ。正直、中川の土地になっちまうなら早めになっちまって戦終わらしてくれ。」

 「よくぞ言ってくれた。」

 「おまけに山の見張りまでさせて…仕事増やすな。」

 「おいおい誰かに聞かれたら大変だろ。そこでやめろ。」

 寛平は真っ青になって止めに入った。いつの間にか鷹助たちの領主と万兵衛への不満は変な盛り上がりとなっていた。しかし鷹助は止めない。

 「俺たちが野良仕事なり商いなり仕事が出来なかったら一番困るのは殿様だってのに!」

 足軽と村人は熱く同調を示した。

 「本当に村へ帰してくれよな。」

 「全くだ。」

よもぎは困り顔の寛平の肩を優しくポンっと叩いた。

 「大将が聞いていたら…」

 寛平は頭を抱え込んだ。その次に口から出たのはこんな言葉だった。

 「でも…帰りたいなあ村に…会いたいなあ子どもたちに女房に親父にお袋…」



 

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