第2話 その七 2

 *



 待てども、なかなか、蘭さんとハルカさんは来ない。

 なぜだ? 何かまちがいでも起こったのか?

 ついに危険なじょ……いや、それはないな。


 しょうがないので、待ちわびた猛はもとのマクドナルドに帰った。

 店内に綾橋さんと糸田さんの姿はない。食いつくして帰っていったようだ。


「僕、もういらない。バーガーはとうぶんいい」


 こっちは見てるだけで気分がいっぱいだっていうのに、猛はしっかり二個も食いやがった。


「蘭たち、遅いなぁ。かーくん。蘭に電話かけてみてくれ」


 言われたとおり電話をかけると、蘭さんからはこんな答えが返ってきた。


「ごめん。乗ってたタクシーが接触事故、起こしちゃって。たいした事故じゃないんだけどさ。警察とか来て、いろいろ、つきあわされちゃって。もうちょっと、かかりそう」


 これは……もしや、まにあわないのでは?


 ちろりと見ると、

「二人めも殉職、かな?」と、猛は悲しげな声をだした。


「どうすんの? 猛? ヤバくない?」

「だからって、今から声かけて、すぐに来てくれるヤツなんていないだろ? みんな社会人だからなぁ」


 そう。僕らの学生時代の友達は、まともな職についている。そうそう呼びだせない。呼んでも、来れない。

 しかし、こっちの事情なんて関係なく、時間はすぎていく。九時半になった。

 僕らは児童公園に向かった。


「しょうがない。かーくんとサエは入口がわ。おれが奥を見張る」


 僕は黙ってうなずく。


 二手にわかれて、公園の木のかげにしゃがみこんだ。

 こんなとこ見られたら、僕らのほうが不審者なんだけど? ポリスマンに見つかったら、どうするつもりだ?


 とはいえ、ほかに方法もない。

 黙々と待つ。


 すると、十時十分前くらいに、向こうの植えこみのところから、サッと人影が入りこんできた。小柄な影だ。


(来た! シズクちゃんだ!)


 シズクちゃんはトイレに近いあたりの木のかげにまぎれこむ。


 それは公園のなかほどあたりで、僕のいる入口からも、猛のいる奥側からも離れている。

 距離にすると、ほんの七、八メートルほどだろうか?

 猛、気づいてるよね?


 猛に動きがない。もしかして、猛のいる場所からは見えなかったのかもしれない。


「サエちゃん。たのんだよ。シズクちゃんのとこに、こっそり近づいていって。それで、カケルくんたちが来る直前まで見つからないようにするんだ。シズクちゃんが出ていこうとしたら、ひきとめて」

「わかった。やってみる」


 サエちゃんはいったん公園から出ていった。外側からまわって、シズクちゃんの近くまで移動するつもりのようだ。


 これで、いよいよ一人か。

 いや、いくら僕だって、中学生の女の子をたよりにしてたわけじゃない。ちょっと暗闇が怖いだけだ。


 ここからの十分あまりが、やけに長かった。

 コツコツと足音が近づいてくる。

 それに、華やかな笑い声も。

 二人組みの男女が公園に入ってきた。

 まちがいない。カケルくんだ!


 カケルくんと腕を組んで歩いてるのは、この前の女の人だ。あれが、艶子さん。アスカちゃんやシズクちゃんの義理のお母さんか。


 二人は傍目に見てると、とても仲のいいカップルだ。

 イチャイチャしながら歩いていたが、ブランコの前まで来て、急に、カケルくんが立ち止まった。


 マズイぞ。猛はどうするつもりなのかな?

 暗闇をすかして見るんだけど、ぜんぜん、わからない。

 猛……ほんとにいるんだよね?


「ツヤコ。こっちに来て」


 カケルくんはブランコのほうへ歩いていき、ツヤコさんをそこにすわらせる。


 何をする気なんだろう?


 ブランコは比較的、トイレの近くだ。

 そうか。ここで、スタンバイしてたシズクちゃんが出てきて、ツヤコさんを恐怖のどん底につきおとすのか。


 僕はどうしたらいいんだろう?

 止めるべきか?

 それとも、カケルくんが逃げてきたときのために待機するべきか?


 考えているうちに、カケルくんがまた言いだした。


「今日はツヤコにプレゼントがあるんだ」

「どうしたの? 急に? プレゼントって?」


 ツヤコさんはハシャいでるのが目に見えてわかる。

 これから地獄が始まろうとしてるのに、いい気なもんだ。


 自分が本気でカケルくんに愛されてると、信じて疑ってもいないんだろう。

 そう思うと、哀れな人である。

 自分のほんとの価値は、もうとっくに下落しちゃってるのに、それに気づかず、過去の栄光にしがみついている。

 十代の女の子が着るような似合わない服を着て、若い男の子に媚びを売るさまは、みっともないとしか言いようがない。


「今日はおれたちが出会って一周年だろ? だから——」


 そう言って、カケルくんはポケットをゴソゴソする。


 そのときだ。

 女の子の言い争う声が、公園にひびいた。


「離してよ!」

「ダメ! 行っちゃダメ! こんなことしたって、死んだ人はもどってこないよ!」


 シズクちゃんと、サエちゃんだ。

 それを聞いただけで、カケルくんは計画がくずれたことを察したらしい。ポケットから出した手をふりあげる。


「これが、プレゼントだよ!」


 カケルくんの手には、ナイフがにぎられていた。

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