電子の屑

キガ・ク・ルッテール

側溝の男

黄色が通り過ぎた。

青が通り過ぎた。

黒が走っていった。

水玉がゆっくりと流れていった。


そのカラーに隠されているのは、クレヴァスだ。

健康的な太腿をプリプリと震わせながら、制服を着た色とりどりのパンティ達が、俺の目の前を、若い白桃を揺らしながらすぎ去ってゆく。


俺は側溝の男だ。

側溝ではない。とある女子校の側溝の中に仰向けになった、全裸のただの男だ。男性器は小さく元気もない。


途切れ途切れにちらつくのは太陽の青。パンティの赤。黄色。水色。紺色。

ピンク。イチゴ柄。チェック柄。

色とりどりの果実達。


そこに見えるのは宇宙だ。

確かに存在をしてはいるが、俺には触れられない。

見えない成層圏の壁に阻まれた、神秘の領域だ。


「あの歌いいよね」

「次の現文の小テストどうする?」

「今日学校終わったらカラオケ行かね?」

「生理が重くてマジでしんどい」

「彼氏とヤった?」

「死にたい」

「あのブスマジでムカつくよね?」

「最近うちの犬が元気なくて」

「大好きだよ」

「あ、猫だ」

「今日は一緒に帰ろ?」


パンティは俺の真上を、日常に乗せた言葉と共にすぎ去ってゆく。紺色。紺色。ねずみ色。縞模様。


俺は、そんなパンティをただただ見つめ、彼女らの脚の動きや、皺の形を無限に変えていくクロッチの陰影を目に焼き付けて、己の中に吸い込んでいく。


それは世界との対話であり。神との和解であり。あと10分ほどで終わる俺の人生の走馬灯だ。

俺は、この側溝の中で冷たいコンクリートに抱かれて穏やかに死ぬ。


何も良いことがない人生の中で、今だけは幸せだと言い切れる。間違いない。今が俺の人生で最高に幸せな時間だ。ここで死ねるなら悪くはない。


ふと、俺の目の前に白い花園が迫ってきた。

しゃがみこんでいるらしい。

神秘のクレヴァスを覆う白いベールには、縦に薄く黄色い輝きがあった。

それがはっきり見えた。


「ねえ、もし私が今すぐ死んじゃったらどうする?」

「う〜ん、取り敢えず泣くわ」

「うわ!軽!!」

「泣いてから、多分10年後も20年後も思い出して泣くと思う」

「ちょっ、なんかそれは重くてハズイんだけど」

「だって友達じゃん?」

「うん、そっか。そうだね。行こっか?」


小宇宙を包む白い優しさの膜は、俺の目の前から離れてどこかへ去って行った。

もう、2度と見ることはできないだろう。


そろそろ寒くなってきた。

あと10分もしないうちに俺の何の意味もない人生は、この薄暗い側溝の中で終わるだろう。


生まれ変わったら。


もし生まれ変わったら俺は道になりたい。

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